129.クロディスのターン ①
その時、怪人たちの足元の紋章が眩く光り、わずか数秒で彼らは全身を氷に包まれた。瞬時に体内まで凍りつき、動きが急に止まると、怪人軍団は一斉に粉砕されて砕け散った。
「これは一体……?」
「間に合ったみたいですね。加勢に来ましたよ、トオル」
鍵がかかっていた扉が外から解除され、静かに開く。そこには、恐れを知らずに歩み入る一人の少女がいた。
「クロディス、ようやく来たか……」
「ええ、ホーニンクスはまだ残っていますか?」
「飲み切った……あと少ししか持たないかも……」
「しっかり耐え抜きましたね。あなたたちもよく頑張りました。少し人命救助で遅れてしまいましたが」
「他のみんなは?」
「美鈴ちゃんに大輝くん、そして穣治さんもそれぞれの戦いで勝ちました。あとはここでの戦いを終わらせるだけです」
「その前に、依織さんの体力を回復させないと」
「彼女は自らの源気を分けてくれました……私に託したものも含めて」
「後は私に任せてください。メアリ・オリアンさん、あなたの仲間はすでに全員捕えられました。生徒会の人たちもすぐにここに来るでしょう。これ以上争う意味はありません。まだ戦い続けるおつもりですか?」
メアリは目の前で余裕の表情を浮かべるクロディスを睨み、強気に手を振り払う。
「ええい、うるさいうるさい!お前はどこから来たか知らないけど、私がここで終わるわけないでしょ!!」
すると、天井や床に張り付いていた蔦が鋭い棘を生やし、クロディスに向かって一斉に襲いかかる。
クロディスはとっさに緑色の契紋石を投げ出し、冷静に詠唱を始めた。
「la―Rei zaon!」
石から解き放たれた紋章が宙に浮かび、円形の結界を形成する。蔦の棘が爆発的に結界に弾かれ、次々に砕け散っていく。
「お前は、紋章術の使い手か!?」
「不躾な方には少々、礼儀を教えて差し上げますわ」
クロディスは柔らかく光る源気をまとうと、さらに詠唱を続けた。すると胸元の法具が輝き出す。
「Rin fi za ni a- ri an su to e do」
彼女の指が空中に帯状の紋章を描き、依織を拘束していた蔦へと指し向けると、蔦が凍りつき、粉々に砕け散った。意識を失っていた依織が床に倒れるところを、トオルが支え起こす。
一瞬に蔦を消せた術を見たメアリは目を皿にして、驚嘆な声を出する。
「何ったって!?」
結界の効果により、メアリの攻撃が止められた。
その内に、クロディスは別の紋章を詠唱する。
「ra ve ni a ta he ve su-n」
トオルと依織の足元に直径1メートルほどの金色の紋章が浮かび上がる。命の女神の紋様が描かれると、温かな光が二人を包み、失われていた源気が体に満ちていく感覚が広がる。紋章がゆっくりと空中に消え去り、施術が完了した。
依織がゆっくりと目を開ける。
「トオルくん?」
「目が覚めたか、依織さん!」
トオルの真剣な顔が間近に見え、依織の頬が赤く染まる。
「戦いはどうなった?」
「まだ終わっていませんよ、依織さん」
「えっ?クロディスさんも来てくれたのね?」
「ええ、依織さんの調子はどうですか?」
暖かい気分に包まれた依織は、体が湧いてくる源気に不思議と思う。
「失った源気が戻ってみたい、だいぶ回復した感じがするね……」
「クロディスが紋章術で僕たちを回復させてくれたんです」
「ありがとう、クロディスさん」
「話は後にしましょう。依織さんには、彼女の源気補充源を断ち切るのをお願いしたいのです」
「確かに、そうしないと植物の怪物を作り続けるでしょう」
「捕えられた人たちはどこに?」
「こちらの窓の向こう、中枢部の部屋にいます」
「ha pa ri a ta fon re nu、te ne da」
クロディスが新たに紋章を描き、水気を集めて柔らかな布のような形に変える。
「これは人を乗せるための水の布団です。上に乗る人は私の指示に従います。効果は10分間ですので、これに乗ってまっすぐ向かってください。人質を助け出す間、彼女は私が引き止めます」
「君一人で彼女に立ち向かうつもりか?」
「ええ、二年生の実力で彼女を抑えるのは難しくありません」
「行こう、トオルくん。人質を救えば、戦いも終わりが見えるわ」
トオルと依織は水の布団に乗り、宙に浮かぶ柔らかな感触を味わう。
「クロディス、気をつけて。ぼくはタマ坊を連れていくから、コダマはここに残すよ」
「分かりました。この子は私に任せて。さあ、行きなさい」
トオルは待機モードに変形したタマ坊を取り、先に水布団を乗せた依織を渡せる。
依織はタマ坊を両手を抱きしめ、ムラサキにも飛び付いてきた。
「ムラサキちゃんも一緒に行きたいかな?」
「依織さんの指示がないなら、ずっと警戒を払いながら、どこでも付いてくるよ」
「何で、カワイイらしい子ね。さてと、水布団さん、私たちを捕まれた人質たちの所に連れて行ってください」
依織の指示に反応するように、水布団が軽やかに動き出し、割れた窓の方向へ飛び進む。
「行かせないわよ!お前たちを逃がすと思うな!」
メアリは蔦で窓を網のように覆い、行く手を阻む。クロディスが源気を放ち、窓を塞ぐ蔦に向かって詠唱する。
「Rin fi za ni a rai ta」
蔦の網が凍りつき、トオルと依織は水の布団にしっかりつかまって、そのまま突き破って窓から飛び出した。