128.決戦の時 ⑩
突然、飛んできた火球をメアリは身をかわして避けた。
「お前か?」
顔を振り向くと、トオルが手袋をはめ、手を伸ばしていた。その手に光る紋様が浮かび上がっている。
「炎の紋章術が使えるのか?この密室で火を使えば、彼女もお前も巻き込まれるわよ」
「狙っているのは、依織さんに当たらないようにだ」
「そうかしら?これでも炎を私に投げるつもり?」
メアリは依織の髪をぐっと引き、彼女を人質のように扱った。
「痛い……」
「コダマ、ウイングカッターを放て!」
コダマは飛べないが、左の翼を広げ、そこから放たれたウイングカッターがメアリに向かって飛んだ。メアリは驚いて身をかわし、依織の左手を縛られていた蔦が飛び回ってくるカッターが切り落とした。
「術式ロード!ファイアボルト!」
トオルがさらに大きな火球を放つと、メアリは再び急いで避けた。
「タマ坊、彼女に体当たりだ!」
タマ坊は加速しながら球体に変形し、メアリに向かって激突した。
「うぁ!いつの間に!?」
メアリが依織を弄んでいる間に、トオルはタマ坊を掴む蔦を依織が貰ったナイフカッターで切り切り解けしていた。
トオルは紋章術とタマ坊の攻撃でメアリを部屋の片隅に追い詰めた。
ビーーッ!という鋭い長い音が響いた。
トオルはコダマを見やると、彼の胸元にある雫型の宝石が黄色から戦意を示す赤に変わった。
「コダマ、その状態でも戦う覚悟か?」
「お、お前はどうするつもりだ!?」
「コダマ、ライトを点け、タマ坊の肩を掴んで、メーカ粒子砲を発射用意。タマ坊、コダマの脚としてしっかり支えあげろ」
コダマはタマ坊の肩を掴み、孔雀のように尾部の羽根を広げた。タマ坊はコダマの脚をしっかりと支え、二人がまるで合体するように息を合わせる。コダマはしっかりと足を踏み込み、砲撃の反作用を受け止める体勢を取った。
その間にトオルは依織の前に立ち、ミラーフォースシールドの術式を展開し、砲撃の衝撃から彼女を守る構えをした。
コダマの金属色の胴体にトオルの源気が流れ、光の筋が走る。源気が流れた部分はまばゆい光を放ち、いつもは閉じている胸部の構造が開き、エネルギーがチャージされていく。
「なんだ、この光は!?」
「コダマ、撃て!」
コダマとタマ坊はトオルと依織に背を向け、片隅に向けて灰青色の光弾を撃ち出した。その光弾はまるで神の拳のようにメアリに向かって飛んだ。
ドッカンーー!!!
光弾が爆発し、社長室のガラスを粉々に吹き飛ばした。メアリは間一髪で傘を拾い、なんとか光弾を防いだが、その衝撃に動揺した。
「この坊やが私を本気で殺すつもりかしら……」
「くっ、やはりこの程度の攻撃じゃ止められないか……さすが元源使いの経験者か……」
「さて、少し話をしようか」
攻撃で倒しきれなかったメアリに、トオルは冷静に時間を稼ぐため、話を切り出した。
「そうだな、オリアンさんの気持ちが少しわかる気がするよ。僕も幼い頃から叔父一家に育てられ、期待もされずに疫病神とか出来損ないと罵られ、辛い日々を送ってきた。不幸な日々が続いたけれど、僕はその不幸を他人のせいにはしなかった。自分の力で生きていくために努力してきたんだ。だからこそ、オリアンさんのように才能を恵めらがら、それを自らの幸せのために使わないなんて、とても残念だと思う」
「ふふ、精神的な柱があってこそ頑張れたんでしょう?でもそれがない者にとっては、違う生き方もあるのよ」
メアリは意地悪く微笑むと、さらに言葉を続けた。
「君は依織さんのためにここまで来たけど、彼女が君を本気で好きだと思う?ただ利用されているだけよ」
トオルは冷静に答えた。
「ぼくは依織さんがぼくを好きだとは期待していないよ。他人はどんな気持ちで接してくるに期待するのは現実じゃなく、妄想だから」
「お前たちの関係こそ、現実でも、嘘で成り立っているんだわ」
「そうかもしれない。でも、僕は自分の意思でここに来て、依織さんを助けようとしているんだ。そして、君たちの貪食者を倒し、生徒会の人に渡せつもりだ」
「お前のことは聞いていたが、だからといって、他人の意思を無視して勝手に源気を奪うのか?」
メアリは、魔女の囁きのような声でトオルを挑発する。
「ふふふ、それは源気の回復が消耗に追いつかない、人間の欠陥よ。お前も理解できるだろう?源気が足りなければ、やりたいことは何一つできない。作り出した機械も制限なく動かせない。だからこそ、人の源気を食糧として奪えば、すべて思いのままだわ」
「だとしても、他人の意思を無視して奪うなんて、ぼくは認めない」
「ふふ、相手が喜んで源気を差し出すなら、何も問題はないでしょう?どうせ男は、女と付き合う目的なんて下心しかない。欲望を満たしてやれば、その代償に源気を吸い取る。それでお互い様じゃない?」
「だからって、そんなことを平然と繰り返していいはずがない!」
「お互い様よ。男だって、女を手に入れるために平気で嘘をつくでしょう?君だって、彼女の前では嘘をつきながら付き合っているんじゃない?」
「違う!ぼくは依織さんと下心なんて関係なく、真剣な友情で付き合っているんだ。嘘をつくことがあっても、ぼくの気持ちはいつも本心だ」
「純粋なオタクだね。男女の間に純粋な友情なんて存在しないわ。そんな気持ちで接していると、いずれ彼女を傷つけることになるわよ?彼女にとって価値がなくなれば、ゴミのように捨てられるだけね」
「たとえ、依織さんが別の男を選んだとしても、ぼくは彼女の意志を応援する。それでもぼくは彼女をバックアップする気持ちは変わらない」
拘束されている依織にはトオルとメアリの会話を一方的に聞き取れしかできない、まるでトオルの告白を聞いたような話を聞いたように恥ずかしい気分だった。
ーーこれがトオルくんの本当の気持ちなのか……冷たくて、少し辛いところもあるけれど、だからこそ余計に狡い。こんな彼を見たら、ますます彼のことが気になって、もっと好きになってしまうじゃない……。
メアリは二人の絆を弄るように言い続ける。
「いい人ぶって。そんな甘い考えじゃ、一生恋愛はうまくいかないね」
「ロジック的に考えれば、確かに矛盾だらけだ。でも、異性に対して不信感を持つ人の言葉には信憑性なんて少しもない」
「いつか後悔するのはお前よ」
「ふ、それは君に言われる筋合いはないね」
トオルの気持ちをよく聞き取れた依織は切ないで嬉しい気持ちで吐く。
「トオルくん…私の源気を、君に分けたい……」
「依織さん?本当にそのスキルでぼくに託してくれるのか?」
瞼が重い依織は眉をハの字になって、甘酸っぱい笑みを浮いて言う。
「トオルくんなら、私の源気を捧げても構わない。何度も私を助けてくれたんだから、今度は私がトオルくんを支える番よ」
「ふふ、それなら私がやっていることと何が違うの?」
「違うわ……私はトオルくんを信頼して、自分の思いを込めて分け与えるの。トオルくん……」
依織は、蔦に絡め取られながらも、掌を差し出した。
「依織さん……」
トオルは彼女の手を握りしめた。依織は目を閉じ、『転気』のスキルを発動させる。彼女の体から光が放たれ、源気がトオルの中へと流れ込んでくる。
「これは依織さんがぼくに託す気持ちのか……」
彼の体に熱が満ち、依織の源気に包まれる感覚が広がっていく。トオルは、体調だけでなく意識も回復し、さらには源気の使える限界が広がっていくのを感じた。
「彼女から源気をほぼ吸い取った今の状態、さらに源気を相手に分けさせるなんて……自殺行為だわ」
メアリは、常にパートナーから一方的に恩恵や愛情を受けるばかりで、自分からは何も与えようとしない。そして、相手を信じて自身の持っているものを分かち合うという気持ちなど、一度も考えたことがなかった。だが、目の前でトオルと依織が繋がり、互いに絆を深め合う様子を目にした瞬間、彼女の心にわずかな動揺が走った。
依織の手を握りしめたまま、トオルは左手を掲げる。
「僕たちの源気を合わせた一撃、受けてみろ……」
「「「「術式ロード、ファイアフィスト!!!」」」」
掲げた指先に浮かび上がる紅い紋章が、黄金色に変わった。80センチ程炎の拳がメアリに向かって直撃する。
メアリの持つ傘がその攻撃を受け止めたものの、傘は瞬く間に燃え上がり、彼女は悲鳴を上げる。
「傘が……燃えてる……きゃああああああ!!!!」
傘を捨て、腕に火傷を負い、着ていた上着も焦げていく。
上着を脱げたメアリは狼狽え、怒り狂って叫ぶ。
「よくも……よくも私をこんな目に遭わせたわね!二人とも死ね!!」
すると、蔦から新たに十数体の植物怪人が現れ、二人を取り囲んだ。
依織に源気を分け与えたことで、彼女の意識は途切れ、『転気』のスキルも中断されてしまう。
「依織さんが……こんなことって……」
メアリは余裕を失い、怒りに満ちた笑みを浮かべている。
「私を捕らえた僕がいる限り、私は何度でも分身体を作り出せる!余裕でね!」