11.ハイ・ジャック進行中 ①
9階の踊り場の壁に、円の紋様が光った。光はゲートとなり、そこからガードマンと同じスーツを着た十数人が現れる。彼らは一様に角の付いたマスクを被っている。アーモンド型の尖った目と鋭い歯が威嚇的なマスクだ。
謎のマスク集団の最後尾には、女が一人と男が二人現れる。最初にゆっくりとゲートをくぐり抜けたのは小柄な女性だ。体のラインに沿った黒のボディスーツを着て、ネコのマスクを被っている。その次に出てきたのは痩せた少年。灰青色のショートボブの髪が少年の幼さを際立たせている。スーツジャケットにはエンブレムが入っていたが、その紋章は何かに切られたように割れていた。
最後に出てきた男は、全体を率いている金髪の男だった。彼もまた、体にフィットした革ジャンにパンツを穿いて、両手にはグローブを着けている。首には何か文字のような黒い刺青が入っていた。最後の男が船内に足を下ろすと同時に、空間の穴は光を失い、収束するように消えた。
革ジャンの男は両手で髪を掻き上げ、ドスの効いた笑みを浮かべた。
「これが新入生どもの方舟か」
少年が懐かしげに船内を眺めている。
「初めてこちらの世界に来た日のこと、思い出します」
「そうか。お前は地球界から来たんだったな」
「はい。今となってはどうでもいいことですが」
ネコマスクの小柄な女性が「キアーラ様、時間です」と言った。
「そうだな。さぁて、まずは計画通り、船の脳みそを掴みに行くか」
「了解!」
マスクを被った戦闘員たちは、9階の踊り場から最上階にあるブリッジへと走り出した。ブリッジの入り口には二人のガードマンが立っていたが、戦闘員たちを見ると、無表情のまま扉のセキュリティーセンサーを解いた。
下りの階段式になったブリッジには8人の船員がいた。階段の上部には五人、下部には三人がいる。そのうちの一人、制服に階級章を付け、カイゼル髭を伸ばした中年男が船長だ。下では三つの輪から成る球状のカプセルがあり、その中に女性が座っている。両方の手すりに手を置く彼女は、意識で舵を取る、この船の操舵手だった。
扉の開く音が聞こえたかと思うと、6人の戦闘員が両手にバスター砲を構えてブリッジに入ってきた。それぞれが弾倉を支える手からエネルギーが充填され、光っている。
「動くな!今からこの船は、我らデストロンドが支配する!」
マスクを被り、銃口を突き付ける戦闘員をガードマンと思い、船長が困惑したように訊ねる。
「君たち、どういうつもりだ?ブリッジはサプライズイベントエリアの対象外のはずだ」
戦闘員は問答無用で発砲した。
前方に立っていた二人が光弾に撃たれた。
ようやく襲撃を受けていることに気付き、船員たちの間に悲鳴が上がる。
「ヒィイいい!」
「せ、船長、こいつら、本物のテロリストです!」
「そうか……君たちだな。退学処分となった心苗を吸収している集団というのは」
「警備員たちは一体何をやっているんですか?!」
テロリストがここまで攻めてこられたということは、すでに船のセキュリティー機能は無効化されている。厳しい状況を察し、船長は目を細めた。
「落ち着きなさい。ブリッジは儂らで守る」
船員たちに動揺が広がるなか、デストロンドの戦闘員がさらに銃撃を始めた。二人の船員が前に出て、手のひらを差し出す。円形の術式が光り、光弾を食い止めた。だが、6人が一斉に射撃を始めると、二度目の術式は破られ、二人は衝撃波に倒れた。
「ふむ、『章紋術』を簡単に撃ち破るとは、君たち、儂と同じ騎士だな?」
「船長!」と、下から二人の船員が声をかけた。
「君たちはコントロールシステムを守りなさい。ここは儂が食い止める」
船長はベルトに収納された金属柄を取り出した。そこに力を注ぎ込むと、柄の先に黄緑色の光の刃が伸びた。
「儂の命ある限り、この船は渡さん」
戦闘員はまた一斉にバスター砲を撃った。
船長は光の剣を払う。光弾が斬られて消えた。船長はさらに、左手に光を集め、眩しく輝く気流を戦闘員に向けて放つ。6人は強いプラズマ気流に吹き飛ばされた。
「くわぁあああ!!!」
下から聞こえた悲鳴に船長が振り返ると、下の二人が満身創痍の状態で倒れている。
「他にも手先がいたのか!」
そこにいたのは、ネコの仮面を被った女だった。
女は左手の武装アームから、謎の粒子でできた鉤爪を伸ばしている。一瞬で上の階層まで跳び上がると、一直線に船長を狙い、爪を振るった。
船長がビームソードで攻撃を受け、押し返すと、女は音もなく着地する。
「骨格の華奢さからすると、女か?いや、誰でも構わん。船を襲う者は全て儂の敵じゃ」
女は船長に応じるでもなく、静かに構えを整えた。
船長が先んじて技を繰り出す。だが、戦闘員たちを一掃したプラズマ気流は女の謎のスキルによって躱され、反撃に転じられる。
「何?!」
「Rom」
船長の持つ光の刃と女の鉤爪が交差した瞬間、女が呟いた。
女の右手から術式が展開され、船長の体に向けて至近距離から電流が放たれる。
「うぉおおお!!!」
船長が全身に重度の火傷を負うまで、わずか五秒だった。ぐしゃりと膝から崩れ落ちた船長は、力を振り絞るように女を見た。
「君は……騎士なのに、『章紋術』が使えるのか……」
女は爪を船長の体に差し込み、さらに蹴りを入れ、船長席に衝突させる。船長は口から血を流し、今度は立ち上がることもできず失神した。
少年がヒュウと口笛を吹いた。
「さすがリーズです。オッサンが瞬殺されましたね」
「これくらいは、お安い御用です」
ブリッジが制圧されたのを見計らったように、金髪の男がやってきた。
「よくやった、後は舵だな」
「それなら僕の出番ですね」
そう言うと同時に、少年の背中から、赤い不吉な影が大きく伸びた。
このブリッジに残る者はもう、操舵手の女性一人だった。彼女は目の前で船員が殺される光景も、血まみれのネコの仮面も、船長の最期も、監視カメラの映像ですべてを見ていた。そして、自分を殺害するために少年の背から伸びた赤い影を見た。自分を守る術を持たない彼女は、恐怖でガチガチと歯を鳴らしながら敵に懇願する。
「お願いします……殺さないでください……」
少年は赤い影を伸ばしたまま、女性操舵手の言葉に応じた。
「怖がらないでください。僕も手を血で汚すのは好きじゃありませんから、お姉さんを傷つけるつもりもないですよ。大人しくしてくれれば、命は保証してさしあげます」
「あ、あなたたち……私をどうするつもりなの……?」
操舵手は警戒を解かないままで言った。
「まずは自己紹介しましょう?僕はレイフです。お姉さんも教えていただけますか?」
「リーア……」
「リーアお姉さん?そうですか、良い名前ですね……」
その時、少年の背の赤い影が分裂し、その一部がリーアに憑依した。リーアは突然、意志を失ったように目の光をなくした。
「これでお姉さんは僕のものですね」
外見には何も変わらなかった。電源を切られたように光を失ったリーアが、再起動させられたように動き出す。だが、もうその顔に感情らしきものは残っていない。
「これで、コントロールシステムを奪えましたか?」
「はい、リーアお姉さんもこの船も、僕の思い通り動かせます」
「ハハハ、予想以上の出来だな。よし、レイフ、まずは試しに船内の情報を開かせろ」
「はいはい、キアーラさんは本当に人使いが荒いですよね」
レイフが指示を出すと、リーアは船内の情報を手際よく差し出した。
ブリッジ内に浮かぶ情報ボードで、船内の各階層がモニタリングできる。客室の最高層にある転送ゲートホールの映像に、トオルの姿が映った。