123.決戦の時 ⑤
ユリアンを倒した15分前、製造室では大輝とトニーの戦いが続いていた。勝敗はまだ決していない。
戦いに有利の高所に立ち寄るトニーが投げてくる岩石をかわしながら、大輝は動いている製造機のレーン間を飛び移りつつ、光弾を撃ち返していく。しかし、トニーは紋章を使い、岩を引き寄せて光弾を防いでいた。
「ブラストだ!」
離れたトニーが碧の紋章を綴り、一瞬で突風を生み出す。その風は粉砕した石を弾丸のように大輝に向かって飛ばしてきた。
大輝はその攻撃をかわし、隣の生産ラインに飛び移る。幾度となく光弾を放つが、トニーには全く当たらない。
「無駄だ、無駄だ。闘士のお前じゃ、俺には勝てないよ!」
トニーは嘲笑しながら短剣を掲げ、碧と土の二重色の紋章を輝かせると、黒い風が十数匹の蛇のように吹き出し、大輝に迫る。
「さて、今度は俺の番だ!砂塵を宿る風、蛇のごとく!サンドゲイル!」
獰猛な風が目の前に迫る。大輝は、これを避けることは不可能だと判断し、両手で頭を覆い防御態勢を取る。突風が彼を襲い、全身が鋭い刃物に切り裂かれるような痛みを感じた。大きな傷はないものの、全身が擦り傷だらけだった。
「くそ、こんな卑怯な戦い方をする奴に、負けるものか!」
両手に光弾を宿し、大輝はレールから飛び降りた。床に着地すると、前へと駆け出す。しかし、再びサンドゲイルがさらに激しく吹き荒れ、大輝の進撃を強制的に止める。彼の足元が浮き、吹き飛ばされた。
「くそぉ!なんてやつだ!」
その頃、美鈴はトラップ紋章の効果が切れ、回復のポーションを飲んで体力を取り戻す。ポケットからベニハナを取り出し、そっと頼んだ。
「お願い、ベニハナ。大輝君を助けて」
ベニハナは目を覚まし、床を這いながら体の色を環境に合わせて変色し、姿を消すように周囲と一体化していった。
「私も大輝君をサポートしなきゃ!」
美鈴は真剣な表情で立ち上がり、手にはトオルから託された反転ボールが握られていた。
その頃、大輝は立ち直り、鋭い眼差しでトニーを睨みつけた。
「この赤ずきんをかぶったタコ野郎!男ならタイマンで勝負しろ!」
大輝は挑発し、トニーは口元に陰気な笑みを浮かべ、チョコ飴をクチャクチャと咀嚼した。
「やだね。俺は筋肉バカじゃないんでね。お前は手足で戦うのが得意かもしれないが、俺は紋章術を手足のように使うんだよ」
「うるせぇ!」
大輝は怒りに燃え、さらに光弾を放つが、トニーは軽々とそれを避けた。
「子供だな。この世はいつもお前の都合で動くわけじゃないんだよ。甘ったれがくたばれ!」
トニーの冷酷な言葉に、大輝の拳が震える。トニーは再び紋章を綴り、巨大な岩石を生成して大輝に投げつける。
大輝はその岩を拳で砕きながら、トニーに向かって突進していく。しかし、トニーは笑みを浮かべ、再び岩石の雨を降らせた。
「ストーンシャワー!」
大量の岩石が大輝に降り注ぐ。大輝は必死に光弾を放ちながら進んでいくが、ついにその攻撃に耐え切れず、岩石に打ち倒されてしまった。
「うわぁあ!……うぉおおお!」
激しい一撃を受けた大輝は、吐血しながら地面に崩れ落ちた。
それを見た美鈴は、トラップ紋章に捕らわれたまま大輝の名を叫ぶ。
「大輝君ーーー!!」
大輝は意識が薄れながらも、床に垂れた自分の血を見つめ、ぼやける視界の中で思った。
「くそ……俺はここで死ぬのか……?これはゲームじゃない、本当に死んでしまうのか……?」
体の感覚が失われていく中で、大輝の頭に浮かんだのは、実家の母や姉、そして幼なじみの美鈴の姿だった。
*
大輝はふと、実家での母の姿を思い出した。古い団地の7帖1DKのアパートで、家事に励む母の姿。世代差を感じながらも、いつも凛としたブラウスを身にまとい、ローデントロプス機関でエージェントとして働いていた姉の姿も思い浮かべた。
そして、白河美鈴。幼い頃からよく遊んだ彼女とは、中学までずっと一緒だった。さらに、幼稚園の頃、二人が初めて"源気"の存在に気づき、お互いにその光を見せ合った思い出も蘇る。それは、家の近所にある、街を一望できる高台の公園での出来事だった。
「あのね、大輝くん。私、魔法使いになったの」
「本当?実は俺もヒーローみたいな力を持っているんだ」
「じゃあ、お互いに見せ合ってみようよ」
「美鈴なら、見せてもいいよ!」
美鈴は小さな手を合わせ、薄青い光を両手に集めた。大輝は片手に赤い火の玉を作り出した。二人はその光を見つめ合い、同じ"源気使い"であることが分かり、思わず顔を見合わせて大笑いした。
美鈴は小さな花のような柔らかい笑顔を浮かべ、唇に人差し指を当てて言った。
「これは、二人だけの秘密だね」
「うん、分かった。誰にも言わないよ」
二人は指切りをして、その約束を交わした。
その後、小学校4年生の時、クラスの男の子3人にいじめられて泣いていた美鈴の姿も鮮明に思い出される。筆箱を床に散らかされ、泣きじゃくる美鈴。
「筆箱が落ちただけで泣くなんて、大げさだろ!」
「女の子って、こういう時ズルいよな!」
「次、チクったら、これだけじゃ済まないからな!」
美鈴は驚き、目頭を押さえて涙を拭いながらも泣き続けていた。
「お前ら、何やっていんだ!女の子一人に男3人でかかるなんて卑怯だぞ!」
「お前には関係ないだろ?」
「美鈴に謝れ!」
「うるせぇ!ボケ!」
男の一人が大輝を押しのけ、教室の後ろへ追いやった。それでも大輝は引き下がらず、3人と揉み合いになった。人数差には勝てず、大輝は倒れ、さらに足を蹴られる。しかし、大輝は負けたくなかった。美鈴がいじめられた怒りが込み上げ、彼の中の"源気"が溢れ出す。手から放たれた光弾が一人の男の子を吹き飛ばし、その子は机にぶつかり、頭から血を流して倒れた。喧嘩した子が血が出てきたことが身回り見っている同級生がどよめきした。これが、大輝の"源気"使いの秘密が初めて明るみに出た瞬間だった。
セントフェラスト学院の入学試験を受ける前、大輝はその時の決意を鮮明に覚えていた。
中学生になったある日の夕方、大輝と美鈴はいつものように高台の公園でベンチに座り、夕日を見ながら話し合っていた。美鈴は鳶色のセーラー服、大輝は同じ色の学ランを着ていた。
「俺、もうすぐいなくなる」
「えっ?どういうこと?」美鈴が驚いて問いかける。
「ウィルター養成学校の入学試験を受けるつもりなんだ」
「なんで急に?」
「姉さんに勧められたんだ。ウィルターとして認められるためには、ただ喧嘩が強いだけじゃダメだって。本格的に育成される場所が必要だってさ」
「それで、おばさんは一人暮らしになるの?」
「もし俺が行くことになったら、母さんはネオ福岡にいる瑠衣姉さんと一緒に住むことになると思う。俺、立派なウィルターになりたいんだ。早めに自立して、母さんにも楽をさせたい」
「そうなんだ…仕方ないね。それなら、私もその入学試験を受けてみようかな」
「え?本当にいいのか?」大輝が驚いて顔を上げる。
「大輝くんが行くところには、私も行く」
「そんな簡単に決めていいのか?」大輝が心配そうに聞く。
美鈴は高台のフェンスに向かって歩み行きながら言う。
「いつも大輝くんは人の世話を焼いてばかりで、私がいないとダメ人間になっちゃうからね。私がいなかったら、ゲームだってクリアできないくせに」
大輝は前に追いかけて説明たりないことを慌てて言う。
「でも、これはゲームの話じゃない。あの学校は別の世界にあるんだ。そこに行ったら、30年くらいは戻ってこられないし、帰りたいと思っても簡単に戻れない。しかも、生きて帰れる保証だってないんだぞ。美鈴の家族がそんなことを許すとは思えないけど…」
「大輝くん、知らないこともあるんだね。私は源使いの家に生まれて、今でも源の訓練を受け続けているのよ。いつかは海外のウィルター養成学校に転校することだって考えているんだから、どのみち同じことよ。だから、私もあの学校に行く」
「そっか…でも、まず試験に合格しなきゃ始まらないぞ」
「試験の内容は分からないけど、大輝くんが合格できるなら、私も合格できるはずよ」
「本当にお前にできるか?」大輝は眉をひそめる。
「大輝くんこそ、落ちるんじゃない?」美鈴が挑戦的に微笑む。
「どうだろうな?」
「どうだろうね?」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑い出す。
「ハハハ、変な顔」美鈴もくすくす笑う。
「ふふふ、いつもそんな風に笑うんだな。でも、ゲームの時と同じように約束しましょう」
「どんな約束?」
「どんな困難があっても、お互いに生き延びて立派なウィルターになること」
「もう子供じゃないんだから、そんな約束しなくても大丈夫だろ」大輝が少し照れくさそうに言う。
美鈴は頬を膨らませる。
「ダメ!これはどんな難関でも乗り越えるためのおまじないなのだから。ちゃんと約束して、ほら、はやく」
美鈴は小指を差し出す。こんな事をしないなら話が終わらないので、大輝が了承した。
「分かった、分かった。約束するよ。昔からお前はおまじないが好きだな」
二人は小指を絡め、約束を交わした。
「ちゃんと言ってよ」
指を揺らしながら二人は唱える。
「私たちは、どんなことがあってもお互いに生き抜いて立派なウィルターになる。嘘ついたら針千本飲む〜〜」
*
――美鈴…そうだ、俺たちはあの時約束したじゃないか。どんなことがあっても生き延びるって…俺はここで終わるわけにはいかない!
大輝は心臓の鼓動を感じながら、手指を動かし始めた。大きく息を吐き、腕一本で上半身を支えながら、トニーを睨みつけた。
「まだ戦う気か?そのまま寝ていれば楽なのに、今度こそ終わりにしてやる」
トニーは手に持った短剣を構え、ソニックストーンの紋章が光り始めた。