122.決戦の時 ④
怒りに燃えるユリアンが再びヘビイソキンチャクを穣治に向けて放つ。しかし、穣治は攻撃を紙一重で躱し、即座にUFOサイクロンスラッシャーを5つ放った。リッパーたちはヘビイソキンチャクを斬り捨て、その勢いでユリアンへと襲いかかる。
「くっ…!」
ユリアンは急いで触手でリッパーの攻撃を防ぐが、焦りの表情を浮かべる。
「お前、まだそんな源気を…」
「悪いな、俺は坊やや嬢ちゃんたちとは違うんだ!」
穣治は軽くケティアの方に振り返り、笑みを浮かべながら言う。
「お嬢さん、名はケティアだったか。器用に戦っているようだが、実戦経験が少ないんじゃないか?じっとしていろよ、こいつを倒したらお前を助けに行く」
拘束されたままのケティアが顔を赤くしながら叫ぶ。
「助けなんていらないわよ! 怪我人こそ黙って休んでなさい! 私の切り札がこれから効いてくるんだから!」
「二人とも黙れ!」
ユリアンは同時に二人を攻撃しようと触手を振り上げた。
「悪いな、俺は黙って待つ男じゃない!」
穣治は再び攻撃を跳ね避け、鞭で触手を打ち払うと、目をユリアンに睨んで、リッパーを放つ。
「こいつで止めた!」
秒刻に経て、ユリアンの服の裾を斬り裂いた。ユリアンは驚き、斬られた足元を見下ろす。血がじわりと滲み、服を染めていく。
「くそ…! 俺の狩猟テリトリーが完璧なはずだ…何故、こんな奴らを抑えられない……!」
危機が迫る瞬間、ユリアンの頭の中には走馬灯のように過去の思い出がよみがえった。幼い頃、両親に連れられて訪れた水族館で、彼は水槽のガラスに手を触れながら、海の生き物を見て楽しんでいた。彼が特に惹かれたのは、自由に泳ぐ魚たちではなく、水流に揺られながらたゆたう色鮮やかなイソギンチャクだった。
--なんて、綺麗な生き物だ……
それはまるで海底に咲く花のように見え、彼の心を捉えたのだ。それはまだ彼が10歳にも満たない頃の記憶である。
青年期に入ったユリアンは、大学院で海洋生物学を専攻し、イソギンチャクを研究テーマに選んだ。
「彼は今日からうちゼミーの一員、バルテル君だ」
「ユリアン・バルテルと言います。イソギンチャクに興味を持っています。よろしくお願いします」
「キャシー・ベンネームです。珊瑚のテーマを研究しています。よろしくお願いしますね。ユリアンくん」
同じゼミに所属する1つ年上の先輩女性と出会ったが、人付き合いが苦手な彼は、ほとんど研究室にこもっていた。それでも、彼女の美しさに惹かれ、ユリアンは彼女に思いを寄せていた。しかし告白する勇気が持てずにいたが、彼女はユリアンの真面目さに好感を持ち、自然と二人は親しくなっていった。そして、意外なことに、先に告白したのは彼女の方だった。
だが、甘い時間は長くは続かなかった。同じゼミのライバルが、ユリアンに対して陰口を叩き、悪い噂を広め始めたのだ。ユリアンはその嫌がらせに対してうまく反論できず、孤立していった。そして、ゼミであるトラブルが起こった。
「いや〜!私の珊瑚が死んでいる……一体、誰がやったことなのよ!?」
「ふん、そんな事は、ずっと研究室に篭るバルテルくんしか他にないだろ?」
「酷いわ!私が大切に育っているのが知っているのに!どうしてこんな事をするの!?もう信じらない!!」
「違う、それは俺がやった事じゃない……信じてくれ、キャシー先輩……」
その件から、先輩は彼に対して不信感が増え、ギクシャクな関係が一方に悪くになった。やがて、彼女もまた、そのライバルに寝取られ、ユリアンは裏切られた。短い恋は終わりを告げた。
その頃、ユリアンは自らの中に秘められた源気を使う力に目覚めた。彼は触手を生み出す能力を手に入れ、復讐を誓った。
「お前、それは何だ!」
「お前のせいで、俺の名誉損壊し、キャシー先輩まで奪い取れた。よくも俺を踏みにじれたお前は許さん!!」
「うおおおおお!!」
触手を使ってライバルを殺した。それから先輩を自分のものにしようと試みた。彼女のレンタルアパートを潜入し、彼女を襲った。
「いや、怖いわ、ユリアンくん、それってどういうつもり!?」
「これは俺が新たに考えた研究テーマだ。人に奪われものなら、奪い返せば良い、人の心もできる!大丈夫ぶよ、先輩、前のようにずっと一緒にいられるから」
「いや、やめて〜〜〜!!!」
しかし、目覚めたばかりの力をコントロールできず、先輩の命までも奪ってしまったのだ。それでも証拠を残さず、修士号を取得した。
その後、海洋研究機構での研究を続ける中で、ユリアンは源気を補充するために触手を使い、若い女性を中心に狙い、人々の源気を吸い取るようになった。そして、次第に犯罪行為が常習化し、彼は「貪食者」としての道を歩み始めた。
「俺は何も悪くない……俺はただイソギンチャクのように糧を狩って生き残りたいだけだ!」
その瞬間、ユリアンの首に何かが刺さった。
「…何だ、この痛かゆみは……」
振り返ると、ユリアンの首に薄い青と黒色したホーネットが止まっている。
「私のオーロラホーネットには麻酔剤が仕込まれている。刺されたら、すぐに眠りに落ちるわ」
ユリアンは抗おうとしたが、すでに全身から力が抜け、地面に崩れ落ちた。
「うっ…うぅ…」
意識を失ったユリアンが作り出した触手も、すべて消え去った。
ケティアは触手から解放されたが、源気を吸い取られた影響で六枚の翅も消えてしまい、体が急速に落下していく。
「うそ! 落ちる!?」
「危な!!」
それを見た穣治は慌てて走り出し、ケティアを受け止めようとする。だが、手術後の体は万全ではなく、二人はそのまま地面に転がり込んだ。
ドサーーン!!
「いってててて…傷が開いたか…? それにこの柔らかい感触は…まさか…?」
穣治が目を開けると、ケティアも驚きの表情で目を見開いていた。二人の唇がぴったりと重なっていたのだ。
「いやっ! なにしてんのよ! この変態!!」
ケティアは慌てて穣治の胸から飛び退き、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。そして、彼が起き上がろうとするのを見て、止める仕草を見せた。
パシーン!!!
倉庫に響き渡るほどの音を立て、ケティアは穣治に平手打ちを食らわせた。
「痛ってぇ!!これで二回目か、初めて出会い女にピンタされるのは……」
「私と何の関係もないでしょ! 私のファーストキスをこんなおっさんに奪われるなんて! 許さない!!」
怒りを抑えきれないケティアは、さらに三回も平手打ちを浴びせた。
頬がひどく腫れる穣治が吐く。
「うお、俺、怪我人だぞ…」
ケティアは腕を組んで顔をそらし、冷たく言い放った。
「獣なんて、死ねばいいわ!」
「それだと、手術が台無しになるぞ?」
「ふん、今は後悔してるわ…」
ケティアの反応を見て、穣治が涼しい顔で吹き出して笑った。
「ぷふっ」
「何その態度、何か可笑しい?」ケティアが眉をひそめる。
「いや、別に。ただ、お前の協力には感謝してるよ。俺を助けるために、アイツを倒すには手間が掛かったか?」
「私が打った策だよ、策。確かに、レスキューユニットが外せなければ、奴を無傷で倒せるわよ」ケティアは不機嫌そうに言い返す。
「ハハ。そうか、それは悪かったな」穣治は苦笑いしながら、素直に謝った。
ケティアは穣治の妙な態度に少し苛立ちながらも、明らかに怒りを収まった彼女はバックパックのパーツを片付け自分の背中に装着した。レスキューユニットの効果で源気が回復し、彼女の背中から再び六枚の翅が伸びる。
ケティアは両手を広げ、深呼吸して言う。
「よし、これでまた戦えるわ」
「どこに行くつもりだ?」穣治が問いかける。
「もちろん、私の弟弟子を探しに行くわ。彼に何かあったら困るから」
ケティアはそう言って、穣治を無視するように通路へと向かう。
「待て、誰かが入ってきた。しかも、かなりの人数だ」穣治が声を張り上げた。
その瞬間、アーマースーツを着た数人が倉庫に突入してきた。総勢10人。武装した彼らはサーチライトで穣治とケティアを照らしながら、C字の陣形を組む。6人が銃を構え、残りの4人が接近戦用の武器を翳している。先頭に立った男が声を上げた。
「中にいる者は動くな!」
突然の事態に、穣治とケティアは冷静を装い、手を上げた。
「こちらはエンドルヌス騎士団だ。団員の情報によると、この場所に指名手配されている貪食者がいると聞いている。お前たちがその貪食者か?」団員の男が問い詰める。
二人は目を丸くし、すぐさま顔を横に振った。
「違う!」
「それなら、その貪食者はどこにいる?」男がさらに追及する。
二人は互いに顔を見合わせ、倉庫の片隅に倒れているユリアンを指さした。
「あそこだ」
「あそこにいるわ」
二人の言葉がぴったりと合ったことに、驚いて再び目線を交わす。
「彼か?」騎士団の男は怪訝そうに見つめる。
「いや、もしかすると、この二人は犯人の罠に引っかかっているのかもしれません」団員の中の一人、女性が警戒を崩さずに意見を出す。
「おい、待て!」穣治が慌てて口を開く。「俺たちは貪食者なんかじゃない。むしろ奴らを追っているんだ」
その言葉に反応した女性団員が警告射撃を放ち、源気粒子化された光束が穣治の近くに着弾した。
「これ以上近づかないでください。次は本気で撃ちます!」
「待て、武器を納めろ」新たに入ってきた男が厳しい声で命じた。
「だ、団長?」女性が驚きの声を上げる。
その男はエンドルヌス騎士団のエンブレムが付いたジャケットを着ており、頬には無精髭が生えている。彼は一瞬、状況を見回した後、口を開いた。
「さっきまでここにあった膨大な源気反応が消えた。二人の源気も先ほどより弱まっている。これは戦いが終わった証拠だ」
「しかし……もしこの二人が犯人の作った擬似体だったらどうしますか?」女性団員がまだ警戒を解かない。
「源気の感覚はごまかせない。報告によれば、ユリアン・バルテルを含む4人の貪食者は、何らかのアイテムで気配を消せる。だが、目の前の二人ははっきりとした源気を感じる。彼らはゲネルが言っていた、貪食者を追う者たちだろう。なあ、ゲネルくん?」団長は背後にいた男に問いかけた。
「その通りです」ゲネルは冷静に答えた。
「お前は!?」穣治は驚いてその男を見つめた。
ライトに照らされて顔が明らかになったその男――クリーフが涼しい顔で穣治に微笑んだ。
「やあ、金田さん。どうやら、うまく一人倒せたようですね?」