120.決戦の時 ②
その一方で、穣治とユリアンの戦いは続いていた。
穣治は手にした剣で何度も触手を斬り落とし、ユリアンへと突き進むための突破口を開こうとしていた。しかし、前方には百本以上のイソギンチャク型の擬態生物が立ちはだかり、穣治の目にはそれぞれが個別に数えられないほど。まるで触手の畑のように見え、彼の進攻はなかなか進まなかった。
「ハッハッハ!お前はこの数のスジホシゲソの群れを突破できるか?」
穣治の額には汗がにじみ、体にはいくつもの擦り傷が負っていた。四面楚歌の状況に追い込まれながらも、穣治はかすかに笑みを浮かべていた。
「悪いが、俺はこういう多数を相手にするのには慣れているんだ。少々乱暴なやり方だが、味方がいない時にこそ最大の効果を発揮するスキルだぜ」
「ほざけ!」
スジホシゲソの群れが一斉に攻めかかってきた。穣治の姿が触手に埋もれて見えなくなりかけたその瞬間、反転ボールが放たれ、四方に広がったスジホシゲソの群れを粉々に切り裂いた。
穣治の剣が変化し、ギザギザした鋸状の鞭に姿を変えた。彼はその鞭を振り払い、左手で鞭に源気を込めると、掌ほどの大きさのリッパーが生成された。三枚の扇風機の羽のような形状のリッパーが五つ、彼の手元に浮かび上がった。
「飛べ!UFOサイクロンスラッシャー!」
穣治は左手で帽子を押さえながら、思い切り鞭を振ると、リッパーの中心にある歯車が高速回転し、五つのリッパーが勢いよく放たれた。リッパーたちはブンブンと音を立てながらスジホシゲソを次々と切り倒し、触手の畑に円形の模様を刻んでいった。
「幾らを作ってでも、雑草は雑草だ、何度も刈り倒せるぜ」
リッパーの回転速度が落ちると、再び鞭に戻り、穣治は何度も鞭を振ってスジホシゲソを倒していった。形勢が逆転する様子を目の当たりにしたユリアンは、歯を食いしばっていた。
「くそっ……ならば、あの手を使うしかないか」
倒れゆく触手の間に少女の姿が現れた。彼女は恐怖に震え、両手で頭を抱えてしゃがみこんでいる。
「やめて、お願い、殺さないで……」
リッパーが少女のスカートの裾をかすめた瞬間、穣治はギリギリでリッパーを止め、鞭に引き戻した。倒れた触手の海の中には、行方不明になっていた女子生徒たち、リーゼロティ、ナティア、ミレーヌの姿があった。それぞれが触手に縛られ、恐怖に震えていた。
ミレーヌは泣きながら叫んだ。
「いや……こんなの、もう嫌だわ……」
ナティアも涙を浮かべ、細い声で助けを求めた。
「お願い……助けて……このままじゃ、もう耐えられない……」
リーゼロティの顔は恥ずかしさと恐怖で真っ赤に染まり、吊られた体勢のまま助けを求めていた。
「お願い……助けて……」
「この変態野郎……こんな卑怯な手まで使うか!」
「ハッハッハ!もっと飛び道具を使ってみろよ?」
攻撃を止めたら、触手の群れが攻めてきた。
穣治は間一髪に躱した。
穣治は人質を傷つけないよう、リッパーの数を減らし、精確にコントロールしながら触手を切り落とすように戦った。彼は一枚のリッパーで攻撃を防ぎ、もう一枚のリッパーを少女たちに飛ばし、ナティアを縛る触手を切り解いた。
「おい、角の美しいお嬢さん、今のうちに逃げろ!」
「ご……ごめんなさい、足が動かないの……」
「腰が抜けたか……仕方ない、少し荒っぽいが我慢してくれよ!」
穣治は鞭を巻き戻し、ナティアを鞭で掴むと、宙を跳び、彼女をしっかりと抱きかかえて着地した。ナティアは穣治に感謝の微笑みを浮かべた。
「……助けてくれて、ありがとうございます。他のみんなも助けてください」
「もちろんさ。お嬢ちゃんはここで待っていてくれ。他の子たちもすぐ助ける」
「……本当に、頼もしい方ですね」
だが、穣治の背に不気味な悪寒が走った。同じ方法で他の少女たちを助け出そうと動き出した彼は、嫌な予感を感じていた。
――この鳥肌が立つような悪い予感は何だ……?それに、助けた彼女たちの源気があの野郎の気配と似ているのはなぜだ……まさか、この子たちは!
その時、背後から触手が穣治に突き刺さった。避けようとしたが一瞬遅く、腹や腕、脚に鋭い触手が突き刺さり、彼の帽子も地面に落ちた。
「くっ……しまった……」
体を痺れるほどの激痛が走り、動きが封じられた穣治は、自分の体から血が流れているのを見て、口からも血がこぼれ始めた。
「お前も……奴が作った擬似体か……」
痛みに耐えながら振り返ると、ナティアの姿をした擬態体が触手を伸ばし、穣治を貫いていた。少女の姿は異形の生物へと変わり果てていた。
ユリアンは狂ったように笑い声を上げた。
「ハッハッハ!これが絶景ってやつだな!この技は千回試して千回成功した。このファンタムイソギンチャクは、捕らえた相手の情報を全てコピーし、本人そっくりに擬態できる。助けに来た奴を簡単に始末するためにな!」
「捕らえた少女たちはどうなった?」
「大事に保存しているさ。彼女たちの生命力が尽きない限り、永遠に俺の糧となり続けるのだ。どうだ、若い少女のコピーに命を奪われる気分は?」
――悪いな、トオル。今の俺、この怒りでこいつを殺しそうだ。
穣治は怒りに燃えながらユリアンを睨みつけた。
「狂った変態野郎め……」
怒りに任せて穣治の源気が急激に高まり、彼は手加減なしでリッパーを放った。瞬く間に、穣治を貫いていた触手が斬り落とされ、擬似体も斬り倒された。
「ふふ……だが、お前は重傷だ。他の擬態体もまだいる。もう逃げられないぞ。」
ユリアンが言ったとおり、穣治の動きが鈍くなり、攻撃を避ける運動力を失った。そんな彼が他のファンタムイソギンチャクが打ち出した触手に縛り取られた。穣治を逃がせないように緊縛する。
しかし、穣治は怒りに任せて放出した源気を操り、床を突き破るように放たれた鞭で触手を斬り裂いた。鞭はそのまま他のファンタムイソギンチャクにも直撃し、一斉に擬似体が光の粒となって散り去った。
形勢が逆転したことで、ユリアンは驚愕する。
「な、何だ、今の技は?あの高度の源気は一体!?」
穣治は鬼のような形相でユリアンを睨みつける。
その目つきに、ユリアンは冷や汗をかき、命の危機を感じた。口を半開きにして驚愕の表情が浮かぶ。
「お前は一体、何者だ!?」
死線を幾度も超えてきたかのような穣治の目に、ユリアンは動揺し、慌てて叫びながら新たな触手を生成する。なんとか穣治の攻撃を防ごうとする。
「誰か、あいつを止めろ!!」
しかし、穣治は逃げもせず、再び触手に捕らえられる。それでも表情を変えずにユリアンを睥睨し続ける。
「また同じ手か?次はお前の首を取ってやる」
「おっさん、相当な殺意を放っているみたいだね?でも、そんな重要な犯人を簡単に殺しちゃダメでしょう?」
突然、軽やかで明るい女性の声が響き、穣治とユリアンはその方向に振り向く。
「お前は誰だ?どこから来た?」
ミントブルーの髪を六角形の結晶石のリングで二つに分け、シュリンプ風に結んだ強気な美女が、コンテナの上に立っている。彼女は作業服ではなく、スズメバチを模したフルアーマーをまとっていた。ボディラインを強調するデザインで、背中には六枚の翅が伸びる。ミニスカート状のアーマーの後ろには、スズメバチの腹部を思わせるバックパックが装着され、そこから危険な曲線を描くような武器が垣間見える。頭には触角のようなパーツが付いている。
「ケティア・ラウラよ。うちの製造所で働く弟弟子が事件に巻き込まれそうだったから、ちょっと様子を見に来たんだけど、なかなか興味深いものを見せてもらったわ。指名手配犯、ユリアン・バルテルさん?」
「お前はトオルのバイト先の先輩か?」
穣治は初対面にもかかわらず、気安く突っ込んだ。
「ええ、トオルからあなたのことは聞いたことがあるわ。信頼できるけど、ちょっと野放図な色男わね?」
ケティアは微笑みながら初対面の印象を口にする。その言葉に穣治は不満げに反論した。
「野放図は余計だ」
「ま、自己紹介はこの辺にしておきしようか。それより、さっさとこの変態男を確保しよう」
そう言うと、ケティアは手を伸ばし、そこに三枚刃の槍が現れた。それは銃砲の機能を備えた特製の武器のようで、アーマーと統一感のあるデザインだ。ケティアはその槍を翳しながら宙に浮かび、蜂蜜色の源気を放ち、美しい女王蜂のようにユリアンを見下ろしていた。