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10.思いを運ぶ難破船 ④

「うむ。俺は思いっきり飛び出して、先端に十字鍬を結んだ縄鞭でマシンの機体を掴み、そのまま空に飛び上がった」


「凄い……。金田さんって、チャンネル劇のアクション俳優みたいですね!」


「何の話?」とトオルは椅子に座りながら依織に声をかける。


 依織はトオルの方を見たが、穣治の話の続きが気になるらしく、慌ただしく答えた。


「金田さん、元冒険家って言ってたでしょ?これまでの冒険の話を聞かせてもらってるの。南極の扶桑(ふそう)州にある遺跡を探索していた時に、地下人の戦士に遭遇して、彼の探索隊がトラップに捕まり窮地に追い込まれたって」


「そんなことが……」


「で、それからどうなるんですか?遺跡の探索は諦めたの?」


「いや、地下人の言葉が分かる通訳人を連れて、何度も交渉をした結果、遺跡の探索をさせてもらう条件として、ある組織に拉致された地下人を救出して仲間の元へ返してほしいと言われてな。そのミッションを完遂したおかげで、探索は地下人の協力を得て行うことができた。結局、その遺跡は古代人の作った地下シェルターだった。地上世界と地下世界を繋ぐ玄関でもあって、互いに自分たちの居場所を侵さないための関所のようなものだったんだな」


「へぇ~!じゃあ金田さんは、実際に地下人を見たんですか?一体どんな人種なの?」


 人の自慢話に突っ込むのは無粋なことだ。トオルは黙って聞きながら、パスタをフォークに巻き取り口に運ぶ。


「うむ。見た目はあまり変わらないが、感情が高ぶると、皮ふにトカゲのような模様と鱗が現れ、瞳が獣のように縦に細く変わる。彼らは一般人に対してはよそよそしく、力を持つ人間でなければ対等に話はできない」


「ちょっと怖いですね。急に人を襲ったりってことは?」


 穣治はまるで友人のように、地下人について気楽に話した。


「同行した者によると、食べるものがなく貧しかった頃には人間を食べる慣習があったようだ。今もほんのわずかな者たちが人間を食べることがあるそうだが、健康上の害になるらしい」


 依織は少し青ざめた顔で聞いている。


「そんな人たちと一緒に冒険するなんて、金田さんは肝が据わってますね……」


「彼らは源使いを丁重に扱ってくれるからな」


「アトランス界には獣人族がいるって言うじゃないですか。学校で出会った時、ちゃんと話せると良いんですけど……」


「多少は人語も話せるだろう。ま、話し合えないなら、力で大人しくさせるか?」


「わ、私にはちょっと無理かも……」


 依織はこれまで、人以外の知恵を持つ生き物と話し合えるなど、一度も考えたことがなかった。想像しきれない依織の頭には、動物の頭を持つ二本足の生き物が立ち現れている。得体の知れない生き物とともに学校生活を送ることを考えると、鳥肌が立った。


 美鈴も穣治の武勇伝を聞きながら、こくこくと何度も頷いていた。美鈴はあまり食事が進んでいない様子で、冴えない表情をしている。


「どうしたお嬢ちゃん?さっきから暗い顔して。ちょっと怖かったか?」


 せっかくのムードを壊さないよう、美鈴はぎこちなく笑顔を作った。


「いえ、面白いです。学生の日常生活では起こらない経験ですね。チャンネルゲームと違って、本物の冒険は凄いです」


「手が止まってるが、食べ物が口に合わないのか?」とトオルも訊いた。


「うーん、食べ物は美味しいんですが、考え事をしていて、ちょっとボーッとしてしまいました」


隼矢としやくんの事を心配しているの?」


 美鈴は答えなかったが、図星だったらしく、さっと目を伏せた。


「幼馴染みって言ってたけど、いつからの付き合いなの?」


「ご近所さんなので、小学校に上がる前からよく一緒に遊んでくれて。二人とも源が使えたので、それでもっと仲良くなりました」


「隼矢くんはいつもああいう態度なの?」


 美鈴は黙ったままこくりと頷く。


「……でも、彼がコミュニケーションが苦手なのは、彼の問題よね?白河さんが誰かと付き合うことまで邪魔するのは良くないわ」


「分かってはいるんですが、でも……大輝くんを放ってはおけません……」


「いくら仲良しでも、いばりん坊の彼を甘やかしてしまうと、苦労するのはあなたよ?」


 依織はそう言ったが、トオルは大輝の言動を見ていて、自分と似た匂いを嗅ぎ取っていた。トオルはテーブルに頬杖をつく。


「彼は人との接触が苦手というより、本能的に拒絶しているように思う」


「大輝くんは、根は明るい人なんです。何事にもまっすぐで、前向きで……」


「今の彼と別人じゃない」


 美鈴の話を聞いて、穣治が口を挟んだ。


「何かトラブルがあって、トラウマが植え付けられたのか?」


「そうなの?」


「……はい。大輝くんの源は、樹木や岩を破壊することができます。人を投げ飛ばせば、相手に重傷を追わせることも……」


「源使いには、そういうタイプもけっこういるみたいね」と依織が言った。


美鈴は少し躊躇いがちに話し出した。


「小学校三年生の時、私が同級生に虐められていたんですが、それを助けてくれたのも大輝くんでした。でも、相手を怪我させたことで、彼が源使いであることがわかり、先生や周りの大人たちからずいぶん怒られて、一般人を相手にその力を使ってはいけないと言われてしまったんです。大輝くんは真面目にそれを守りました。だから、同級生から虐められても、やり返すこともできなくて……」


「ほう、忍耐強い、良い少年だ」


「そんなに精神力の強い彼が、どうして今みたいに?」


「ある日、近所の廃工場で近隣の子どもたちが遊んでいたところを、異端犯罪者に襲われる事件が起こりました。子どもたちの悲鳴を聞いて大輝くんは現場に向かい、何とか犯人を抑えこんだんです。でも、警察が来る頃には犯人に逃げられてしまい……」


美鈴は思い出すのも辛そうに、一度そこで話を切った。


「現場に残されたのは、重体の子どもたちと大輝くんだけ。その状況から、彼が疑われてしまったんです。そして酷いことに、回復した後、子どもたちが皆、大輝くんを犯人だと証言して……。彼はもちろん弁解しましたが、前例があるからと、学校の先生でさえ彼の言葉を信じませんでした。結局、ローデントロプス機関のエージェントが真犯人を捕まえるまで、ずっと彼は犯罪者として扱われて……。無実だと分かった後も、学校の先生も、子どもたちの親も、大輝くんに謝罪の言葉一つ、言ってはくれなかったんです」


「そんなことがあったのね……」


 大輝の境遇を知り、依織は同情した。


「助けたことで犯人扱いされるというのは辛いな。それで人間不信になっちまったのか」と穣治も呟く。


 トオルは、やはり彼の境遇は自分と少し似ていると思い、臓腑が締め付けられるような思いだった。大輝の気持ちが痛いほど分かってしまったトオルは、何も言い出せず、どこでもない場所を見つめている。


「むしろ勇者と言われてもおかしくないのに、隼矢くん可哀想ね……。いくら源使いだからって言っても、小学生の子どもを犯人扱いするなんて、あんまりだわ」


「おそらくだが、その小学校の先生は一般人だろ。源使いに偏見を持っている」


 そんな話は地球界ではよく聞く話だとばかり、穣治も続けた。


「そうだな、地球界で生きる源使いが背負う呪いのようなものだ。勇者の真似事をしたつもりが、ヘタをすればならず者の悪人として扱われる。一般人にはない力があるというだけで」


「じゃあ大輝くんは、異端犯罪者扱いされないために、セントフェラストへ……?」


「いえ。大輝くんは『リスク数値』的には異端犯罪者の基準を超えていないんですが、エージェントたちから、将来の出世のためにはセントフェラストに入学した方が良いとアドバイスを受けました……でも、やはり大輝くんには……」


「まあまあ、彼はまだ若い。いつか乗り越えられるさ。それに、これから待っているのは源使いばかりの世界。意気投合できる仲間だって見つかるだろう」


 三人の話を聞くともなく聞きながら、トオルは不意に、遠くに見えるガードマンを見た。


「トオルくんどうしたの?さっきからずっと上の空よ」


「いや、ちょっと考え事を」


「何を考えてるの?まさかもうこの世界のプログラミングのことで頭がいっぱいなの?」


「あぁ……いや、例えば、もしこの船が墜ちたなら、どうすれば良いのかとか?」


 テロや事件という言葉を使えば不用意に不安を煽ると思ったが、そう聞いただけで依織は予想以上に表情を強ばらせた。


「やめてよ、そんな、不吉な話」


「まあ、安全確認みたいなものだ。万が一の時のために……」


 美鈴は緊張を抑えるために、自分に言い聞かせるように言った。


「左門さん、さっき非常時の避難シミュレーション映像を見たじゃないですか。ここなら、避難ライトに従って避難室へ移動できますよ」


「ふむ、君は何か別のことを考えているようだな」


 穣治はトオルの細かな行動の違和感を指摘した。


「君は港に着いてから何度も警備員の姿をチラチラと確認している。おそらく、単なる墜落事故なんかより、もっと怖いことを考えているんだろう?」


依織はさっきまで穣治に向けていた笑顔を失った。眉をひそめ、一度穣治を見てから、こわごわとトオルを振り向く。


「トオルくん、そうなの……?」


「……ガードマンの動きが不自然だ。パトロール中のはずなのに、何か見ている様子はなく、ただルートに従って歩いているだけ。まるでバグが発生した擬人人形のようだ」


 美鈴はトオルに言われて初めて、ガードマンを観察した。


「……そう言われれば、たしかに生気のない屍みたい……」


「考えすぎだ、左門くん。たしかに船上の警備員たちは、港での様子と違う様子だが、そもそも初めから、彼らは人間ではないかもしれん。俺たちはこの世界のことをまだ、あまりにも知らない。あまり妄想を膨らませても、今のところメリットはない」


 理屈は分かる。だが、トオルはクロディスを信じていた。


「じゃあ、あれは何なんだ?」

「ゾンビや不死者の類いかもしれん。俺の知っている源使いの友人は、屍を操る技ができたぞ?」


 ウィットに富んだ話題にすり替えようとしたが、依織には逆効果だった。


「……ごめんなさい、ちょっともう限界。一旦一人で、冷静にさせて」


 依織は急に席を立ち、転送ゲートホールへと走り去ってしまった。あまり見たことのない依織の様子に、トオルは混乱する。


「内穂さん、どうしたんだ?」


「あちゃー、彼女はお化けが苦手か……」 


「左門さん、お姉ちゃん、どうしちゃったんですか?」

「分からない。同じクラスだったが、あんな彼女を見たのは初めてだ」

「お嬢ちゃん、この世界に来てからずっと我慢してるんじゃないか?」


 穣治にそう言われても、トオルにはピンと来なかった。


「何の話ですか?さっきまで楽しそうだったじゃないですか」


「おいおい、鈍いな。お嬢ちゃんのあの笑顔は無理やり作ったものだ。俺の冒険話に没頭してくれたのも、ストレスを感じないためだろう」


「お姉ちゃんは大丈夫でしょうか?」


 穣治がため息を吐き、重い口調で言う。


「お化けや人外のものは元々苦手なんだろう。だが、人間以外を受け入れられないとなると、この世界に来て苦しむのは彼女のような人かもしれんな」


「内穂さん、一体どうしちゃったっていうんだ……?」


 トオルには依織の行動が幼稚に思えてしまい、どうすることが彼女のためになるのかさっぱり分からなかった。


「さて少年、ここで君の出番だ。とりあえず、今は彼女を一人にしない方が良いだろう」


 穣治に促されるように、トオルは席を外し、依織の後を追った。


 その頃、立ち入り禁止エリアでは、不穏な人影が動いていた。

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