117.戦場突入 ③
トオルは工場の中心部へと1人で進んでいた。中枢部に近づくにつれ、廊下の壁や天井には植物の蔦がどこまでも絡みついている。
「貪食者は4人。他に新入りがいるのかは分からないが、ユリアン・バルデル、章紋術を使う奴、植物を操る怪人の女……そして、石井春斗。あいつもこの工場のどこかにいるのか?」
コダマは短く3回「ビッ、ビッ、ビッ」と鳴き、その後に1回長い「ビー」と鳴く。これは先に依織の居場所を見つけたという合図だった。コダマは先方を示すように、トオルの頭上を飛び越えていく。
「この鳴き方……依織さんが近くにいるってことか?」
トオルはペースを上げて走り出し、工場の製造機材が並んでいる倉庫へとたどり着く。天井は吹き抜けで五階分もあり、巨大な箱が多数置かれ、ライトが頭上で照らしていた。
そこで目にしたのは異常な光景だった。倉庫中に蔦が生い茂り、箱と箱の間には網のように張り巡らされている。その網に、巨人ほどの怪人が依織を絡ませ、捕らえていた。依織は意識を失い、両手を左右に広げ、Y字に固定されている。まるで植物そのものが生き物のように、彼女の体を網の中心に縛り付けている。
「依織さん!!」
怪人は背を向けたままだ。今が奇襲を仕掛ける絶好の機会だと、トオルは判断し、すぐに指令を飛ばした。
「コダマ、タマ坊を下ろせ!そしてすぐにウイングカッターで怪人の胸元の蔦を切り取ってくれ!」
トオルの指示に応じ、コダマの胸元が赤く光り、鋭い鳴き声を発すると、翼を大きく広げてウイングカッターを放った。怪人の胸から伸びていた蔦が切り取られ、依織の体から源気を吸い取る手段が断たれた。
「次だ、コダマ!スカーレットバンで怪人を狙撃しろ!タマ坊、お前は戦闘モードで、鉄砲の捨て身攻撃を仕掛けてくれ!」
コダマは赤いエネルギー弾を撃ち、怪人の背中に直撃させた。タマ坊もまた、戦闘体勢に入る。力強く立ち上がると、まるで相撲のように両手を広げ、地面を強く蹴ってから、砲弾のように怪人のお尻に激突させた。
絶妙なタイミングでの連携攻撃が成功し、怪人は崩れ落ち、四つ這いになる。
「よし、今だ!コダマ、クローネイルミサイルで怪人の膝裏を狙え!タマ坊は粘着弾で手足を封じてくれ!」
コダマは素早くクロー釘ミサイルを発射し、怪人の膝裏に突き刺して床に固定させた。タマ坊もタイヤを高速回転させ、素早く走り回りながら粘着弾を放ち、見事に怪人の手足の動きを封じた。
「よし、うまくいった。今のうちに依織さんを解放する。コダマ、タマ坊、応援頼む」
タマ坊は怪人の近くに寄り、コダマも低空で周囲を警戒しながら浮かんでいる。
依織は2階ほどの高さに縛り付けられている。トオルは怪人の背中を梯子代わりにして登っていく。動けなくなった怪人の首と肩にまで登ると、ちょうど依織に手が届く位置だ。
トオルは依織からもらったカッターナイフを取り出す。イリジウムの刃が鈍い光を放っていた。
「大丈夫だ……心拍も呼吸もある。依織さん、今から解放するから」
トオルは蔦を1本ずつ丁寧に切り外していき、まずは上半身を解放した。そして、残った2本の蔦を切り取る前に依織の体を支えるため、彼女の両腕を肩に掛ける。トオルの顔に依織の髪の香りがふわりと漂い、胸が当たる柔らかい感触が伝わってくるが、トオルはそれを意識しながらも赤面せず、真剣な表情で依織の寝顔を見つめた。
そして、残りの蔦を切り取ると、依織をしっかりと抱きながら慎重に怪人の背を降りていく。
突然、怪人の体が光となり、消滅してしまった。
「こ、これは……何が起きたんだ?」
立っていた場所を失い、トオルは依織と共に落下した。幸いにも落下した高さは人が耐えられる範囲だった。
トオルは着地の際、足にしびれを感じたが、大きな怪我はなく、無事だった。
トオルは解放された依織を床に寝かせ、その様子を見つめた。まるで眠り姫のように美しかった。
――こんなにじっくり依織さんを見たことがないな……やっぱり綺麗だ。僕みたいな奴が、彼女を好きになっていいのだろうか……
普段は考えることのない感情が湧き上がり、トオルは依織への想い出に思いを巡らせた。高校時代、彼女とはずっと同じクラスだった。キラキラとした存在感を放つ依織に、トオルはいつの間にか心惹かれていた。だが、自分は教室の隅に座るだけの目立たない存在。楽しそうに友達と笑い合う依織や、体育の授業でイキイキとスポーツに打ち込む彼女を遠くから見守ることしかできなかった。依織は、美貌だけでなく成績も優秀で、周囲からも一目置かれる存在。そんな彼女に恋心を抱く自分が身の程知らずだと、トオルはずっと思っていた。そして、その恋心を早々に諦め、封じ込めたのだった。
しかし、今では2人は源使いとして、同じ学院――セントフェラストで心苗として共に戦っている。そんな素敵な彼女と友達になれていることが、トオルにとっては奇跡のようだった。それでも、恋を打ち明けるなどとは一度も考えたことはなかった。
「ばか……僕は何を考えているんだ。戦いはまだ終わっていない。他の貪食者が襲ってくるかもしれない……まずは依織さんを起こさないと」
トオルは考えを振り払うように、ポケットからホールニンスを2本取り出した。まず1本目を自分で飲み干し、2本目の蓋を開けると、依織の上半身を支え、ゆっくりとポーションを彼女の口元に運んだ。
やがて、体力と源気を回復した依織は、ゆっくりと目を開けた。ぼやけていた視界がはっきりすると、トオルの顔と、その側にいるタマ坊とコダマが目に入り、彼女は体を起こした。
「トオル君?私は……何があったの?」
「覚えてないか?君は貪食者が生み出した植物怪人に攫われたんだ」
「そう……ここはその貪食者の隠れ家なのね?」
「その通りだ。気分はどうだ?」
依織は首をかしげ、手で頭を押さえながら植物怪人に捕らえられたことを思い出していた。蔦に絡め取られ、弄ばれた記憶が蘇り、二度と経験したくない出来事だったが、彼女は意識をはっきりと取り戻した。
「大丈夫よ、すぐにでも戦えるわ。みんなは?」
「別の場所で貪食者と戦っている。ぼくは先に進んで、捕らわれた君を見つけたんだ」
「助けてくれてありがとう。ちゃんと約束を守ったわね」
「いや、ぼくは君に謝らなければならない。あの時、君を全力でバックアップできなかった……」
「何を言っているの?トオル君はここまで来てくれたじゃない」
「違うんだ。ぼくは奴らの目的に気づいていながら、君が攫われるのを止められなかった。君を囮にしてしまったんだ……」
依織は優しく微笑んだ。
「ふふっ、許してあげるわ。そもそも、私は覚悟して前に出たんだから。トオルが見たことのない紋章術を使ったんでしょ?それだけでも大変だったと思う。だから気にしなくていいのよ」
「依織さん……」
その時、コダマが短い警告音を発した。
「ふふふ、感動の再会はここまでね。二人とも、ここで終わりにしてあげるわ」
女性の冷たい笑い声に、2人は周囲を見回した。いつの間にか、植物怪人が10体以上も部屋に侵入してきていた。
「いつの間にこんなに!?」