115.戦場突入 ①
大輝と美鈴が乗っている飛空艇も無事に後を追い、着陸した。
穣治とトオルは飛空艇を降り、しばらく周囲の様子を見守っていた。怪人が入った入り口は黒く煤け、風が吹き抜ける音がひんやりと耳に届く。
大輝と美鈴も後から合流し、タマ坊は通常形態に変化してトオルの足元に立ち寄る。コダマは4人の頭上を低く浮いていた。大輝が口を開く。
「ここから入るのか?」
穣治がうなずく。
「ああ、怪人もここから入ったようだ」
トオルはその鋭い聴覚で、遠くから怪人の重い足音が微かに聞こえていた。
「間違いない。ぼくにも怪人の足音がよく聞こえる」
機械の稼働音ひとつ聞こえない異様な静けさに、美鈴は不安を感じ、警戒を強める。
「それにしても、この工場はあまりにも静かすぎませんか?防御システムがあれほど厳重だったのに、今は音も気配も感じられませんなんて」
「何か罠を仕掛けたのかもしれんが、相手が何を企んでいるのかは分からない。気をつけて進むぞ」
穣治の真剣な表情に、大輝と美鈴もうなずき、トオルが前に進むように声をかけた。
「行こう」
4人が中に入る姿を高所から見下ろす人影があった。薄青の肌にダークブラウンの長髪が風に揺れ、コウモリのような翼を持つ女性が微笑を浮かべている。
その女性は僅かな源気の気配を感じると、セクシーなビキニアーマー姿で首を傾け、空を飛ぶスズメバチを見つめた。
「この場に他の追い手がいるかしら?まあ、こちらの目的を果たさないとね」
そう言い残し、女性の姿は高所から消えた。
トオルたちは工場に入り、しばらく進むと、何もない倉庫のような広い空間に出た。そこでは数体のイソギンチャクのような怪物が彼らを待ち構えていた。
「やはり待ち伏せか!」
「触手を操るのは、ユリアン・バルテルの仕業だ」
怪物たちが触手を伸ばし、4人に襲いかかってきた。
「来るぞ!」
穣治は攻撃をかわし、手に持った鞭を源気で太い剣に変え、迫りくる触手を切り捨てた。
トオルはコダマに指示を出す。
「コダマ、ウイングカッターで応援防御し、その後ビームマシンガンで触手型の擬似体を撃ち倒せ!」
コダマは翼を広げ、そこから八枚の刃を射出して触手を切り裂き、さらに胴体に内蔵されたビームマシンガンで擬似体を一気に五体も倒した。射出した刃は再びコダマの翼に戻っていく。
大輝は両手に源気の光弾を持ち、美鈴を守るように触手を撃ち払った。そして、反撃の隙を見て、左手の光弾を放ち、コンテナに付着したイソギンチャク型の擬似体を撃破し、爆発の中でさらに八体が消滅した。
「こんなに多くの擬似体がいるのに、どうして源気の反応がまったく感じられないでしょうか?」
美鈴の問いに、男の笑い声が応えた。
「フフフ…あのヒイズル州の男から手に入れたアクセサリーのおかげさ。これで擬似体の気配も遮断できるからな。獲物がいつもより大量に獲れるってわけさ」
黒い貫頭衣を着た男が現れた。
「お前がユリアン・バルテルか?」
「いかにも、お前たちを待っているぞ」
トオルが問いかける。
「君たちは、依織さんをさらった目的は一体何なんだ?」
大輝は顔をトオルに振り向ける。
「目的?内穂さんの源気を奪うためだろ。それ以外に何がある?」
「それなら、依織さんが一人のときを狙えばいい。わざわざ僕たちが集まっているときに襲ってくるなんて、リスクが高すぎる。追跡されたら隠れ場所もバレるだろ」
トオルは依織をさらう目的がただの源気の吸収ではないと感じていた。
「フフ、お前は鋭いな。最初は反対だったが、白井が協力する条件だった。彼は何か事情があるらしく、彼女に執着している。確かにリスクはあるが、しつこい追跡者を一網打尽にできると考えれば悪くない」
穣治が鋭い目つきで問いかける。
「つまり、依織は餌で、俺たちが獲物ってことか?」
「まあ、予想外の追っ手が三匹来たが、ここで始末してやる」
トオルたちが入ってきた通路は無数の触手で塞がれた。
コンテナに仕掛けられた触手が突然襲いかかってくる。穣治は前に飛び出し、それを剣で切り裂いた。
「こんなもの、俺が抑える!」
穣治が触手を次々と斬り裂き、突破口を作り出す。
「トオル、先に行け!」
「分かった」
大輝が前衛、トオルが最後尾、美鈴とタマ坊を間に挟んで工場内部へと進んでいく。コダマは先導するように低空を飛び、タマ坊もトオルたちのペースを合わせそばで這い進む。
大輝は光弾を投げ、さらにコダマがビームマシンガンで通路を塞いでいた触手を破壊した。通路に入る前、3人が振り向くと、穣治が触手軍団に囲まれていた。
触手の奇襲を間一髪でかわし、急所を狙った攻撃を避けた穣治だったが、肩に擦り傷を負い、帽子が撃ち落とされた。
美鈴は穣治がピンチに陥ったことを心配し、声をかける。
「金田さん!?」
「振り返るな!お前たちは前に進んで、一刻も早く依織嬢ちゃんを救ってこい!」
「フフ、お前ら全員、俺の狩場から逃れられると思うなよ」
「お前には引き下がらないぞ」
「ハハッ、冗談が上手いな。お前はすでに触手の餌だ。骨まで残さず食ってやる」
触手たちが先端から五つに分かれ、口を開き鋭い牙をむき出しにした。
「ふん、俺はそう簡単にやられる神男じゃない!」
穣治は襲いかかってくる触手を鋭く斬り捨て、隙を見つけてその場から抜け出す。
穣治がユリアンの注意を引く中、トオルは大輝と美鈴に言いかける。
「今のうちに、金田さんに任せておけば大丈夫だ。僕たちは前に進もう」
大輝と美鈴はうなずき、3人は工場内部へと進んでいった。コダマが先導するように低空を飛び、タマ坊もトオルのそばを這い進んでいく。
包囲を抜けた穣治は、左手に持ったアイテムを投げ放った。それは球体で、刃が伸びるとユリアンに一直線に飛んでいった。
「何だ!」
不意の攻撃にユリアンは慌てて避けたが、フードが切り裂かれ、前髪だけがライトブルーに染められた鮮やかなレッドオレンジのベリーショートヘアが露わになった。白い頬に擦り傷が浮かんでいる。
「これは何だ?」
それはトオルが作った反転ボールだった。ボールから伸びた三本の刃は宙を回転しながら飛び、源気が尽きる前に穣治の元へと戻ってくると、4本の触手を切り落として床に落とした。
「便利なアイテムだな!さあ、これから本気でお前を倒してやる!」
「調子に乗るな!」
怒りに震えたユリアンは自ら手を出し、手から作り出した触手で穣治に襲いかかった。
しかし、穣治はその攻撃を軽々とかわした。
「今の何だ?分身で卑怯な手段ばかり使っているようだが、本人の戦闘技術は大したことないんじゃないか?」
穣治の挑発が効いたのか、ユリアンは目じりを険しく吊り上げて叫び声を上げる。
「貴様あああ!!」
穣治とユリアンが戦いを繰り広げている間、トオルたちは工場の製造室へとたどり着いた。
そこには八つの生産ラインが並んでいたが、どれも稼働しておらず、暗闇の中、3人の足音だけが響いていた。