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112.追跡 ①

 トオルはめまいに襲われ、崩れるように膝をついた。左手で頭を押さえ、苦しそうな表情を浮かべる。首を少し空へ向け、眉をひそめたまま右手を強く握りしめる。


 その姿を見て、穣治じょうじはかつて未婚の妻を失った時の記憶が蘇った。同じ過ちが目の前で繰り返されることを止められなかった穣治は、自らの無力さに苛立ち、怒りを露わにする。


「くそッ!」


美鈴みすずは切なそうな表情を浮かべ、苦々しい声で呟く。


「お姉さんがこんなにも簡単に貪食者グラムイーターに攫われるなんて……」


「諦めるのはまだ早い。今追いかければ、まだ間に合うかもしれない」


クリーフは微笑みながら飄々とした態度を見せる。その姿に穣治は激怒し、クリーフの襟を強く掴む。内心で煮えたぎる怒りが彼を突き動かす。


「お前、一体何をやっているんだ!手を抜くのもいい加減にしろ!」


「手を止めろと言ったのはあなたではないですかね?」


クリーフの冷静な返答に、さらに怒りがこみ上げる穣治。


「惚けるな!『尖兵スカウト』のお前なら、あんな使役体くらい簡単に倒せるはずだ!」


 クリーフの平然とした態度に苛立つ穣治。クリーフは微笑を浮かべたまま言葉を続ける。


「あなたには何もわかっていないようですね」

「何だと!?」


 その険悪な空気に、美鈴は驚いて声を上げる。怯えながらも二人の揉み合いを止めようと、必死に声をかける。


「金田さん、落ち着いてください!今は仲間同士で喧嘩している場合じゃありません。お姉さんを助ける方法を考えましょう。気を乱すと悪い方に転ぶだけです!」


 穣治はその言葉に、かつてフィアンセが自分を慰めてくれた時のことを思い出した。無力さに苛立ち、何度も失敗した自分を、彼女はいつも優しく励ましてくれた。穣治は怒りを静め、クリーフの襟を放して冷静に問いかける。


「君は最初から依織お嬢ちゃんを囮にするつもりだったんだな?」


「これは貪食者の隠れる本拠地をあぶり出す絶好のチャンスです。先ほど多くの情報を集めた結果、犯人を特定する確たる手がかりが得られていなかったでしょう?」


クリーフは続けざまに言葉を紡ぐ。


「誤解しないでくださいね。この作戦は彼女が自ら提案してきたものです。初めて聞いたときは、私も驚きましたよ」



それを聞いた美鈴は驚きの表情を浮かべ、クリーフを見る。


「詳しく説明すると、君たちは当初からおとり作戦を考えていたんでしょう?でも彼女は、戦闘の力ない美鈴さんを囮にするのはリスクが高すぎると言って、自分を囮にするよう頼んできたんです」


「それでも、なぜプロの君が素人の提案をそのまま受け入れたんだ?もっと賢い方法があっただろう?」


「確かにそうかもしれませんが、逃げ足の速い貪食者をおびき出すには、彼らが欲しがる餌を使うのが一番効果的です。今の状況では、囮作戦が最も有効で、全員を一網打尽にする最適な方法です。彼女はこの危険な状況を恐れることなく、冷静に実行する凄まじい度胸を持った女性です」


穣治は自分の判断の誤りに気づき、苦々しい表情を浮かべる。


「まさか……結局、彼女をこんな危険に晒してしまったのは、俺たちのせいか……」

その時、トオルはホールニンスを飲み干()し、再び元気を取り戻した。そして、鋭い目つきで言葉を発する。


「俺たちで追いかけよう。依織いおりさんを囮にしたこのチャンスを無駄にはできない。反省会は、あの貪食者4人の身元を確保してからだ。その後にしよう」


「良い勢いですね。君は飛空艇の操縦ができるのか?」


「はい、できます」

「それなら、俺の飛空艇を貸してあげよう」


クリーフは自身のマスタープロデタスを操作すると、黒と緑を基調とした、伊勢エビとシャチを掛け合わせたような形状の飛空艇が空からゆっくりと降りてきた。無人のまま、滑らかに着地する。


「これは……?」


 飛空艇テュルスの背面にあるガラスキャノピーが上方に開き、前後に二つの席が並んでいた。謎の技術で作られた動力装置とモニターがすでに作動している。


「俺の愛機だ。この飛空艇なら、すぐにその使役体を追いかけられるだろう」


「ゲネルさん、この飛空艇は二人しか乗れません。ぼくにこの手段を貸してくれるなら、あなたはどうするのですか?」


「君たちは先に行きなさい。俺は後から追いかけます。もし貪食者たちの隠すど所を見つけたら、増援を要請したらサンジェストール騎士団のメンバーがすぐに向かいます」


 サンジェストール騎士団はロードカナーの生徒会に直接に所属する、治安維持するために設けた組織である。入団資格は、各ガレッジ成績評価優秀な心苗がしか入らない。英雄の栄光を被って、守護聖霊に加護される騎士団だ。その騎士団のメンバーが出会う意味は、ロードカナーの生徒会がその事件を介入する意味だ。


「分かりました」


「まさかお前がこの飛空艇を操縦するつもりじゃないだろうな?」


金田かなたさん、今はとにかく早くあの怪人を追うことが最優先です。ほかの方法を探している暇はありません。遅れれば奴らに逃げられます」


理屈で反論できなかった穣治は、真剣な顔で言う。


「それならこの飛空艇の操縦は俺に任せろ。こんな特殊な機体を君が操縦して、もし途中で気を失ったら困るからな」


「それならお願いします」


「ちょっと待て!俺も行く!俺の飛空艇は駐泊場にある!」


大輝が大声で言い放つ。


穣治は大輝だいきの協力を受け入れた。


「いいだろう。空中で合流しよう」


「了解!」


大輝は部屋へ戻り、出発の準備を整えようとした。


「待ってください、大輝くん!私も連れて行って!」


「はっ?何を馬鹿なことを言ってるんだ。お姉さんはお前の安全を守るために犠牲になったんだぞ?お前が行く必要なんてないだろ!」


美鈴は強く首を振った。彼女の目には、涙が闇夜に散る真珠のように輝いていた。


「いいえ、私は行きます。この前の飛空船事件ではお姉さんに頼りきりでした。今度も同じように、さらにお姉さんを危険に晒してしまった……。貪食者に襲われるのは怖いけど、無力な自分が何もできず、人に迷惑をかけ続けるのはもっと嫌です。今朝まで何もできない自分に悩んでいましたが、左門さんから力をもらいました。もう迷いません。お姉さんも、攫われた心苗たちも、必ず助けます」


美鈴の決意を聞いた穣治は、気持ちがすっきりし、いつもの冷静さと前向きな心を取り戻したように微笑んだ。トオルも美鈴の決意に同意するかのように頷く。


白河しらがわさん、よろしく頼む」


大輝は美鈴に反転ボールを手渡しながら、呆れた表情で言う。


「ったく、仕方ねぇな。お前の気持ちは分かったけど、戦いの時に出しゃばるんじゃねぇぞ」


「分かってます。サポートに徹します」


「そう言えば、白河さん、タマ坊を持って行け」


ポケットから待機モードのタマ坊を取り出し、美鈴に手渡す。


「えっ?ベニハナをもらったばかりでは?」


「いや、一時的に借りるだけ。タマ坊があれば、依織さんやコダマの位置を把握できる。途中で合流できるだろう」


「分かりました」


「さぁ、早く飛空艇を取りに行け!」


「はい!」


美鈴と大輝は声を揃えて返事をし、すぐに部屋を飛び出した。


「コダマ、俺たちは攫われた依織さんを追うぞ。彼女の居場所へ案内してくれ」


ピーー!ピーー!と鋭い音が響く。コダマの胴体にあるライトが薄青から赤に変わり、翼を広げて空に向けて飛び上がった。強力な気流を噴出し、宙に浮かんで待機する。


「ゲネルさん、俺たちは先に行きます」


穣治は飛空艇の前席に乗り、操縦レバーを握った。トオルも後部座席に腰掛ける。穣治は加速とブレーキを確認しながら、飛空艇の準備を整えた。


ブレーキを解除し、エンジンにシフトを入れると、飛空艇はいつでも離陸できる状態となった。その時、別の植物怪人がバルコニーに侵入してきた。


「おいおい、こんな時にまた敵が来やがったか!」


3人は10数体の怪人に囲まれてしまった。


「俺たちの追跡を阻止しようというのか……」


「こいつらの親玉はなんて頭の切れる奴だ!」


突然、暗い空を一閃の斬撃が走り、怪人3体が斬り倒された。

クリーフは手にしたソードライフルを大きく伸ばし、さらにライフルの2発で他の怪人2体を撃ち倒した。


「時間がありません。この使役体たちは俺が食い止めます。君たちは先に行きなさい」


フィルタードアが閉まると、飛空艇は空高く飛び上がった。


依織の源気グラムグラカ反応を追うコダマが先行し、それに穣治の操縦する飛空艇が続いた。


飛び去るトオルたちを見送りながら、バルコニーに次々と現れる怪人たちに、クリーフは不敵な笑みを浮かべた。


「ふふ、残ったゴミを掃除する時間ですね」


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