108.造ったものとツンテレ少女 ②
依織いおりの声に反応したムラサキは、彼女の掌から腕を這い上がり、翼を広げた。軽くジャンプして宙に舞い上がると、部屋を飛び回りながら情報を収集し、部屋にいる他の5人の存在を把握していた。しばらくすると、依織の背後に安定して浮かび、部屋全体を見渡している。
「よしよし、ムラサキちゃん、戻ってきて」
依織の指示に従い、ムラサキは依織の掌に飛び降り、再び大人しく這って寄ってきた。
「お疲れ様、もう寝ていいよ」
その言葉に応じるように、ムラサキは休眠モードに入り、翼で胴体を包み込むように収めた。依織はムラサキを丁寧にポケット納屋に入れた。
「トオルくん、この子はどんな武器を持っているの?」
「胴体には内蔵ビームガン、空気の水分を吸収してアイスブレードを射出する機能、さらに人に向かって超音波を発射して相手の意識を混乱させることができます」
「すごい武装だね。でも、こんなに小さく作ったのは何のためなの?」
「これは哨戒や戦術的な応用のために作った使い獣です。目的は使い手の戦闘スキルをサポートすることですので、単独での戦闘はあまりおすすめしません」
手を頬を支える仕草で依織は真っ直ぐにトオルの目を見ている。
「なるほどね」
ムラサキが依織に選ばれると、トオルは美鈴の方に振り向き、残りの2体を彼女の手前に差し出した。
「白河さんも一体をお持ちください」
「ええ?もう反転コンヴェルボールをたくさんいただいたのに、またこんな高価な機元使い獣をいただくなんて……」
「これはクロディスからの贈り物です。紋章術ルンクラスターを身につけるまで、護身用の道具が必要ではありませんか?」
あまりに多くの物を受け取ることに美鈴は動揺していた。
「これ、高価なんでしょう?」
「美鈴、遠慮せずに受け取ったほうがいいよ。護身スキルがまだないんだから、これで何とか解決できるだろ?」
「白河さん、これらを使った感想や意見を、後々教えていただければ十分です」
「わかりました。それでは、この子にします。この子はどんな力を持っているんでしょうか?」
美鈴はトカゲ型の使い獣を手に取った。
「トカゲは周囲の環境に擬態できる能力があります。さらに、口から火焔を放射し、石を取り込むと、背中から刺鏢か、あるいは発煙弾を射出できます」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね、左門さん」
トオルは残りのサソリ型の使い獣を穣治に渡した。
「金田さん、こちらをどうぞ」
「俺が貰っていいのか?」
「ええ、遠慮なくお持ちください」
「ふ〜ん、コウモリが超音波で、トカゲが煙幕、コイツは何ができる?」
「電流を流して相手を麻痺させます。さらに、2つのハサミに内蔵されたビームガンと、口から凍気を噴射する機能があります」
「なるほど。じゃあ、こいつを貰う代わりに、詳細な使用レポートを作ってあげようか?」
「それは大変助かります」
「それなら、こいつと反転ボール5つをもらうぜ。登録は後にしておく」
穣治じょうじは、トオルからもらった物を見ながら、爽快にビールを一口飲んだ。
依織に機元ピュラト使い獣を先に選ばせたことで、彼女の怒りは少し収まったかに見えたが、次に美鈴と穣治にも配っている間、依織は無言のままホットジャスミンティーをゆっくりと飲んでいた。その様子から、まだ完全には機嫌が直っていないのが明らかだった。
――依織さんは、また別の理由で僕に怒っているのかな……
そのことが気になったトオルは、思い切って尋ねた。
「依織さん、何かあったんですか?もし、僕が何か悪いことをしたのなら、謝ります……」
「別に、トオルくんなら神通心のスキルで私の気持ちが分かるんじゃないの?」
「いや、僕の神通心は、ミラティス人が近くにいないと使えないみたいなんですけど……」
「へぇ、そういうこともあるのね」
依織は目を閉じ、少し不機嫌そうに顔を横に向け、さらにお茶を一口飲んだ。
依織の心拍音はまるでお湯が沸騰しているかのようにぶつぶつと響き、激しい音が聞こえた。依織が何か嘘をついていることが分かっていたが、トオルが尋ねることで、彼女の気持ちを余計に逆撫でしてしまったのかもしれない。
「依織さん、僕は……」
突然、依織はトオルに向かって20センチほどのナイフをテーブルに置いた。
「このナイフ、あげる」
何の意図か分からず、トオルは不思議そうに尋ねた。
「えっと……これはどういう意味?」
「お嬢ちゃん、まさか、彼に自害させるつもりじゃないだろうな?」
依織はトオルから美鈴が多くのものをもらったことに嫉妬し、同じくらいトオルに認めてもらいたいという気持ちでナイフを作っていた。しかし、穣治の茶化しによって恥ずかしさと怒りが入り混じり、彼女は強い口調で否定した。
「ち、違いますよ。ただ、トオルくんからこんなにたくさんの物をもらったお返しです」
トオルは、依織がこちらを向いた瞬間、彼女の表情をじっと見つめた。
「依織さん……」
穣治にからかわれ、むっとしている依織の顔には、薄く赤みが差していた。彼女は腕を組み、強がるように吐き捨てた。
「勘違いしないでね。それ以上の意味なんてないから」
「ありがとう、大切に使います」
トオルはそのナイフを受け取った。依織の心が分からず、困惑したまま、肩をすくめてコストコのお菓子を一つ食べ、アイスティーを啜った。