107.造ったものとツンテレ少女 ①
穣治はスナックを3点つまみ、ビールを飲みながらトオルに問いかけた。
「そうだ、トオルくん、凄いものを作ったんだって?」
トオルはアイスティーを一口吸ってからストローを離し、答える。
「はい、武具アイテムと護身用の機元使い獣を完成させました」
この議会場の建物は、防音が徹底されており、外の騒音が普通の人にはまったく聞こえないように設計されている。それでも、トオルには外の大通りを歩く人々の足音がはっきりと聞こえていた。源気に気づかない者たちが複数通り過ぎていく。
違和感を覚えたものの、通り過ぎるだけの人々に対してトオルは警戒しなかった。クロディスから教わったように、源気を隠す技術を持つ者は気配を消して行動できるが、今回の通行者たちは単に気配を隠したかっただけなのだろう。
トオルはポケット納屋から掌ほどの大きさのケースを取り出し、テーブルの上に直径5センチの球体を5つ置いた。
「これが反転ボールです。戦況を反転させるために名付けました」
穣治は一つを手に取り、感心した様子で言う。
「これは、操士が使うとどんな変化をするんだ?」
「使い手の想像した型に変化し、自在に飛ばせます。ただし、作り出せる物の質量には制限があり、源を注いでもボール自体の大きさはほとんど変わりません」
「なるほど、飛び道具のようなものか」
美鈴も興味深そうに尋ねた。
「他の性質の人が使うと、どんな変化があるんですか?」
「騎士の場合、複数の穴から変質した刃が伸びます。敵を当たったたら電流が流れ、動きを麻痺させできます。また、闘士なら、集めた源気が解放され、爆発を引き起こします」
「それは、ただ源気の光弾を投げつけるのとどう違うんだ?」
トオルは大輝の質問に答える。
「このボールは蓄積完了までに3秒しかかからず、ターゲットに投げると穴から集めた源気が一気に射出されます。闘士の技と違って、源の削減がなく、集めた源を確実に敵に与えられます」
穣治は反転ボールを弄びながら言った。
「闘士が使うとグレネードみたいになるのか?」
美鈴も質問を続けた。
「魔導士の人が使うと、何か文字や紋様が現れるのでしょうか?」
「ああ、中にはブレイズスピアとサンダーストームシールドの術式回路が組み込まれていて、攻撃と防御の2つのパターンがスイッチで切り替えられます。一個で20回は使えますが、闘士の源気だと威力が高い分、5回しか持たないかもしれません」
トオルはさらに15個の反転ボールを取り出して、美鈴に手渡す。
「白河さん、こちらの分もどうぞ」
突然、大量の武具を手に入れることに驚いた美鈴は、恐縮しながら言う。
「え?私がこんなにたくさんもらっていいんですか?」
「遠慮なく使ってください。クロディスから、これは新米魔導士にとって良い練習アイテムになると聞いています。ぼくたちは貪食者を追っているので、戦いは避けられません。あなたに必要だと思います」
「でも、こんなにたくさん無償でいただくのは申し訳ないです」
「それなら、一個100EPでどうですか?」
商店街で売られている源動武具は、グラム手裏剣、ナイフ、小鎌、縄鏢などの小型武具で、特別な性質を付与されていない簡素なものなら安い物で80EP、高いものでは有名ブランドのものが1000EP以上することもある。トオルが作った反転ボールは、使い手によって効果が異なる汎用性の高いアイテムであり、通常の源動武具よりもはるかに便利で強力だ。そんな高レベルなアイテムが、さらにAPレベル制限の消費が必要なものにもかかわらず、美鈴はその価格に驚きを隠せなかった。
「こんなに便利な武具が、一個で20回も使えるなんて安いですね?その価格で本当にいいんですか?」
「ああ、前に約束した通りです。作ったアイテムはまず皆さんに優先的に使ってもらい、さらに友好的な価格で提供します」
トオルの言葉に、美鈴は心の中で少し戸惑いを覚えながらも感謝し、顔を少し引きつらせつつ微笑んだ。
穣治は気軽に言う。
「トオルくん、君は本当にいい人だな」
「どういうことですか?」
「君は自分が作ったものの価値を知らないようだ。こんなに安く売るなんて、ビジネスが得意ではないな」
「僕は商売のことは全く分かりません。ただ、みんなに役立つものを使ってほしいだけです」
クリーフも一つを手に取り、興味深そうに笑みを浮かべて言った。
「トオルくん、君はとんでもない才能を持っているよ。操士が造ったものを他人が使えるまでに実用化するなんて、君のような人材が本当に必要とされている」
トオルは少し戸惑いながら、クリーフに答えた。
「物を作れる人は僕より上手な人がたくさんいるでしょう?」
心苗の先輩に褒められたことは嬉しいはずなのに、何か違和感を感じ、トオルはそのまま黙って頷いた。
「いえ、君は地球界から来たばかりで、まだ1か月も経っていない。それでいて、指令回紋の理解や、これほど完成度の高いアイテムを作れるなんて。技術と機材をもっと理解すれば、君はさらに凄いものが作れるだろう」
「そうですか……」
「俺が所属するエンドルヌス騎士団は、商店街をはじめ、騎士団が直営する売店がいくつもある。もし売り場に困ったら、いつでも気軽に相談してくれ」
クリーフの心拍が乱れていないことに少し驚いたトオルは、無表情で頷いた。
「考えておきます。それよりも、皆さんもどうぞ使ってください。これは依織さんの分です」
トオルはさらに5個の反転ボールを取り出して依織の前に置いた。
顔をムッとした依織は不満げに言う。
「え〜?美鈴ちゃんには15個もあげたのに、どうして私には5個しかもらえないの?」
空気が一気に不穏になり、穣治は気まずそうに身を硬くし、美鈴も気恥ずかしそうな表情を浮かべた。依織が不機嫌になった理由を理解しつつも、トオルはどう対応すべきか迷い、言い訳がましく答えた。
「依織さんは戦いが上手だから、白河さんにはまだ戦闘力がないので、彼女に多めに渡したほうがいいと思う」
「でも、私は試作段階で実験データを集めるために、ずっと協力してあげたのに……」
「僕の分をあげる?」
依織は腕を組み、依然として機嫌が直らない様子で言う。
「それで、トオルはどうするの?」
「あとでまた作りますから……」
「へぇ〜、トオルくんってそんなにたくさんの機材を持っているの?それって新苗には手に入らないはずだけど、誰かからもらったの?」
「僕も誰からもらったのか分からないんです。ただ、使った機材は偶然手に入れたもので、箱や手紙には宛名が書かれていませんでした」
依織は、その機材が誰か特定の女性、例えばリーゼロティからもらったのではないかと疑い、問いただす。
「聞くだけで怪しいわね?そんな無償で甘い話があるなんて……」
「クロディスが中身を検証してくれたので、安全だと言っていました」
「でも、そんな気前のいい人には、一度会ってみたくなるわね」
わざとらしく声を張り上げた依織は、明らかに拗ねている様子だった。トオルはこの場で戦力を持たない美鈴をバックアップするのは当然だと思っていたが、依織の怒りの理由が分からなかった。
「確かに、会いたいとは思ったけど、今は貪食者を追うことに集中しているから、余裕がないんだ」
「ふ〜ん、真面目に猫をかぶるんだね」
トオルがどう説明しても、依織の機嫌はなかなか直らない。彼は困惑した表情で額にじわりと汗を浮かべ、言葉に詰まった。
美鈴は、依織が怒っている理由を察し、冷や汗をかきながら言う。
「あの……左門さん、よかったら、私の5個を依織姉ちゃんにあげても構いません……」
依織は美鈴に向かって、まるでトオルを無視するかのように声をかけた。
「美鈴ちゃんはそのまま持ってなさい。大輝くんにも分けたら、足りなくなるでしょ?」
「ええ、そうなんですけど……」
美鈴は、この場の空気を変えたいと思いながらも、言葉を選んでいた。
依織はトオルの言ったことを認めてはいるものの、心の奥底に溜まった嫉妬の炎が消えることはなく、彼女が最も気にしているのは、トオルの態度だった。
――彼女の気を静めなければ、この場でミーティングを続けるのは難しくなる……何か手立てがあれば……そうだ、あれがある……
トオルはポケット納屋から3体の機元使い獣を取り出した。金属で強化されたトカゲ、サソリ、コウモリの3体を、依織に先に選ばせるために差し出す。
「これが戦闘用の機元使い獣です。依織さん、お好きなものを選んでください」
「もっと可愛いものはないかしら?」
「今は戦闘用のこの3体しかいません」
虫が苦手で、両生類の感触も嫌う依織は、消去法で特に好きでもないコウモリを選んだ。
「それなら、この子を選ぶしかないわ。この子の使い方はタマ坊やコダマたちと同じで、自分の源を分け与えるの?」
「いえ、このシリーズの機元は源で動かすのではなく、空気粒子解離式バッテリーで動きます。だから、使い手の体力に負担がかかりません」
「この子は音声で操れるの?」
「はい。外見や声、網膜、そして源紋のパターンを認識するので、タマ坊やコダマと同じように指示を出せます。一度起動させたら、目の前の主を認識して警戒態勢に入り、不快な行動や言動に反応して対処します。ただし、戦闘目的以外では人前に出さないようにしてください」
「なるほど、この子に名前を付けなきゃね」
そう言った依織は、コウモリを左手に乗せてスイッチを押した。コウモリは空気を吸い込み始め、目と胴体が光り出した。やがて、依織の手の上で小さな爪を動かし、顔の特徴をスキャンし始めた。依織はコウモリを見つめ、微笑んで言った。
「私の名前は依織。今日からあなたのお主よ。名前はムラサキ、よろしくね」