106.情報を編み合う ③
「先日、私がトラップ章紋にかかった事件について、私の同級生も同じトラップに引っかかりました。今まで人通りが少ない隠密な場所や、とてつもなく広い場所に仕掛けられていたトラップとは異なり、今回は人混みが多い大通りでトラップにかかりました」
「それは、お前が掛かった手口とは全然違うではないか。それは同じ人の仕業と言えるのか?」
クリーフは手で顎に触れ、考えた後、大輝の言葉に応じた。
「いや、それは盲点かもしれない。もしトラップを仕掛けた人物が、自分の源気を周りに察知されないほど抑えた上で、集団行動による源気のジャミング効果を利用し、人混みに紛れ込みながら、こっそり術式を掛ける可能性もある。狙うターゲットの前に進み、トラップ紋章を発動させるのかもしれない」
「だが、罠を仕掛ける者が、性格を変えて急に積極的に人混みに飛び込むなんてありえるのか?」
「性格を反転させて行動することはよくあることだ。生き延びるためには、気が狂ったようなことでもやらざるを得ないことが多いよ」
大輝は自分の発言がクリーフに次々と突っ込まれたことで、気分を害し、無言で顔をそむけた。
大輝が怒っているのを感じた美鈴は言い出しにくそうにした。
「大輝くん……」
トオルはクロディスから教わった紋章術の知識を思い出しながら言った。
「僕は隼矢君の意見を否定しない。紋章は仕掛ける人の細かい修飾ができる。仕掛けた人は現場にいても、裏通りや隠れる場所から様子を見ながら、ターゲットが近づいたらトラップ紋章を発動させるかもしれない」
穣治がトオルの言葉をフォローした。
「それはリモコン爆弾と同じ発想だな」
これはトオルがクリーフの先輩としての経験を取り入れ、大輝の意見も反映させた推測だった。
「美鈴さんだっけ?他に情報はあるか?」
「その友人から聞いた話ですが、紋章にかかる前に、赤いマントの人に注意するようにという意識が流れ込んできたらしいです」
依織は考えながら答えた。
「赤いマントを着ている人……それは現場で被害者の周りに念語を使う人がいたのかもしれませんね」
「僕の妹が教えたんですが、念語スキルができる人以外にも、学校にいる聖霊が、危険が迫るときに何らかの方法で警告を出すことがあるらしいです」
クロディスから聞いた情報でも、依織はその話が苦手で顔が青ざめた。
「そ、それって心霊現象の話でしょうか?」
穣治はメンタルが余裕そうに応じる。
「まあ、そういうことだが、無害なお化けなら別にいいんじゃない?」
幾つの案件を受けたことあるクリーフは顔が笑ってない表情で言う。
「美鈴さんの意見はかなり参考になるけど、でも赤いマントだけでは、まだ情報が少ないかもしれない」
その体験に心当たりがある美鈴は、トラップにかかる前に頭に流れ込んだ声を思い出した。
「後は、チョコ飴とか……」
「個人的な好みか?その情報も難しいな」
自分の意見が参考になるかどうかわからない美鈴は肩をすくめて言う。
「私が聞いた情報は以上です」
「そうか、依織さんは?」
依織はトオルの質問に一拍置いて鈍く返事した。
「あっ、私ですか?私が手に入れた情報はほとんど掲示板に載っている情報かな……」
言いながら考えをまとめ、思い出した有用な情報を整理してから言った。
「あっ、そうだ、1つの情報ですが、その情報はおそらくユリアン・バルテルに関わるものです。被害者の前に行方不明になった知り合いの姿に仮装し、その子の姿で近づいてくると、人間に化けた触手に触られたらしい。そのお客さんは襲われた中で、偶然通りかかった巡査隊の先輩に助けられたらしいです」
「それは僕のクラスメイトが攫われた手法と同じみたいですね」
「そうなんですか?」
遂に二人の目線が再び交わった。
「それは依織さんがどこで聞いた情報ですか?」
「私はレストランでアルバイト中に、たまたまお客さんの会話を聞いたんです。確かに触手に化けた姿は、その子の名前は確かペルシオン9組のミレーヌ・ミレリアント」
聞きながら美鈴は自分の水晶札を取り出し、すぐに調べ出した。
「貪食者によって行方不明になったリストを読むと、かなり前に失踪した人ですね」
それを聞きながら新たな情報にゾッとしたトオルは、真剣な顔で言った。
「もしかして、ユリアン・バルテルが作った擬似体は、人間の意識をコピーする能力を持っているのか?」
相手の能力情報をさらに確実に把握できたことで、穣治は笑みを浮かべた。
「それも貴重な情報だな。日々レストランで働いていることに意味があるんじゃないか?」
「それって、情報収集のことですか?」
「地道にやれば、社会の草の根的な情報コーディネーターになれるぜ」
「情報コーディネーターですか?」
「まあ、その話は後にして、お嬢さん、他に情報は?」
「いえ、ありません」
依織は軽く首を横に振った。
穣治はこの会議にあまり声が聞こえない大輝の存在も忘れてない。
「そうか、大輝君は?」
「ない。あんな卑怯な連中を想うだけでムカつく。奴らの脳みそを叩き直してやりたいぜ」
また怒っている大輝は、もはやミーティングを聞く気もなかった。それに対して、穣治はニヤリと笑った。
「うん、その勢いを持ってくれよ。敵を打倒するのは頼んだぜ!」
話の続きの中、ルームの接待係がニンモーを押してやってきた。機元アームが5人の飲み物を目の前に用意しながら、髪を巻き上げた女性の接待係が、両手にレッドワインを持ってクリーフの前に差し出した。
「ゲネルさん、これはあなたが注文したワインでしょうか?」
「はい、間違いない。それを一杯くれ」
「畏まりました」
お辞儀した接待係がニンモーの所に戻り、5人が注文した飲み物をそれぞれ持ち上げた。さらに軽食のスナックも用意され、人数分の全品6セットが送られてきた。
貪食者について情報を交換していく中で、それぞれが頭を働かせながら、高級感のある品を見て、腹が減ったことに気づき、6人はそれぞれ好みで食器を手に取った。