105.情報を編み合う ②
穣治はミーティングを動かすために言う。
「さて、トオル君が追っている貪食者について、まず、三日間で皆が集めた新しい情報を交換しよう。まずはトオル君から」
「はい。三日前、僕は白井春斗を追跡させた機元使い獣が貪食者らしい3人の会話を録画できました。また、同級生が数日前に貪食者に襲われた、別の使い獣でその子を追跡させたところ、一昨日の午後、彼女はベーロコット商店街の裏階段で攫われました」
「君が言った、例の録画映像と録音はこれだな?」
クリーフは自らのマスタープロデタスを取り出し、しばらく操作した後、真っ黒な倉庫で、春斗が3人の男女と話す内容を大きく放送した。
映像には、コンテナを離れてゆっくり進んでいく場面が映し出された。貪食者らしい3人との会話が始まったとき、トオルが撮った内容と全く同じものが再生された。
<……俺は源気を消すユニットも作れるぜ。それを使えば、人だけじゃなく、電子機器でも感知できないレベルまで抑えられる>
<それは源気制御ユニットの類いでしょう?あなたはそれで源気ごと抑制させて力を使えなくするのが目的じゃなくて?>
<そうじゃない、俺のユニットなら源気を抑えずに外部からの探測を遮断できる。お前らだって俺の存在に気付かなかっただろ?でも実際、俺の源気はビンビンだぜ>
そして、カメラワークが動きながら、映像がザーッと途切れた。
次に、リーゼロティがユリアンに捕らわれたときの、3分にも満たない証拠映像が流れた。
<フン、無駄な抵抗だと言っただろう>
<これも擬似体……私が油断してしまった……>
<ああ…力が抜けていく…どうして、体が…>
美鈴は、自分と同じ年頃の女性心苗が、必死に抗いながらも最終的に擬似体に捕らわれるという生々しい、戦慄の犯行映像を目の当たりにし、恐怖で顔が青ざめた。あまりにも直視できない展開に、美鈴は吐き気を感じ、手のひらで口を押さえる。
依織は頬に手を添えながら映像を見ていたが、それが終わると、視線をグラスに注がれた水へと落とした。
――まさか、一昨日トオルと話していたあの子のこと?事件の取り調べで念話をしていたの?……でも、錬晶球の調整についても話していたよね……トオルと彼女はいったいどんな関係なんだろう?
映像を見終えたトオルは、少し違和感を覚えたが、それが何なのかはっきりとは言えなかった。
穣治はクリーフに向かって質問した。
「君はどこから、こんな機密証拠を手に入れたんだ?」
「知らないか?トオル君がアイラメディスに提出した案件の証拠は、四つ学院でも読めるんだ。『尖兵』資格を持っている心苗には、案件資料を調べる権限がある」
その話を聞いた美鈴が訊ねた。
「凄い権限を持っているんですね」
「力を持っているからには、それ相応の責任が伴う。気になる事件を追うのは、俺たち『尖兵』の使命だ」
依織はクリーフの言葉に感心し、応じた。
「お偉い方ですね」
「それで、ユリアン・バルテルが指名手配されているんだな。かなり大きな一歩を踏み出した。では、本日までに他に新たな情報を手に入れたか?」
「いえ、一昨日に出した機元使い獣は指定したターゲットを今まで何も見つけられていません」
「白石春斗については?」
「クラスメイトに確認したところ、一昨日、彼は午前中に通常通り学校の玄関で小物アイテムを売っていましたが、授業には出席していなかったようです。休み期間に入ったため、彼の行方もバルテルと同じく、どこにも見つかっていません」
これはトオルがリュークから聞いた情報だった。
「そうか、その連中は顔を隠しているし、見つかるのはもう時間の問題だろう」
「いや、それを決めつけるのは早い。もし才能があの組織に気に入られ、逃走幇助されれば、完全に消息不明になることもあり得る」
リュークの意見に全員が訝しいそうな目付きを浮いた。
穣治は口調は一層に重くなる訊ね掛ける。
「組織って、デストロントのことか?」
「大戦が終わり、散り散りになったウスルクロノアスの与党が各自に作った組織、デストロントはその中の一つに過ぎない。彼らは新たな人材を探すため、よく学園で罪を犯した有能な心苗に手を伸ばす。この件がそのレベルの事件に発展しないことを祈るばかりだ……」
その話を聞いた依織は気を引き締めて言った。
「そんな深刻な展開にならないように、私たちは一刻も早く彼らを捕まえないといけませんね。この間、金田さんはどんな情報を手に入れたんですか?」
「ああ、知り合いから聞いた話だが、歓楽街で綺麗な女性が男を誘惑し、親密な行為をしている最中に、その女性が化け物に変わり、急に襲われるという事件があったらしい」
それを聞いた美鈴は驚いた。
「えっ?貪食者の中に女性もいるんですか?」
大輝が横から意見を述べる。
「欲というものは、男女関係なく同じだろう」
「そうですけど……」
美鈴は他人から源気を吸い取ることなんて一度も考えたことがなかった。ましてやスキンシップで男の源気を吸い取るなんて想像もできず、顔が真っ赤になってしまった。裕福な家庭で育ち、純粋で健全な14歳の女の子には到底考えられないことだった。
トオルは首をかしげ、訊ねた。
「その件について、金田さんはもっと詳しい情報を持っていますか?」
「ああ、被害者に何人か会って情報を集め、交差分析した結果、共通点として、アプローチしてきた女の名前は偽名のようだ。彼女たちはホステスのように華奢な姿をしていて、ベッドで交接中に植物怪人に変わったという」
穣治は話しながら、襲われた男たちが描いた容疑者の絵や、植物怪人の姿を描いた絵を見せながら説明を続けた。
「体力がある者は、翌日に目を覚ましたら、その女性はすでに宿を離れていた。後から調べてみると、彼女たちの存在が実在しないことが判明した」
依織は酒飲むが好き、だらしない男がトオルの事件ためにここまで骨折らせた事を見直した。
「三日間でこんなに多くのデータを調べ上げるなんて、金田さん、すごいですね」
「俺はミステリーの真相が明らかになるまで追い続ける男だからな。そうそう、共通点として、その女性たちは実際には10代後半の若者かもしれない」
依織が質問した。
「どうしてそう思うんですか?」
「彼女たちが使う言葉に、時折若者の言葉が混ざっていたらしいんだ」
「素晴らしいですね。金田さんが集めたデータと証言のおかげで、あの3人のうち1人の女性の正体がかなり明確になりました」
依織は眉をひそめながらクリーフに振り向いた。
「どうして金田さんが追っている事件と、トオル君が追っている貪食者と関わりがあるんですか?」
「この三日間、歓楽街辺りで男女が宿に泊まっていたが、女が姿を消したという通報が入っているんだ。ダイラウヌス機関の調べによると、その宿に入った男女の動きを調べたところ、二人の源気反応がなかった」
「そうなんですか、その二人の源気の気配が消えたのは、彼女が白石春斗からもらった源気を消すユニットを持っていたからですか?」
10代の少女がそんなことをするなんて理解しがたい美鈴は訊ねる。
「でも、どうして彼女はそんな手口ができるんですか?」
クリーフは遠くに座る美鈴に向かって、気軽に答えた。
「操士は、自分の源気で物を作り出せる。意のままに使役体を動かせるんだ。スキルの使い方にはいろいろな形式があるが、その中でよくある方法は、生き物のような擬似体を作ることだ。もし、十分な源気があれば、人間ほどの大きさのものでも簡単に作れるよ。さらに、本人が使役体に特性を与える工夫を凝らせば、この事件のように人間に擬態する化け物を作り出す可能性がある」
先輩の経験を聞いた美鈴は唖然とした。
トオルは穣治とクリーフが言った情報を頭の中で整理しながら言った。
「それなら、あの3人のうちの女性の能力は、植物怪人を作ることですか」
「それだけではない。彼女の源気の使い方は、かなりの熟練度を持つ経験者だろう」
クリーフは余裕のある口調で答えた。
トオルはミーティング中、心脈のリズムが全く変わらないクリーフの言葉を聞いて、額にじわりと汗が滲んだ。
――昌彦はこの件でやられたのか、キャンパスであまり目立つなと言われた結果なのか……。
穣治は続けて言った。
「俺が集めた情報はこれだけだ。他に新たな情報を手に入れた者がいれば、どうぞ」
美鈴が手を挙げた。
「では、私が言って良いでしょうか?」