103.急に集合、加勢に来たプロ
翌日、トオルは貪食者に関する情報がまったく進展していないことに苛立ちを感じていた。
午前中に保安部が公表したニュースによると、数日前に仕掛けられたトラップ章紋が5倍に増加し、被害者も7割増加していた。また、歓楽街では、正体不明の魔女が青年を夜遊びに誘い、数名の男性が行方不明になる事件が発生。さらに、キャンパス内のあちこちで触手型の擬似体が多数現れ、源気の反応がないため無防備に襲われた女子学生が増え、30人以上が行方不明として報告されている。
今日は休日、トオルはリーゼロティの行方を追った。しかし、彼女が拉致されてから最初の1時間に追跡させた蝶々型の機元使い獣が途中で正体不明の何かに襲われ、追跡が不可能になってしまった。更に丸一日中、強化バージョンの使い獣を投入したものの、ユリアンの姿はどこにも現れず、彼の姿を捉えることができなかった。丸1日の追跡が無駄に終わり、トオルは大きな無力感に襲われていた。
二日目の午後になっても、リーゼロティの行方や貪食者に関する捜査は進展せず、トオルは無駄骨を折った気分に打ちひしがれていた。
机の上の機元端末には、保安部が掲示した行方不明者リストが表示されている。
失踪時間順に並んだリストには、
:
ナティア・ラムラ・ロレーラティス
:
:
リーゼロティ・ヘムス・ヌーヌ
:
マサヒコ・サモン
:
などの名前が並んでいた。
キャンパス内に配置されたセキュリティシステムが正常に動作しているにもかかわらず、クロディスは監督として休日でもアイラメディスに行くことが頻繁にあった。
丸1日かけて、トオルはタマ坊とコダマに源気センサー機能を追加することができ、クロディスの協力のおかげでその機能が正常に作動するようになった。
トオルは機元使い獣の機元端のレーダーを見つめ続けていると、マスタープロデタストのメッセージ音が鳴った。穣治や美鈴たちも含めたグループに依織からメッセージが送られてきたのだ。
――
貪食者の追跡について、皆さん一度情報を交換しましょう。事件解決に協力できそうな人物を紹介します。機密性が高い情報もあるため、談話は内密の場所で行いましょう。
場所
中央行政エリア、ドーメラスカウル議会場。
場所が分かりづらいかもしれないので、地図を送りますね。
――
前日にクロディスから、「外出するなら、戦闘に臨めるよう十分に支度しなさい」と何度も言われていたため、トオルはポーションを12本、自作の武具アイテムを30個、そしてタマ坊とコダマを待機モードにさせてポケット納屋に収納し、516宿を後にしてティエラスの庭園に降り立ち、転送ゲートで中央学園エリアに移動した。
中央行政エリア、ニオングレイラン広場の東南に800クル(約960メートル)離れた場所にレンタル会議場があり、4人の少人数から50人を超える集団のミーティングや、グループの交際イベントが行える一時的な私用空間が提供されている。必要な設備や食事も注文可能で、行政エリアにはこのような会議場が多数存在している。
高級ホテルのようなロビーに足を踏み入れたトオルは、受付のお姉さんに予約人の名を告げた。初めてこのようなフォーマルな雰囲気の場所に来たトオルは、思わず気を引き締めた。
「いらっしゃいませ。当所にご用ですか?」
「はい、予約があります」
「予約の名称はなんでしょうか?」
「イオリ・ウチホです」
「はい、6人分の会議室の予約が入っています」
トオルは案内されたミーティングルームに向かった。扉の札には「44」と刻まれていた。
「集まり場所はここですか?」
「お客様、部屋の鍵はマスタープロデタストで開けてください。何かご用があれば、機元端でご注文ください。では、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「ありがとうございます」
案内人に礼を言ったトオルは、自分のマスタープロデタストを取り出し、センサーにかざすと、ドアが解錠された。
ベランダ付きの会議室で、開放感のある個室の中央には人数分の椅子と黒いシーツが敷かれたデスクが置かれていた。壁際のテーブルにはお茶やコーヒー、ジュース、軽食のスナックも用意されている。
個室には既に先客が一人おり、彼は外の景色を眺めていた。トオルはその男の姿を見て、声をかけた。
「金田さん!」
穣治は気楽そうに手を上げて応じた。
「やあ、君は意外に早かったな」
「金田さんは何時から来てたんですか?」
「例の事件に関する情報を手に入れたので、予約時間より前に来たんだ」
「そうですか」
「この間の時間にすごいものを作ったか?」
「はい、後で見せてあげますよ。」
「しかし、妙だな。景色が良くて、高級ディッシュを自由に注文できる、こんな贅沢な場所を予約するなんて、ある程度の消費ランクが必要なはずだ。お嬢ちゃんにはそんな余裕はないと思うが…」
ベランダからはゴルベット公園と城下町の景色が遠くまで見渡せた。
トオルは穣治の意見に頷いた。
「確かに…」
「まさか、彼女は別の男と付き合い始めたんじゃないだろうな?」
「僕には分かりません」
「何だ、そのみっともない顔は」
「いえ、ただ最近、事件のことを巡って骨折りしても、貪食者の居場所が見つけられなくて…」
「こんな時だからこそ、しっかりしろよ。士気がどん底に落ちたら、何もうまくいかないぜ」
トオルは少しうつむいて答えた。
「分かってます」
その後、美鈴と大輝が部屋に入ってきた。
鈴が個室に入ると、美鈴がまず声をかけた。
「こんばんは、金田さん、左門兄さん、もう来てたんですね」
「お疲れさん!お前らも来たか」
美鈴は少しい遅れてしまったことを詫び、頭を下げた。後から入ってきた大輝は仏頂面をしていた。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
「大丈夫、俺は時間に厳しい人じゃない。そもそも、集まりを誘った本人がまだ来てないぜ」
大輝は不機嫌そうに言った。
「こちらは素材を集めるために魔獣を狩っていて忙しいのに、急に集まるなんて、一体何の用だ?」
美鈴は言い返する。
「そんなこと言って、先日に協力するって皆と約束したじゃないですか?」
「もしただの雑談のための飲食会なら、俺は帰るぞ」
「安心しろ、わざわざこんな場所に集まるのは例の事件の情報を話し合うために決まってるだろう」
穣治は爽快な口調で言った。
「そういえば、お姉ちゃんはまだ来てないのか?」
穣治は依織の気配を感じ取ると、扉の方を向いて言った。
「噂をすれば影がさすか」
5秒後、鍵が開く音がした。
前に踏み込んで入ってきた依織は息を切らしながら声をかけた。
「皆さん、遅くなってすみません……」
「どうした、お嬢ちゃんが集まりに遅れるなんて珍しいじゃないか?」
「事件がなかなか進展しないため、もっとプロフェッショナルな方を連れてきました」
依織の後ろから入ってきた男の顔を見た瞬間、部屋にいた全員が驚き、口を開けた。
トオルは目を見開き、声をあげた。
「あなたは、クリーフ・ゲネル?」
「お嬢ちゃん、なんてとんでもない顔を連れてきたんだ……」
飛空船のハイジャック事件でテロリストの一員として潜入し、交渉が破裂した際にキーアラを反逆した男だ。
「偶然、イオリさんと事件の話をしていて、放っておけなくて、この行動に参加させてもらいました」
「でも、お姉ちゃんはどんな経緯でケネルさんと知り合ったんですか?」
「昨日、バイト中に彼がうちのレストランに来店しました。彼が私に声をかけてくれたんでした」
依織の説明を聞いた穣治は目を細め、視線を合わせ、手を差し出して言った。
「そうか、ジョウジ・カナタだ。この前の事件でお前の活躍を見たぞ」
穣治と握手を交わしたケネルは答えた。
「滅相もないです。クリーフ・ゲネルです」
笑みを含め穣治は言う。
「改めて、よろしくお願いします、先輩」