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101.気を乱れを制す章紋とあの男の再会

その晩、新苗ノヴァセミトを中心に複数の人が行方不明となった。

 翌日の午前中、トオルは書斎のカウチソファーに座り込み、左手で頭の髪を何度も掻きながら言った。


「なぜだ…昨晩送り出した使い獣たちが、未だにどこにも指定ターゲットをマークしていない。リーゼロティさんが拐われてからもう30時間が経つというのに……追跡が何も進展していないなんて……」


腰をテーブルに寄せ掛けていたクロディスは、トオルを励ますように静かに声をかけた。


「トオルはもう最善の手を尽くしたではないか?」


「もし、昨日リーゼロティさんと話した時に武具アイテムを渡していれば、アイテムの救難定位機能で、既に彼女たちの拠点の場所が分かっていたはずなのに…彼女の話を聞きながら、最も大事なことを忘れてしまった…僕はなんてことを…」


「諦めるのはまだ早い。ユリアン・バルテルには既に手配命令を出している。彼はもう動けないはずだよ」


 追跡させた蝶々型の機元使い獣は、ユリアンがリーゼロッティを襲った一部始終を記録しており、クロディスはそれを証拠として、念語のスキルでアイラメディスの生徒会に所属するレガシス会に通報した。


 アイラメディスの生徒会はその情報を、同時に他の三つの学院の生徒会に共有した。ルールを違反した心苗は指名手配され、イートマラにいるユリアン・バルテルが気軽に顔を出せる状況ではなく、追われる身となった。


 ところで、一昨日の深夜にカブトムシが白石春斗を追って、貪食者と思われる3人と接触した映像と会話内容を基にして、レガシス会は直ちに現場を調べたが、髪の毛、指紋、源気など容疑者の身元を確認できる情報は全く得られなかった。まるで最初から誰もそこに入ったことがないかのように。しかし、幸いにも、コンテナの底にカブトムシのネジが発見された。トオルが得た映像証拠は信憑性があり、事件の捜査が続行されることとなった。


「しかし、もし、この間にリーゼロッティさんの命が危険にさらされることがあれば…僕は……」


「トオル…意識が乱れている。これでは彼らの思うつぼだわ」


クロディスは差し指をトオルに向けて紋章を詠唱した。


「|Ri T|a Re Mi Ru He Nun Ku《リー タ レ ミ ル ヘ ヌン ク》 自責の思い、後悔、亡失の恐怖、|Fin Na Zu Ri Pa《フィン ナ ズ リ パ》」

彼女の源気がインクのように宙に光る円の紋様を描き、その円はトオルの額に付着した。

数十秒後、術式の光が消えた。

「うん…僕、さっき何を考えていたんだっけ……?」


トオルの焦りと恐怖の感情は拭い去られたかのように、気持ちが落ち着いた。


「『忘却』の章紋が効いたようね」


「忘却……?何だっけ?そうだ、ぼくは一刻も早くリーゼロティさんを救助しなければならない。それに、春斗との賭け勝負にも勝たなければ……」


「よし、それから、|Ho Ku Ri Ta Rya《ホ ク リ タ リャー》」


続けて『鼓舞』の章紋を掛けられたトオルは、前向きな気分を取り戻し、真剣な表情になった。


「そうか、貪食者の情報が現れる前に、ぼくはタマ坊とコダマに源気センサー機能を付けようか。そういえば、あとで試してみてもらえるかな?」


トオルは嘆きをやめ、カウチから立ち上がると、すぐに机の椅子に座り、プログラムのタグを書き始めた。


クロディスは諦めずに頑張るトオルの姿を見て、一息ついて安心し、暖かな笑みを浮かべた。


「うん、喜んで」


*  *


3時間後、依織はいつもバイトをしているレストランで働いていた。


昼食時間帯で、お客が次々に店に出入りし、空きテーブルはまったくなかった。


依織は出来立ての料理を運び、完食した食器を片付けるために往復し、忙しさの中でもテキパキと働いていた。


依織は完食した皿を回収口に入れると、すぐに次の指示が飛んできた。


「依織ちゃん」


「はい、今すぐ行きます!」


「次の品は10番テーブルよ」

「結構ありますね。2回に分けてお持ちしますね」


依織は一気に4枚のお皿を持ち、一階のあるコーナーに向かって出来立ての料理を運んでいった。


そのテーブルには男4人が座っており、隣の壁のフックには騎士レッダーフラッハっぽいジャケットが4セット掛けられている。通路に背を向けたコーヒーブラウンの短髪の男は、鼻と顎が突き出るように高く、友人たちと楽しそうに話をしていた。


「お待たせしました」


「お嬢さん、一人で4人分の品を持ってくるなんて凄いな」


背を向けていた男が振り返り、手を上げて言った。


「俺が手伝おうか?」


「わざわざ、すみません」


男は依織の代わりに料理を取り、仲間に声をかけた。


「はい、フンクスのサーロインステーキとキンヌスのポワレ」


見た目では4人の中で一番体格が大きく、筋肉質の男が応じた。


「俺だ」


テーブルの右側に座る、一番若そうな男も手を上げて言った。


「魚料理を注文したのは私です」


それぞれの品に対して、二人が手を上げた。


男は依織に代わって、二人の前に料理を置いた。


「次はローストビーフとフィンム草とハムのクリームパスタだな」


一番奥の席に座っている、頬と口の周りに髭が生えた武骨な男が応じた。


「俺は麺を注文した」


「それと、俺のローストビーフも」


 依織は手伝っている男の料理は彼の目の前に置いた。


 物が足りなそうに身柄が大き男は依織に訊ねかける。


「そう言えば、おつまみブレッドはまだですか?」


「申し訳ございません。既にできました。今すぐお持ちします」


依織は2回目の配膳を行い、他の10番テーブルのお客さんたちが注文した料理も持ってきた。


「どうぞごゆっくりお召し上がりください」


コーヒーブラウンの短髪の男が、何かを思い出したように声をかけた。


「お嬢さん、もしかして、飛空船でデストロンドに捕まったあの少女か?」


その言葉に、依織は飛空船で人質にされた自分を救った男を思い出した。


「あっ、あなたはあの時、テロリスト集団に反逆の声を上げた方ですかね」


「お前、またそんな下手な手口で女を弄るなよ。ここは酒場じゃないんだぞ」


話についていけない依織は顔を赤くし、どう返事をしていいのかわからなかった。

男は呆れた顔を浮かべて言い返した。


「違う。この前の潜入捜査任務で、この子の協力で人質を無事に救出できたんだ。あの時、彼女はキーアラ・アルホフに刃を向けた。実に勇敢な一輪の花だぞ」


一番向こう側の席に座っている男が、穏やかな口調で言った。


「ほう、それは驚きだ。新苗なのに、その勇気を持っているとは、騎士になる逸材だな。」


「いえ、そんな…身に余る光栄に存じます……」


体格の大きい男が尋ねるように声をかけた。


「団長の悪い癖だな。彼女が今すぐ騎士になるのはまだ早いだろう?」


「いや、彼女は事件で人質になっていたはずだ。解放された後も身を隠すことなく、悪党の退治に協力した。その気質を持っている彼女は、どの学院でも必要とされる人材だろう。」


褒め言葉にしばらく反応できなかった依織は、首を縮めた。


「ほら、団長、彼女にプレッシャーをかけ過ぎるなよ。改めて、俺の名は

クリーフ・ゲネル。俺たちはエンドルヌス騎士団だ。何か悩みがあれば、いつでも相談に乗るぞ」


トオルは貪食者が追っている件を思い出し、被害者が増える一方で、貪食者の確定した居場所の情報がなかなか見つからない現状を打開する必要があると考えた依織は、少し考えてから、思い切って言った。


「あの…ちょっとある事件のことですが……」



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