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100.彼女の悪夢再臨

 その日の夕方、リーゼロティはバイト先の酒場へ向かっていた。

彼女の歩くペースは普通の人間よりも速く、そのため人混みの多い主幹道路から外れて、細い坂道を下りていく。


 蝶々型の機元ピュラト使い獣が、まるでリーゼロティを追うかのように空をひらひらと飛んでいる。


 城下町は緩やかな斜面に沿って築かれており、ベーロコット主街道を中心に、山を上り下りする縦街道が命名されている。横に走る枝道は山下から山上の公園までを結び、三十番街が形成されている。上空から見下ろすと、城下町全体市街がプリーツスカートの裾のチェック柄のように配置されているように見える。


 町中に築かれた家屋の間には細い小路があり、坂道や階段を下りると、レトロな裏街並みが広がる。そんな狭い道は、普段あまり人が通らないため、リーゼロティは誰にも邪魔されず、自分のペースで気楽に歩いていける。

 彼女は素早く家屋の壁や低い塀を駆け抜け、一気に15段の階段を飛び降りることができた。進路に急に飛び出してきたのは、人間に似た小魔獣。翼が生えた猫のように見えるその生き物に出会った瞬間、リーゼロティは衝突を避けるため、体を宙でバック転させ、手を階段の低い壁に触れさせた。見事に衝突を回避し、進み続けるリーゼロティは小さな声で謝罪を述べた。


「驚かせてしまって、申し訳ございません」


 小魔獣は階段に座り、穏やかに坂を下りていくリーゼロティを見守りながら、手で頭を掻き、耳を動かした。


 しかし、何か恐ろしいものを感じた小魔獣は、背を反らせて尻尾を上に立て、翼も硬直して広げた。


そして、ワシャー、ワシャーという威嚇のような声を発した。


 黒い影が鞭のように小魔獣を襲い、その攻撃を避けた小魔獣は翼を使って空を滑り、下の踊り場に着地した。しかし、地面から伸びてきた数本の触手が小魔獣を縛り、取り押さえた。


 小魔獣は緊縛され、小さな体が蛇に絞め殺されるかのように粉砕され、暴食の触手が獰猛に捕食した。


 リーゼロティは階段を下り、少し視野の広がる踊り場に到達した。そこには噴水が流れていた。

 下の階段から、フードをかぶった男が登ってくる。

 その男とすれ違う瞬間、リーゼロティは違和感を覚えた。


「この人の源気グラムグラカの気配が全く感じられない……いったい?」


 5歩ほど離れたところで、男は足を止め、フードに隠された顔にニヒルな笑いを浮かべた。振り返ると同時に、マントに包まれた手を伸ばし、青色の触手が4本飛び出して襲いかかってきた。


リーゼロティは、貪欲な殺気を感じ取り、本能的に2秒前に跳び退いた。


「フン、お前は今日も元気そうで何よりだ」


男は触手を振りかざす。リーゼロティは高く跳び上がり、男の頭上を飛び越えた。

着地したリーゼロティは、男に向かい問いかけた。


「あなたは誰ですか?どうして私を襲うんですか?もし何かご迷惑をおかけしたのなら、謝りますが…」


 リーゼロティはセントフェラトで過ごした日々の中で、知らずに誰かに仇をなしたのではないかと思えた。


「忘れたか?この数日間で、お前の源気を何度もいただいた。実に美味だった。俺自ら狩りに来させるほどの価値がある」


 リーゼロティは意味の分からないセクハラまがいの発言に不快感を募らせ、両手を胸元に組んだ。目の前の男について何も思い出せない彼女は、首をかしげて応じる。


「私はあなたのことを全く知りませんが…」


「そうだな、この触手には襲った対象の記憶を消す効果があるのだ。」


「触手を操る…まさか、あなたが最近、キャンパス内で心苗を襲った触手型の擬似体を仕込んだ真犯人ですか!」


「いかにも。さて、三日間分の源気をたっぷりといただこうか」


 リーゼロティは男の再度の攻撃を避けたが、男はすぐに反対の手で追撃してきた。

2度跳び退いたリーゼロティは、噴水の中に飛び込んだ。


 防御の構えを取り、体から陽炎色の源気を放つ。授業で使う力の3倍もの強さを持つ源気がリーゼロティを包み、美しい羽衣のように見えた。


――この人の源気グラムグラカはおかしい。本体からは何も感じないが、あんなに多くの触手を生み出せるなんて……しかも、距離を取ると急に異常に高い気配を感じるのはなぜ……


「無駄だ。お前がどこへ逃げようと、もう俺の掌中から逃れることはできない」


男は再び正面から触手で直撃を仕掛けてきた。


 リーゼロティは左手を前に伸ばし、瞬時に身に纏う源気が凸レンズのような塊を作り出した。


 彼女はその盾を前に押し出し、迫りくる触手を弾き返した。さらに、その源気の塊を押し飛ばすと、男は逆襲に押し飛ばされた。


しかし、噴水の周囲の地面から数十本の触手が生え出した。


 触手に囲まれたリーゼロティは弱音を吐かず、強く眉根を寄せて源気を右手に集め、陽炎色の刃を大きく伸ばした。


跳び走り上がった彼女は、器用に手を振り、振り捌きながら前進した。


足元に着地すると、動きを止めた数十本の触手が木っ端微塵に消えた。


 リーゼロティは休むことなく、視界に捉えた10歩先に立つ男を見つめ、脚を踏み込み、真っ直ぐに飛び出した。


両手にロングソードを構え、鋭い光を放ちながら男を飛び越えた。


着地すると、ポトリとフードごと男の首が切り落とされた。


 リーゼロティはその場に立ち止まり、近づいて見ると、前髪だけがライトブルーに染められた鮮やかなレッドオレンジのベリーショートヘアが目に入った。白い肌に、高い鼻と長い顎が特徴的な生首だった。


 陽炎色の剣が彼女の感情に応じるように、複雑な気分を映し出す炎のように揺れている。


「まさか、入学してまだ一ヶ月も経たないのに、私が人を殺してしまうなんて……」


そう思った瞬間、血が流れていない生首が光の粒子となり、消えていった。


「生首が消えた…血が出ていないということは……?」


生首を失った体から突然多数の触手が生え出し、反応が間に合わなかったリーゼロティは触手に捕らえられてしまった。


「しまった…!」


手足がそれぞれ触手に縛られ、渾身の力で抗うも、次々と襲いかかる触手に再び捕らえられ、目の前に男の体が妖しい花のように咲き誇った。


「フン、無駄な抵抗だと言っただろう」


「これも擬似体……私が油断してしまった……」


 男の姿が見えない中、リーゼロティは腰や足に力を入れて抗おうとしたが、強引に引っ張られる触手の力には勝てず、両足がじりじりと花の中心へと引き寄せられていった。


 源気が吸い取られるかのように、リーゼロティの手足から力が抜け、手に握っていた剣も消えた。


 やがて、抵抗する力を失ったリーゼロティは花の中に縛り込まれてしまった。


「ああ…力が抜けていく…どうして、体が…」


 リーゼロティは片目を閉じ、嫌な感覚が体に残る中で、気分が曖昧になっていくのを感じた。まるで触手に弄られることを求めるかのように、抵抗の意志を放棄し、触手に身を委ねてしまった。


 確実に獲物を捕えたことを確認し、上の階段から降りてきたユリアンは、自由を奪われたリーゼロティの前に歩み寄った。


「あなたは…私をどうするつもり……?」


 さらに細い触手がリーゼロティの全身の敏感な箇所を弄り始め、至る所にべたべたと触れていく。


「お前を俺の常備食料にしたいと思っている。日々美味しく賞味させてもらおう」


「いや…やめてください……」


数日前に毎回襲われた記憶が、思い出の波のように押し寄せてくる。


「どうやら、お前の体はなかなか気に入っているらしい。餌として存分に楽しませてもらおう」


リーゼロティは嫌悪感と快楽感が入り混じった感覚に吐き気を覚えた。


「こんなことをして許されると思いますか?あなたはすぐに誰かに捕まるでしょう……」


ユリアンの耳に付けているイヤーリングが不気味に輝いた。


「フン、このアクセサリーの効果のおかげで、俺たちの居場所は誰にも気づかれない。喜べ、お前の命は大切に保存される」


耳には恐ろしい声が響き、視界が次第にぼやけていく。


「ああ…う……嫌……誰か……助けて……」


 気弱に吐き出しながら、リーゼロティは目を閉じた。意識が救いを求めるが、体は墜ちていく快楽を求めるかのように太腿を大胆に開いた。触手は彼女の女性としての弱点を容赦なく弄り回される。


 強烈な眠気が迫り、リーゼロティはほんの数秒で深い眠りに落ちた。

まるで冬眠する小動物のように意識が沈んでいった。


 触手の顎と花弁がリーゼロティを抱擁するように閉じ、蕾の形になった。それをポケットに納めたユリアンは速やかにその場を去った。


 ユリアンがリーゼロティを攫うまでの時間は、わずか3分未満だった。


 その1分後、何も感じていない心苗が普通に小道を通り過ぎた。


 屋根の下に止まった蝶々型の機元使い獣は、リーゼロティが捕らえられた一部始終を撮影していた。翅を広げ、しばらく情報を処理すると、追跡相手をユリアンに切り替え、無害な存在のように空へ飛び立っていった。


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