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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
第二章 お姫様と王子様?
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五話

 車に跳ね飛ばされたところで夢から覚めた。

 時刻は六時。目覚ましが鳴るにはまだ早い。


「悪夢だ……」


 左足を失う夢。

 しばらく見ていなかったが、陰口を受けて思い出してしまったのだろうか。いつもより早い起床はただただ気分が悪かった。


 二度寝して夢の続きを見たくなかいのでむくりと起きる。自室を出て、階下の浴室に向かった。義足を装着していないので手すりにもたれかかってゆっくりと下りる。

 俺の朝はシャワーから始まる。寝汗が残ったままでは義足の装着部が蒸れて臭くなるのだ。汚いので装着前に流さなければならない。


 寝ぼけた頭で浴室のスライド式のドアをあける。


「む?」

「あ……」


 裸のソラがいた。お団子はほどかれて金髪ロングになっている。

 ほんのりと上気した肌はなまめかしく、湿った髪は美しい。背は小さいながらもはっきりとプロポーションは見て取れて――


「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 慌てて戸を閉める。寝ぼけて完全に気づかなかった。


「王子様じゃん、おはよ~」

「おはようじゃない! すまんかった!」

「王子様もシャワー使いたいの? いま着替えるからちょっと待ってて」

「ちがーーーーーーーーうっ! もっと恥じらえ!」


 怒るでもなく恥じらうでもなく。ソラの声は平静だった。むしろ俺の方が慌てている。


「えー、王子様はすぐ閉めてくれたじゃないか。紳士だね」

「だとしても! だとしてもぉ! もっと慌てろぉぉぉぉ~!」


 動揺する俺と冷静なソラ。リアクションが男女逆である。

 網膜に焼き付いた映像を必死に思い出さないようにしつつ、シャワーを諦めて着替えるために二階の自室に戻る。あそこにいると色々な音が聞こえて大変なのだ。美少女であるソラの裸は……少し、刺激的だ。


「やっぱり何が何でも反対すべきだったか……?」


 ホームステイを引き受けたのはまずかっただろうか。

 後悔からふと、昨夜の会話を思い出した。




「では改めて。ホームステイで我が家にやってきたターナー・ソラナくんだ」

「どーもだよ~」


 親父が紹介するとソラはぺこりと頭を下げた。

 俺とソラはリビングの机を挟んで座っている。


「ボクのことはソラって呼んでね。ソラナは長いから」

「んじゃ俺のことも朔夜でいいよ。ホームステイなのに名字呼びはおかしいしな」

「わかったよ王子様!」


 ……日本語が通じていないのかな?

 いや違う。強引に押し切ろうとする笑顔は由紀に似ている。わかってて我を通そうとしているだけだ。


「これから卒業までうちにいるそうだ。学校の手続きも終わっている。明日から一緒に登校してくれ」

「……あ、拓海の言ってた転校生って」


 納得した。たしかに可愛い。

 それにしても、あいつはいったいどこから情報を仕入れてくるのだろうか……。


「ソラナくんの部屋は一階の空き部屋のところになったから、朔夜は不用意に入らないようにな」

「別に王子様なら入ってきてもいいけどね~」

「……」


 ニコニコとソラは言う。親父はリアクションに困ったのか肩をすくめた。


「……間違いはおこすなよ?」

「起こさねえよ!」

「いやでも、大変だぞ。ホームステイ」

「んなことわかってるっつーの」

「……本当によかったのか?」


 申し訳なさそうに訊いてくる。目を合わせられなかった。


「やらなきゃクビかもしれないんだろ。仕方ないじゃねーか」


 徹底して自分の感想を排除して返す。

 別に嫌なわけじゃない。あまりの突然さに気持ちを整理できていないだけだ。


「家は賑やかな方がいいだろ。歓迎するよ、ソラ」


 手を差し出すと、ソラは目を輝かせて握手をした。


「これからよろしくね、王子様!」

「王子様ゆーな」




 親父を困らせたくなくて歓迎すると言ったが、軽率だったかもしれない。男女が同じ屋根の下は結構な苦労だ。昨夜もソラの風呂の時間は自室にこもっていたし、トイレに誰か入っていないかは入念に確認するようになった。


「なんでうちに来たんだろうな」


 ソラは俺を知っているらしいが、全く覚えていない。仮に知り合いだとしてもよく同級生の男が住む家に来ようと思ったものだ。親は許したのだろうか。


 思考を巡らせつつ着替え、義足を装着してから朝食を食べた。親父は朝早く出勤、母ちゃんは夜勤から帰って爆睡中なのでソラと二人きりである。朝雪高校の制服は間に合わなかったのか白のシャツに紺のベスト、ストライプのネクタイというイギリスのスクール映画に出てきそうな格好だった。


 やや気まずい空気の中でそそくさと食べ終わるとすぐに家を出る時間だ。慌てて準備を済ませて玄関に向かう。早く起きたのに悩みで無駄にしてしまった。


 靴を履いていると由紀もやってきた。


「遅い。金魚の糞」

「だから金魚の糞ゆーなって」


 第一声は昨日と同じ。しかし無表情の中にこわばりを感じられた。

 いつもと同じ朝、いつもと同じ挨拶。その中に知らない人がいる。

 まぎれこんだ異物を見るような目だった。


「えーっと、ユキ、だっけ?」ソラが首をかしげる。

「そう。朔夜と登校するのは私の役目。あなたは先に行ってて」

「ぶ~、ボクも一緒に行けっておじさんが言ってたし」

「私は十年来の幼馴染。あなたは二日目の他人。朔夜をエスコートできるのは私だけ」

「ぼ、ボクだって六年前から知ってるよ! ほら、このベレー帽は王子様に買ってもらったんだよ!」


 ソラは白いベレー帽をかぶる。小さめの帽子は頭に収まりきらず、少し左にズレている。お団子に引っ掛けるようにして頭に乗っていた。


「朔夜はそんなの覚えてない」

「いや……なんか、見覚えあるぞ。たしか……ちょっと待ってろ」


 靴箱の横の棚をあける。最上段に海外サッカーチームの赤いロゴが入った帽子があった。

 今はもうかぶらない黒の帽子だ。


「うろおぼえだけど、これと一緒に買った気がする」


 由紀がチッと舌打ちした。反対にソラは目を輝かせる。


「そうだよ! 王子様は自分の帽子と一緒に買ってくれたんだよ! ボクのこと覚えてない?」

「いや、ごめん。誰に買ったかまでは……」

「ん~惜しい! もう少しでだったのに」


 悔しそうにソラは腕を組む。


「どうでもいいから忘れたんでしょ」

「違うもん! 王子様は楽しそうだったもん!」

「……だからなんですぐ喧嘩するんだよお前ら」


 対抗心を燃やしあう二人の間に割り込む。


「さっさと出ないと遅れるだろ。行こうぜ」


 口論の間に靴ひもは結び終わっていた。由紀の手を借りて立ち上がる。


「ぶー、ユキばっかり。王子様のはギソクっていうの? ボクも六年前に手をつないで支えたことがあるんだよ。ボクも王子様と手をつないで行きたーい」

「ダメ。坂道は危険。慣れてる私じゃないと朔夜が死ぬ」

「死なねーよ。由紀なら安全なのは間違いないけど」

「む~~~」


 不満そうに見てくるがキリがないのでスルーした。

 右手にバッグを持ち、左手をつないで外に出る。どんより雲の空だった。


 俺の右を歩くソラはベレー帽をかぶったままだった。学校で禁止されているわけではないが、高校生にしては珍しくとにかく目立つ。可愛らしい顔立ちにお団子でまとめられた金髪、イギリスらしい制服に白のベレー帽とあって平凡な地方都市ではひどく浮いていた。近所を歩くおばあちゃんがびっくりして二度見している。


 学校が近づくと生徒が増えて異様な雰囲気になっていた。金魚の糞が両手に花を持っている。しかも片方は見知らぬ美少女だ。「なぜ金魚の糞が」「レンタル彼女?」「いくら渡してるんだろう」との声が聞こえてくる。


 だから、聞こえないように話せよ……。


 左手がぎゅっと握られた。由紀が励ましてくれているのだろう。勇気をもらい頭の中でミカンミカンと繰り返す。


 坂道を上りきって昇降口にたどり着いた。まだソラの靴箱はない。急な転校なので対応が追い付いていないのだろう。むしろよく制服を用意できたものだ。


「あ~そっか。ボクは正門から職員室に行ってくるよ」

「道は分かるか?」

「少し前に手続きで来たからへーきだよ。バーイ」


 イギリス本場仕込みのばーいだった。残された由紀と二人で教室に向かう。

 建物に入ってエレベーターを待つ途中、ユキが口を開いた。


「朔夜。あの子のこと、覚えてるの?」

「いやあんまり。ただベレー帽はなんとなく覚えてたんだよ。ほら、当時はサッカー見てたからさ。ベレー帽ってより自分の帽子を買えたのが嬉しかったんだよ」

「そう」


 自分からきいたわりにそっけない返事だった。無表情は変わらないままだ。


「朔夜は……もうサッカーを見ないのに。六年あれば人は変わるのに」

「まあ、そうかもな」


 以前は好きだったプロサッカー。だが今はもう見なくなった。辛いのだ。

 事故で左足を失い、通っていたサッカークラブをやめた。それでも見るのは好きだったが、自分がプレーできない悔しさが大きくなり、いつの間にかテレビをつけるのが辛くなったのだ。あの帽子をかぶることはもう二度とないだろう。


 心にどんよりと雲が広がる。由紀は無言だが「私はわかってる」とばかりに手をぎゅっと握った。温かさが心地よかった。


 恥ずかしいので手を離してから教室に入る。それぞれの席で荷物を整理していると一人の女子生徒が話しかけてきた。


「おはよう望月。両手に花、見てたわよ。いい御身分ね~」


 正面から皮肉を言ってくる。振り向くとじーっと責めるような目をしていた。


「あれが噂の転校生な。多分、俺らのクラスになる」

「クラス内で堂々と二股かぁ。由紀の金魚の糞だけじゃ飽き足らず、二人目の糞にもなるとはさすがのあたしも予想外よ」

「違うから! ただのホームステイだから!」


 早朝から強烈な言葉をぶつけてくるこの女は古畑美緒。由紀の唯一と言っていい友達だ。

 ポニーテールな黒髪にフチなしの眼鏡をかけている。男子と比べてそん色ないほど背も高く、強気な性格も相まって男の俺とも距離が近い。真面目でおせっかいなので俺は古畑を委員長と呼んでいた。実際にそんな役職はこの学校にはないのだが。


「美緒。この節操なしをこらしめて」

「だからなんでそうなるし! 偶然うちに来ただけだろ? んで、うちに来たら一緒に登校するのは当たり前だろ? 俺、なにも悪くないじゃん」

「ホームステイねえ。あの子があんたの家に?」

「色々あったんだよ」


 事情は俺もよく知らないので意味深な空気を出したが、委員長に疑わしそうな目は欺けなかった。


「……年頃の男女が一つ屋根の下。そういうのって普通、不倫とか浮気とか二股とかの温床じゃない?」

「お前の普通はどうなってるんだ」


 委員長は昼ドラが好きなのだ。そのくせ自分の恋愛経験はないので、恋愛相談やらには向かない。


「そこまではいかないとしても……」


 ちらりと由紀に目配せをする。何かを心配するような視線だった。

 由紀は黙ったまま目を伏せる。

 委員長はため息をつき、俺の横までやってきて耳打ちをした。


「(なんにしても、由紀は面白くないと思うわよ。あんたも由紀の家にイケメンイギリス人が入ってきたら嫌でしょ)」

「……」


 想像する。心の奥に溜まったヘドロがふつふつと湧き出るような気味の悪さがあった。

 これ、独占欲?

 悩む俺の顔がおかしいのか委員長は笑いをこらえるように肩を震わせた。


「あんた、わっかりやすいわねー」

「うるせ~」


 不思議そうに首をかしげる由紀の目をまっすぐ見られない。


「まあ浮気じゃないならいいわ。同じクラスになるなら仲良くした方がいいもの」

「さっきから浮気とか不倫とか言ってるけど、別に俺と由紀は付き合ってないからな?」

「はいはい」


 子供のようにあしらわれた。言わなくてもわかってるから、みたいな目には敵わなかった。

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