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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
一章:恋する乙女は手をつなぐ
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四話

 状況を整理すべく深呼吸をした。

 俺の家から出てきた見知らぬ少女が、道路に倒れこんだ俺の上にまたがっている。

 満面の笑みを浮かべ、瞳はキラキラだ。

 紅い瞳は宝石のように美しく、左右のお団子は子犬のようにぴょこぴょこ揺れている。

 風で揺れる髪からははちみつのような甘い匂いが漂ってきた。

 今朝の記憶がよみがえる。金髪で、お団子で、小柄。登校中に見た画家の女の子だ。


「君は」


 ふと、背中に悪寒が走った。

 心臓を背中から槍で貫かれているような寒気。死が頭をよぎるほどの本能的恐怖が全身を駆け巡る。逆らってはいけない、と頭の中で警鐘ががんがんと鳴り響いた。


「朔夜。その女、だれ」

「俺も知らねえよ⁉」


 振り向くと由紀の目は生気が消失し、殺意に近いものを宿していた。

 こ、殺される……。

 恐怖に支配され慌てて少女の肩をゆする。


「だ、だ、だれなんだ君は! どうして俺の家から」

「あれ、王子様は知らないの?」


 少女がきょとんと首をかしげる。

 その仕草も表情にもどこか幼さを感じた。


「王子様……?」


 由紀が訝しげにつぶやく。俺も困惑していた。


 あ~も~どうなってんだよ~!


「とにかく。何でもいいから朔夜から離れて。くっつきすぎ」

「え~いいじゃないかぁ。六年ぶりの再会なんだよ~!」


 駄々をこねるように言う。不満が素直に声と顔に出ていた。


「関係ない。私は朔夜と十年の付き合い。私の勝ち」

「ぐぬぬ……で、でも、少女漫画的には再開系幼馴染の方が……」

「いや何を張り合ってるんだよお前ら」


 不毛な争いを止める。くっついてくる少女を引きはがし、由紀の手を借りて立ち上がった。

 汚れたズボンを由紀がパンパンと払う。


「王子様ぁ。この人だれ~?」

「……その言い方だとまるで俺と君が知り合いみたいじゃないか」


 少女は目を丸くした。「へ?」と間抜けな声をあげる。


「覚えてないの?」

「……」何も言えず目をそらす。

「王子様ぁ~、そんなのないよ~」


 しなしなと脱力してぺたんと地面に座り込んだ。呆けたような顔だ。よほどショックだったのか魂が口から出ているように見える。


 罪悪感が湧いてきた。だが謝っても仕方ないので誤魔化すしかない。


「ええと、こいつは月下由紀だ。俺、望月朔夜の――」

「彼女」

「――じゃなくて幼馴染だ。すぐにばれる嘘を言うな」


 じろりと睨まれるが気にしない。


「それで、あなたは朔夜のなに。セフレ? 愛人? 捨てられた女?」

「ありえねーだろ。六年前は小学生だろうが」

「それになんで朔夜の家から出てきたの。場合によっては通報」

「わ~違うよ~! ちゃんと許可取ってるって~!」


 由紀の取り出したスマホを取り上げようと少女が手を伸ばす。だが身長差によりまったく届いていなかった。ぐぬぬと顔に悔しさをにじませつつ諦めて下がる。


 不利を悟ったのかマウントをとるように由紀に向かって言い放つ。


「ボクは、王子様の運命の人で、大切な家族なんだよ」

「笑止。家族は月日の積み重ねで作られるもの。あなたは来たばかり。覚えられてない年月など無に等しい」

「十年で何も起きないよりはマシだし!」

「大人の問題。子供にはわからない」

「ぼ、ボクは王子様と同じ年だもん!」


 威嚇する小動物のように少女はにらみつける。かわいかった。愛玩的に。

 なんでこいつら初対面なのにこんな喧嘩するんだよ……。

 呆れつつ間に割って入る。


「二人とも喧嘩すんなって。とにかく俺は君を覚えてないんだ。すまんが……」

「ほんとに何も知らないの~⁉ ぼ、ボクのアドバンテージが……」


 がっくりとうなだれる。絶望の谷に突き落とされたような落ち込み具合だ。

 悪いことをしたかなと思ったが、本当に記憶がないのでどうしようもない。

 声をかけられず戸惑っていると、家の中から親父が出てきた。


「む、声がすると思ったら。帰ってきていたのか」


 親父のワイシャツはくたびれていた。年齢以上に深く刻まれた顔のしわが印象的な細身の中年である。陰のある表情はうつむいており、光のない濁った瞳の焦点はあいまいだった。


 いつもより二時間ほど早い帰宅である。


「親父、帰ってたのか」

「早退の命令があってな。まあ、この子に関することなんだが」


 少女に視線を向ける。親父も戸惑うような顔だった。


「彼女はいったい……?」

「あー、それなんだが」言いにくそうに顔をそらした。「事情があってな」

「おじさん。不法侵入やストーカー被害なら即刻通報を」

「違うんだよ由紀ちゃん。安心して」


 由紀は安心できなさそうに一歩引く。不満顔だ。


「彼女はホームステイでうちに来たんだ。すごく急だけど」

「は?」


 反応したのは由紀だった。先ほどよりもさらに低い、閻魔様の声である。


「説明してください。急に同棲じゃ納得できないです」

「いや同棲じゃないし。ホームステイだし。てか、説明を求めるのは俺のセリフだし」

「朔夜は黙って」


 ヒエラルキーには逆らえず、俺は命令のまま口をつむぐ。

 おかしい。これは望月家の問題なのに、なぜ由紀が主導権を握っているんだ?

 親父も困ったように頭をかいた。


「断れなかったんだよ。社長の娘でね。僕も、さすがにクビは惜しいから」

「命令だから同棲を認めるんですか? しかもこんな唐突に」

「いやだからホームステイ……」

「朔夜は黙って」


 次はないぞ、との視線を向けられた。恐怖で口が縫い付けられたように動かなくなる。


「迷ったけど、すでに来ちゃってたから、受け入れないと野垂れ死んじゃう」

「……」

「朔夜も……納得してくれたら嬉しい」


 親父から視線を向けられて考える。

 迷いはあった。

 悪人には見えない。むしろ希代の美少女だ。ころころ変わる表情に嘘は感じない。

 騒がしい人と一緒に暮らすのは楽しいだろうなとも思う。

 だが――急にホームステイと言われても困る。一時的とはいえ家族が増えるなんて一人っ子には想像もつかない。非現実的な状況を前に心の準備もなく、肯定も否定もできないのだ。せめて考える時間が欲しかった。


 親父はすまなそうにうつむいた。へりくだるような態度に胸が締め付けられる。


「……急すぎるけど寝床とかは大丈夫なのか?」不満を隠し、心配してる体を装う。

「そこは問題ない。ホームステイは命令だから、軍資金がでるんだ。布団も買ってきた」

「じゃあ、反対理由はねえよ」


 言葉にしない葛藤は山ほどあった。だが親父を困らせたくなかった。

 物分かりの良いふりをした。


「なに、朔夜はこいつを受け入れるの? 同棲ライフ万歳?」由紀の声は淡々としていた。

「いや言い方ぁ。違うから。仕方なくだから」

「つまりボクの勝ちってことさ! ボクは王子様と、一つ屋根の下で暮らすんだからね」


 ギリギリギリギリ。

 由紀の歯ぎしりの音が聞こえた。闇を宿した目でターナーさんを見ている。


「あなた……名前、なんだっけ」

「ターナー・ソラナ。三人ともソラって呼んでね」

「ソラとはいい友達になれそう」

「え~、そうかなあ? 怖い顔で言われてもなあ」


 由紀はまっすぐにソラを見据える。宣戦布告をするように。


「別に、敵視はしない。あなたは、所詮、ただの家族なんだから」

「……?」

「朔夜のバカ」


 言い残して由紀は去っていった。

 なにかとんでもない波乱の予感を残して……。

 なにかとんでもない不吉の予感を残して……。

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