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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
五章 月の下の雪
32/40

三十一話

少し長いです

 終業式は二十四日だった。午前中でホームルームを終えると各々の冬休みが始まる。この学校の生徒ならばほとんどが部活に情熱を燃やしているのだろう。予定のない俺は時間を持て余して街へ向かった。


 昼間なのに街は人で溢れていた。どこからか聞こえてくるジングルベルに人々の足取りは軽く、街全体が躍っているようだ。あちこちに置かれたクリスマスツリーは今日の特別さを引き立てている。


 だがどこか軽薄に感じた。このお祭りを楽しめるのは一部だけだと知ってしまったからだ。恋人がいないと嘆いているうちは幸せなのだ。金がなければサンタクロースは来ない。金がなければ家族とすら過ごせない。由紀の母ちゃんはこの町のどこかでせっせと働いているのだろうか。理不尽な不平等だ……。


 衝動的に街に来たはいいが歩きたくはない。中央広場のベンチに腰かけてぼーっと行きかう人を見ていた。自室にいるとあの日の後悔が押し寄せてくるので外にいたかったのだ。寒風に吹かれていたならば自分を罰しているようで気が休まる。由紀と顔を合わせられないのでむしろ風邪をひきたかった。


 実のない時間が過ぎていく。昼前には学校が終わったはずなのに、いつの間にか日が傾いていた。身体はすっかり冷え切っている。


 夕方の微妙な暗さが不安を掻き立ててなんとなく立ち上がると唐突に空腹を自覚した。今にも死にそうな胃の悲痛な叫びが聞こえてくる。昼飯すら食べていなかった。


 今から帰っても夕食はまだだ。これくらい、と思ったが男子高校生の飢餓感に耐えられず近くの定食屋へフラフラと入っていた。とにかく食べたいものを注文する。


 一通り注文してから気づいた。だから『朔夜は金持ちだからわからない』と言われるのだ。値段を見てすらいなかった自分が恥ずかしくなった。軽薄にクリスマスを楽しむ人と一緒ではないか。


 味は悪くなかったと思う。だが委員長にもらったメロンパンの方がうまかった。もちろん、一番は由紀の弁当だが。


 店を出ると日は落ちていた。イルミネーションが街中を照らし出し、人はさらに増えている。広場の中央にある大きなクリスマスツリーは幻想的に輝いて人々の視線を釘づけにしていた。

 身を寄せ合うカップルも多くなっている。そういうキラキラした人たちを狙ってサンタクロースの格好をした店員がケーキを売り込んでいた。一人でベンチに座る俺には声がかからない。


 もし――俺が選択を間違えなければあの中に入れたのだろうか。由紀と手をつなぎ、身を寄せ合って、将来を語らうことができたのだろうか。困難に直面しても二人で乗り越えられたのだろうか……。

 ありえた未来を想像すると心臓が握られたように痛くなる。永遠に続くと思われた幸せの時間は、あまりにまぶしくて、目を閉じている間に消えてしまった。

 たった二週間。でもあれ以上の時間は手に入らないと予感する。俺はとんでもないハンデを抱えていて、その上致命的なほどバカだから、幸福を手に入れられる未来が見えない。手に入れても、また幻みたいに消えてしまいそうで恐ろしかった。


 あの煌めくイルミネーションには近づけない。少し離れた暗い場所で眺めているのが精いっぱいだった。冷たい風に、お前はここがお似合いだとささやかれている。


「寒い……」


 身を寄せ合う人はいない。手のひらを包む優しさもない。死体のように冷たくなった心を抱え、ただまぶしさを前に立ち尽くしていた。

 この街で、俺は一人ぼっちなんだ……。

 涙を誤魔化そうと空を見上げると雪が降ってきた。動かないと次第に頭や肩に積もっていく。冷たかったが、振り落とす気にはなれなかった。


 人工的な光に照らされて雪は美しく映えていた。ホワイトクリスマスへの歓喜が街を包む。

 ひねくれた心でもそれは美しいと感じた。俺の知ってる雪宮町ではないかのような幻想的な雰囲気である。

 俺は立ち上がった。雪が積もっては帰るのが難しくなる。急いでバス停へと向かった。

 美しいものから――幸福から逃げるように。







 家に帰るとちょうどソラが出かける準備をしていた。


「どっかいくのか?」

「うん。カナの家に招待されてるんだ」

「パーティーか? いいじゃねーか。楽しんで来いよ」


 笑顔で送り出そうとしたが無理だった。口元がひくついてうまく笑えない。

 ソラはぎゅっとスカートのすそを握り締めた。


「ねえサクヤ。なにかあったの?」


 本人としては自然を装ったつもりなのだろうが、声が震えていた。厚かましいほどの明るさがソラの持ち味なのに、しばらく笑顔を見ていない。


「あんなに楽しそうにしてたのに……たった一日で何が……」

「心配すんなって。別に何ともねえからさ」


 見え見えの嘘だが開き直るしかなかった。

 俺はソラを振ったんだぜ? 相談なんかできるわけねえだろ。

 微笑みの仮面をつける。俺のことなんか気にせずにクリスマスを楽しんでほしかった。


「言いたくなったら言ってね」


 痛々しい笑みを浮かべて出て行った。雪が降っているからかコートを着ても寒そうだ。

 家の中は静かになった。年末で忙しいのか親父はまだ帰っていない。暖房をつけずに冷たい空気が溜まった家は一層淋しさを増幅させていた。


 空気が、痛い。


 チクタクと時を刻む時計の音がやけに大きく響いている。その音に耳を傾けると時間が進むのが遅くてじれったいような、何もしないこの瞬間にも進むのが恐ろしいような。奇妙な焦燥感が背中をなでる。

 一人でいるにはこの家は広すぎる。

 これもまた、金持ちの悩みなのだろうけど。


 ふと腹が痛くなってトイレに入る。義足につっかえて脱ぎにくいズボンを下げて座るもなかなかでなかった。慢性的な運動不足で年中便秘なのだ。じりじりと痛みを増す腹を抑えて唸るも一向に解放されなかった。狭い個室に何十年も幽閉されているような閉塞感だった。


 そのうち左足も痛み出した。神経に直接刃物を突き立てられているような激痛が徐々に広がっていく。金属の足に広がる幻の痛み。幻肢痛。


「あがっ……‼」


 痛みに耐えかねておかしな声が出た。身をよじる。地面から這い出てくる痛みの獣から逃れようと体をブンブンとくねらせる。しかしそれで痛みが治まるわけもなく。こんなに痛い左足ならいっそ切り落としてしまいたかったが、よく見ると切り落とされて鈍い光沢を放っている。皮肉だ。


 腹と足の痛みに耐えきれなくて無意識のうちに手を伸ばす。助けて……と声にならない音が漏れた。けれど誰もいない部屋で手を握られるはずもなく、硬い木の扉があるだけだった。


 痛みにじっとしてられずズボンをはいてトイレを出る。まだ腹は痛かったが、それを打ち消すのはトイレではなく獣のように暴れることだった。しかしどれだけ暴れても逃げても痛みはぴったりとくっついてくる。リビング前の廊下でバタバタと這いつくばっていたが、すぐに体力が尽きてうつぶせに倒れこんだ。床板の冷たさが伝わってくる。


 幻肢痛を和らげてくれた右手はもうないのだ……。


 起き上がろうとしてもうまく立てなかった。地の底に引きずり込まれているようだ。このままではまずいので這いずるように一階の物置へ向かう。ソラの部屋の横だ。

 中は埃まみれだった。長らく使っていない。

 この中に杖があったはずだ。左足を失い、退院の時に購入したがほとんど使っていなかった。サッカーをやっていたからかケガの度合いの割にうまく歩けていたことと、由紀が手をつないでいたから使わなかったのだ。けれど今はつかまるもの、縋るものが欲しかった。


 使用感のない真っ白な杖は最奥にあった。無造作に放置され、埃かぶったそれをもって廊下に出る。


 体重を杖に預けても立ってみる。――そこで気づいた。


 杖が短いのだ。明らかに身長とあっていない。腰の曲がったじいさんのような姿勢になる。

 当たり前だ。これを購入したのは六年前。成長期の今と比べられるはずもない。

 それだけ長い時間、使ってこなかったのだ。ずっと……由紀が支えてくれたから。

 六年間。欠かすことなく。俺の手を握り、献身的に支えてくれた。

 この杖が……こんなに短いと感じるまで。


「由紀……」


 いつの間にか涙がこぼれていた。白い杖を抱きしめる。

 俺のためにすべてをささげてくれた幼馴染を……彼女を……裏切ったんだ。


「ごめん……」


 膝をついて許しを請う。もちろん返答はない。

 どんなに謝っても意味はなく、ただ俺の罪を照らし出すだけ。自分が嫌になった。


 消えてしまいたい……死んでしまいたい……。


 生きていても楽しくない。社会の、家族の、友人のお荷物になるだけ。消えた方が誰にとっても喜ばしい結果ではないか。国も年金をはらわずに済むから喜ぶだろうぜ。

 死――意識した瞬間、脳にしびれるような快楽が走った。

 苦しみから解放される。永遠に報われないであろう人生から解放される。


 生まれ変わったら健康になれるかもしれない……。


 死の世界が魅惑的だった。甘い香りに誘われる虫のようにふらふらと台所へ向かい、包丁を取り出して刃の先端を見つめた。

 少しこれを振るうだけで簡単に悩みがなくなる。なんて単純な方法なんだろう……。


 喉をひと突き。それでしまいだ。ギラリと光る死のチケットを見つめ、一思いに――


 ――言う気になったらすぐに言えよ。


 ぴたりと手が止まる。聞こえてきたのは拓海の声だった。いつもへらへらしているくせに、妙に真剣で、妙に耳に残る優しい声。

 途端、包丁が正しく怖ろしい凶器に見えた。甘い香りはもうしない。反対に急激な吐き気が喉にこみあげて包丁を廊下に放り出し、トイレへと駆けた。


 食べたばかりの定食を吐き出す。白飯、魚、みそ汁。醜い嘔吐物に変換して吐き出していく。びちゃびちゃと。強烈な匂いが鼻を襲う。


 忘れていた足と腹の痛みがぶり返した。加えて喉が焼けるように痛い。どこに食べ物が入っていたのかと驚くほど吐き続けた。


 痛く、苦しい。脳内麻薬はもうない。生きていると実感した。

 生きるって苦しい……。

 また涙がこぼれた。高校生のくせに、みっともなくぽろぽろと。


 その時、玄関がガチャリと開いた。


「ただいま」


 親父の声だ。


「む、なんか匂いが……朔夜? 帰ってるのか?」


 返事をしようとしたが声にならなかった。吐しゃ物の匂いを嗅ぎつけてトイレの前までやってくる。急いでいてわずかに開いたままのドアを開けた。


「これは……大丈夫か朔夜」


 惨状を見られたくなかった。親父に心配をかけたくなかった。

 けれど……その低い声を聞いて、涙が出るほど安心した。

 湧き上がってきた感情とともにまた吐き気がこみ上げる。胃の中がすっからかんなのか胃液が出てきた。


 背中をさすられる。温かく優しい手だった。小さいころを思い出すようで安心する。

 涙と汗で顔はぐしゃぐしゃになっていた。


「あれは……包丁?」


 廊下に放り出された刃物が見つかった。その意味はすぐに気づかれるだろう。すきま風が背筋をぞわりとなでた。

 明らかに不自然だ。自殺とまではいかなくても何かしらの自傷行為は見抜かれる。

 失望させてはいないだろうか。怒られはしないだろうか。

 頭がパニックになり、心臓がうるさいほど拍動していた。恐怖で全身がすくんだ。


「けがはないか?」


 優しい声でこわばった筋肉が弛緩した。俺に寄り添って、また背中をさすってくれた。

 そこで何かが壊れたかのように、涙があふれた。拭っても拭ってもとまらない。心のストッパーが決壊していた。


「おいおい、泣くなよ」


 親父に顔を見せないよう、便座に向かってうつむく。体の中から何かがこみ上げてきたが、もう胃液すら出し切ったらしく、溢れてきたのは心のどす黒さだった。


「親父――もう、死にてぇよ」


 驚くほど嘘が混ざっていなかった。全てを吐き出して、底に溜まっていた本音が漏れ出てくる。嫌だと思いつつ自分では抑えられない。


「生きててもしょうがねえよ。どうにもなんねえよ。……でも……死にたくねぇよ……」

「どうして、死にたいんだ?」


 生きろとか、自殺は良くないとかではなく優しく聞いてくれた。

 温かさで凍り付いた心が揺らぎ、とめどない奔流が溢れだす。隠していた醜い心を。


「足はこんなんだしさ。どうしようもないバカだしさ。幸せになんかなれねぇよ。なったとしても、すぐ奪われるんだよ……」

「どうして、バカなら幸せになれないんだ?」


 少し見えた親父の横顔はくたびれていたが、それ以上に慈愛に満ちていた。


「人に頼ってばかりで……迷惑をかけてばかりで……そのくせ何もできなくて。ずっと支えてくれた人のピンチにすら気付かなくて。人助けをしようって意気込んでも、それが裏目に出てて。バカで鈍感で、ずっと間違ったことしかしてなくて……」

「人助けをしたのに間違ってるのかい?」

「間違ってるんだよ。みんなにいい顔しようとして。一番大切な人の苦しみに気づかない。自分が好かれることしか考えない偽善だ……」


 悔しくてまた涙が出る。声はかすれ、自己嫌悪で腕に痛いほど爪を食い込ませる。

 けれど親父は優しく微笑んだ。真冬のストーブのような暖かさだ。


「結果はどうあれ人助けをしようと頑張ったんだよね。なら間違いじゃないよ。結果が振るわなかっただけで、過程は間違っていない。僕らにできるのは、頑張るか頑張らないかの二択じゃないか。朔夜はその二択を間違えなかった」

「でも俺はバカだから……頑張る方向を見誤って、人を傷つけた……」

「仕方ないよ。僕もバカだから見誤ってばかりだ。ずっと失敗ばかり。でも頑張ることしかできないから、バカみたいにじたばたするんだよ」


 ははは、と穏やかに笑う。背中はまださすられている。


「じたばたしてきたさ。ヘタレだから色んな人に心配されて、迷惑かけて、傷つけて。それでも由紀を幸せにしようって思ったさ」


 拓海、委員長、そしてソラ。色んな人の顔が浮かぶ。

 本当に俺は一人ではなんにもできなくて……。


「でもダメだったんだ。俺はなんにも見えていなかった。頑張っても無駄どころか迷惑をかけてばかり。もうきついよ。頑張れねえよ……」


 体が痛い。心がつらい。生きるってしんどい……。

 金属の足を引きずって歩き続けるには、人生という道はあまりに長く、険しすぎる。


「……そうだね。頑張るってすごくつらいよ。いや、生きることがすでにつらい。朔夜はもう頑張らなくてもいいとも思う。十分に苦しんだよ。それは僕がずっと見てきた」


 でも――と呟く。俺の頭にポンと大きな手が乗せられた。激励するように親父は目を閉じる。

 それからゆっくりと、言葉に魂を込めるように言った。


「頑張るってのは祈りだと思う。残酷で、理不尽で、バカな人生だけど、それでも幸せになれますようにと祈る。僕らは祈り続けることしかできないから」

「そんなあやふやなもののために頑張れるかよ……。富士山だって頂上があるから登れるんだ。ゴールが見えすらしないのに頑張るなんて無理だろ……」


 所詮、勝ち組の理論かと落胆した。親父が自分をどれだけ卑下しても、五体満足であり、一流企業に勤めている事実は変わらない。成功体験があるから頑張れば幸せになれると信じている。


 俺は――多分由紀も――幸せを信じられないのだ。つかんでも幻のように消えてしまう。脈絡もなく奪われる。事故のように、離婚のように、努力ではどうしようもなく、仮面の奥に消えていく。


 奪われたことのない親父にはわからないと幻滅した。だが――


 親父は思いを馳せるように、口を開いた。


「違うよ。祈るってのは他人のためにだ。自分の愛する人が幸せでありますようにと祈る。つまり愛だよ。由紀ちゃんがずっと朔夜を支えたのも愛。愛は祈りになる。……それは、僕も同じだよ」

「愛……」


 廊下に転がっている白の杖を思い出す。

 白の杖が短くなるほどの献身は祈り。どれだけ祈ったところで俺の足が良くなるわけではない。それでも、彼女は祈り続けた。


 何年も支え続けるなんて普通なら絶対無理だ。それでも彼女は祈りが途絶えるまでやり続けた。

 祈りは――どれほどの力を秘めているのだろう。

 親父が長年俺を育ててくれたのも祈り。毎日を繰り返すように会社に向かい、年中くたびれているのに頑張ってくれた。十六年以上、俺を支えてくれた。


 親父の穏やかな表情でなんとなく理解した。俺がこの人からどれだけの愛を受けていたのか。どれだけ俺の幸福を祈ってくれていたのか。父としてどれだけ長い時間、俺を見守ってくれていたのか。


「自分のためじゃなくて……大切な人のため……?」

「世の中理不尽だからね。人は、愛という理不尽な力で対抗するんだよ」


 親父の顔は社会の不条理に耐え続けた戦士のものだった。ずっと、俺のために。


「なんで……」


 ――愛してくれるんだ?


 頭をくしゃくしゃとなでられた。


「理由なんてない。ただ――強いて言うなら、お前は頑張って、頑張って、産声を上げてくれたから。あの声は今も僕の胸に響いている。それだけで……ただそれだけでいいんだ」


 すとんと肩の荷が下りた。いや、肩に荷物があると錯覚していた。

 友人たちの顔が脳裏によぎる。拓海に、委員長に、ソラ。そして、由紀……。

 振り返ると、彼らは俺のために祈っていた。俺が幸せになりますようにと。

 それが、俺の死にたくない理由。死は彼らの祈りへの裏切りである。

 もう――大切な人を裏切りたくない。せめてそれだけはバカな俺だとしても。

 胸の内を占めていた強迫観念が消えていく。締め付けられていた心臓が解放される。


 生きるのはしんどいけど……辛いけど……たくさんの祈りを一身に浴びているから。


 親父の涙ぐむような、必死に伝えようと絞り出す言葉は確かな熱をもって俺の胸を打つ。静かな言葉の中には確かな愛と真心が込められていた。


 ――心に灯がともる。

「じゃあさ……祈りが途絶えてしまったらどうするんだ?」

「誓うしかないんだろうね。それには相当なエネルギーがいるけど」

「……何を?」


 ふっと懐かしそうに笑って向けられた視線の先には、控えめに輝く指輪があった。


「永遠だよ」

「そりゃ……難しいな」


 並大抵の覚悟ではない。不完全なる俺にとって、永遠はあまりに重すぎる。金属の足は重く、駆け抜けられる自信がない。


 それでも――


「ありがとう、親父。……吐いて楽になった」


 立ち上がる。吐き気も痛みも治まっていた。心の底に澱んでいたドロドロしたものも涙と吐しゃ物になって出て行った。トイレを流してすべてとさよならだ。


 二人で廊下に出る。親父の顔もすっきりしていた。


「食欲あるか? ケーキ買って来たぞ」

「食べる。チキンはあんのか? 腹減ってんだよ」

「それは昨日買ってきた。シチューも作ってるぞ」

「……最高」


 流れでクリスマスパーティーが始まった。事故以来、初めて親父と遠慮なく話せた。

 二人だけのクリスマスイブだったが、まあ、悪いもんじゃなかった。




 輝かしい街を離れてひっそりとケーキを切り分ける。飾りつけもクリスマスツリーもイルミネーションもない。暖房のついた部屋で二人だけのつつましいパーティーだったが、聖夜に祝福されているような気がした。


 多分、サンタクロースが俺のために祈ってくれたのだろう。


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