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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
一章:恋する乙女は手をつなぐ
3/40

二話

 朝雪高校は坂道のてっぺんにある。

 道が広くなり街路樹が並び始めると行きかう人も増えてきた。気だるい朝の足音は日常を彩る音楽のように一定のテンポで響いている。


 入学して一年半。毎日、由紀と手をつなぎ歩いているので人の目は慣れたものだが、陰口を聞いたここ数日は落ち着けないでいた。他者の評価を気にしてしまう。周りの生徒がこちらを向いてひそひそ話しているように感じるのだ。


「きょろきょろしすぎ。不審者」

「ちょっとぐらいいいじゃん。人の目が気になるお年頃なの」

「生意気。私の糞は流されるままでいいのに」

「金魚を省略するなよそれただの糞じゃねーか」


 由紀が飾らないのは言動も含まれる。人の目を気にしないのか、学園のアイドルが言ってはいけないことも平気で口にするのだ。これだけ人気を集めておきながら、周囲の評価に無頓着なのである。


 だが持って生まれた気品がある。小さな胸を張って背筋を伸ばし、顔をあげて堂々と歩く。洗練された所作は美しくかっこよかった。


 見習わなきゃな。


 人の目を気にしない……とまではいかなくても周囲の様子をうかがうのはやめた。正面から吹く秋風の冷たさを顔で受け止め坂道を上る。

 余裕をもって学校に着いた。生徒はまだ半分も来ていない。朝練の掛け声が空気を振るわせて一日の始まりを告げていた。


 朝雪高校は創立から十年もたっていないが部活動は強豪がそろい、生徒数もマンモスに分類されるほどだ。人気の秘訣はやはりおしゃれさだろう。高名なデザイナーが設計したベレー帽のような外観の白い校舎。中は縦長のガラスが立ち並ぶショッピングモールのような吹き抜けの廊下や、巨大な電子黒板の釣り下がる教室など最新も設備がそろっている。校舎は広くガラスが多用されているため解放感があるのが特徴だ。俺がここを選んだのはバリアフリーが徹底されているからである。新しい高校はそういう意味でありがたい。


 手をつないだまま昇降口に向かう。

 ふと、馴染みのある声が聞こえてきた。


「だからぁ~、オレはただ、二人に傷ついて欲しくなかったってだけで~」


 朝のさわやかさを台無しにする邪悪な声だった。由紀の口元がピクリと引きつる。


「はあ? ふざけんなこの二股野郎! 証拠はそろってんだよ!」

「拓海……説明してもらうからね?」


 見知らぬ女の声が響く。一つは苛烈な怒鳴り声。もう一つは抑揚のない死人のような声。修羅場のぴりついた空気が流れ、肌を刺す。


 またかよ……。


 周囲の生徒――特に拓海を知らない一年生は困惑している。まさに修羅場。間近で見たことのある人は少ないだろう。

 肩を落とす。二人してため息をつき、しかし放ってはおけないので声のする校舎裏へと向かった。華やかな正面とは違い日陰が多く、むしられていない雑草も多い。ドクダミの匂いが鼻につく。


 そのさらに奥に三人はいた。


 手前にはショートカットで背の高いボーイッシュな女の子。その横にセミロングで華奢な女の子。


 そして、奥で必死に言い訳をしている二股カス野郎。


「いやどちらかを選べって、そんなの無理に決まってるだろ! 二人とも可愛いんだもん!」

「このクズが……‼ ああ、どうしてこんな男のことを……」

「拓海は……私だけを……愛してるって……」


 女性二人は疲れ果てていた。こめかみに手をあててうなだれている。

 見てて憐れだった。二人ともかなり可愛い方だ。

 こいつと関わらなければ幸せだったんだろうなあ……。


「もういい。お前を殴る気力すらわかん……私は教室に帰る。早苗、お前はどうする?」

「……私は家に帰ろっかな」


 顔に生気がない。じめじめした校舎裏の空気を上回る湿り気を振りまいている。


「お前がここまでのクズだとは思わなかった。二度と、話しかけないでくれ」


 彼女らは去っていった。互いの背中をさすりあい、慰めあうようにして歩いている。すぐ後ろで顛末を見ていた俺たちにすら気付いていない。


 今度はもう少しいい人と出会えるといいな……。

 ため息をつきつつ、侮蔑の視線をもって二人を泣かせた悪人に声をかける。


「お前の図々しさには尊敬するよ」

「朔夜……失恋って、こういう気持ちなんだな。心にぽっかり穴が開いたようで……」

「綺麗な言い方すんな。失恋という言葉に失礼だろ」


 拓海は朝日を仰ぐ。微笑む顔が照らされて映画のワンシーンのように晴れ晴れとしていた。染めた金髪が輝いている。女の子が見ればそれだけで心を射止められかねない仕草だが、俺たちはそれを計算でやっているのを知っている。被害者面をする純度百パーセントの悪人に冷ややかな目を向けた。


 百八十センチを超える体躯はがっちりと。制服は着崩しており、もし教科書にチャラ男の項目があれば掲載できそうな見た目である。

 二股王、金城拓海。二年生以上であれば悪評を知らぬものはいない。


 曰く、経験人数三桁。

 曰く、有名モデルと付き合っている。

 曰く、裏路地でドラッグを売りさばいている。


 ちなみにすべて嘘っぱちだ。噂が噂を呼び尾ひれがつきまくっている。

 しかし十股くらいかけているのは本当で……。


「んで、今回はなんでバレたんだ?」

「デート中に携帯を見られてさあ。ちょうど優香ちゃんにメッセージを送るところで」


 悪びれずに言う。ふにゃっと笑う顔は人懐っこい。

 ……神様はなぜこいつに整った顔を与えたんだ。


「デート中に他の女にメッセージを送るとか救いようがねえな」

「愛理ちゃんに送ってたのがバレなかったのは不幸中の幸いだなぁ。ハーレムを目指すと時間が足りないんだ。メッセージはこまめに。モテる男の秘訣だぞ」

「さらに余罪が……。開き直るな悪人、やりちん、すけこまし」

「金城はクズ。女の敵。下半身モンスター。二人には死んで詫びるべき」

「容赦ないな~お前ら。息ぴったりかよ」


 これだけ罵倒されても余裕たっぷりにケラケラと笑うのみ。由紀の冷ややかな無表情の総攻撃を受けて立っていられるのはこいつぐらいだ。


 メンタルだけは強いんだよなあ。

 ため息をつく。拓海のどうしようもなさに。名も知らぬ女の子二人の哀れさに。


「放課後に俺が一緒に行ってやるから二人には謝れよ。誠心誠意、頭を下げろ」

「おお、マジか。やっぱ持つべきものは友達だな~」


 修羅場なのにご機嫌だ。

 怒り心頭の女の子に対して謝りに行く。考えただけでも恐ろしい。胃がキリキリと痛む。

 どうして拓海はこんな風になってしまったんだ……。


「そんな考えこんでどうしたんだよ。話聞くぞ?」

「おめーが悩みの元凶なんだよ!」


 頭を抱えつつ三人で教室に向かった。昇降口では由紀に手伝ってもらい靴を履き替え、エレベーターを利用して三階へ。すでにさっきの一件は広まっているのか周囲の視線がちくちくと拓海に向いている。本人が気にする様子はないのだが。


「なあ聞いたか? 明日、うちのクラスに転校生が来るらしいぞ」


 変わらぬ笑顔で言った。悪い意味で注目されているのにこの余裕。大物である。


「……拓海が興味を持つってことは女の子だろ?」

「正解っ! 美玖ちゃんが昨日の夜に電話で言ってたんだよ。かわいい子らしいぜ~」

「ふーん」


 また知らない女の名前が出てきた。すぐに別れると思うので覚える必要はない。

 拓海のテンションが上がっている。転校早々からこんなやつに狙われるなんて女の子がかわいそうだ。せめて毒牙にかかる前に真実を伝えてやろう。


「……」


 ふと左上腕が痛む。振り向くと由紀につねられていた。無表情だが頬がやや膨らんで抗議の色が見え隠れする。


「なんだよ由紀。ちょっと痛い」

「デレデレしてる」

「はあ? デレデレもなにも女子としゃべってすら」

「『ふーん』に期待がこもってた」

「理不尽だっ!」


 そんなことないと反論したかったができなかった。感情を読みにくい由紀の瞳に心の奥底を見透かされたようだ。自分でも気づけないほど微弱な期待をズバリ言い当てられた。もはや開き直るしかない。


「しゃ、しゃーねーだろ! 転校生がかわいいって期待するくらいいいじゃん!」

「節操なし」

「男なら普通の反応だろ! 拓海と一緒にするな~!」

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