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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
四章 恋する少女は手をつなぐ
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二十八話

「おふたりさん、いくら何でもくっつきすぎじゃないかしら」


 昼休みに弁当を食べていると委員長が呆れたように言ってきた。


「……冬だしな」

「そういう問題じゃないと思うのよ」


 誤魔化せなかった。弁当を持ってきた委員長はため息をついて一つ前の席に座る。

 俺と由紀は一つの机に二つの弁当を広げていた。体は必要以上に密着状態である。指摘されて数センチ距離を離した。もともと見せつける予定はなく、無意識のうちにお互いすり寄っていたのだ。


 この数日で感覚がマヒしていたのかくっつくことが当たり前だと認識していた。あ~んさえしなければいいだろうと……。


 由紀も自分のしていることに気付いたのか顔を赤くしている。


「まさかここまでバカップル……というかただのバカになるとは。望月を嫌いと言った由紀はどこに行ったのよ」

「……朔夜なんて嫌いだし」

「その距離感で言われても説得力ないって」


 むぅ、と由紀は不覚そうに口をとがらせる。

 ぶっきらぼうな委員長だがどことなく嬉しそうだった。本気で俺たちを心配してくれていたのだろう。関係の進展を誰よりも喜んでくれた。


「あ~あ、みんなのアイドルの由紀がついに陥落ねぇ。もう金魚の糞って言えないじゃない。望月が夜道で刺されなきゃいいけど」

「委員長、最近そういうドラマ見たのか? ドロドロ系」

「み、見てないわよ……」


 露骨に目をそらされる。あまりにもわかりやすい性格だった。


「陥落してない。朔夜はずっと金魚の糞」

「……由紀、またくっついてるの気づいてる?」


 はっとして距離をとる。さっき離れたばかりなのに、無意識のうちにくっついていた。


「さ、朔夜が私のこと好きって言うから仕方なくくっついてるだけ。私は別に」

「別に?」

「…………」


 委員長に問いただされると拗ねたように押し黙る。正面から目を見られると嘘をつけない性格だった。


「ま、いいけどね。あたしははよくっつけって思ってたし。おめでとう、二人とも」


 微笑には揶揄でもからかいでもなく心からの祝福が込められていた。優しさに胸がじんと熱くなる。俺と由紀がくっついたという噂はすでに広まっており、朝から不躾な視線をずっと向けられていたので疲れていたのだ。


 ……いま考えればず~っとべたべたしてたから自業自得なんだけど。


「ありがとう美緒」

「色々大変でしょうけど頑張んなさいよ」


 委員長の視線が一瞬ソラの方を向いた。新しくできた友達と弁当を食べている。

 ソラとはまだうまく話せないままだ。今日の登校も別々だった。


「あまり気にしないことね。あんたは悪くないんだから。悪くないのに謝っても余計こじれるだけよ」

「……ああ」


 誰が悪くなくても、世界の歯車がかみ合わなかったらギシギシと嫌な音を立てる。

 どうにもそれを取り除くのは難しかった。

 今度こそ時間が解決してくれるのだろうか……。




 



 定期テストは散々だった。よほどでなければ留年どころか追試にすらならないこの学校だが、あと一点低ければ追試だったぞと釘を刺されたほどだ。勉強しようと思っても由紀とのことを思い出して手がつかなかったのが原因である。


 しかし由紀にはチクチク言われなかった。成績を落としているのだ。常に十番以内をキープしていたのに今回は三十四番。恥じたように肩をわなわな震わせていた。


 週末に予定していたお疲れ様会は残念会に変更された。まあ、会と言っても参加者は二人だけだし、集まるのも俺の部屋なのでいつもと変わらないのだが。


 冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきた由紀がコップに注ぐ。いつの間にか望月家には由紀専用のコップができていた。


「じゃ~、期末テスト終了を祝してかんぱ~い」

「……完敗」

「イントネーションおかしくない? 完敗だったけども」


 由紀はわかりやすく落ち込んでいた。ぐいっとジュースを飲んで盛大にため息をつく。


「三十番でもすげえじゃねえか。俺なんか八百番くらいだぜ。下に十人もいない」

「美緒に負けたのが悔しい」

「あいつそんな頭良かったのか……」


 ドラマばっか見てるくせに。なんか悔しい。

 仕事で失敗して荒れたおっさんのように由紀はコップを傾ける。酒ではなくジュースだが雰囲気で俺も酔っぱらった気分だ。


「負けたのは朔夜のせい」

「なんでそうなるし」


 抗議の目を向けられる。言わんとすることはわかった。由紀も俺も勉強していると互いを思い出してしまったのだろう。


「責任取って慰めて」

「はいはい……」


 どういう理屈だよと思ったがすり寄ってくる由紀を抱きしめる。俺も由紀も確実にバカになっていた。


 その体勢のままいじわるな問題を作った教師たちへの悪口大会が始まった。あのひっかけ問題は性格が悪いとか、逆にあそこは簡単すぎるとか。問題用紙とペンを広げて解説されたがあまり理解できなかった。いつものテスト後は涼し気な顔をしている由紀がここまでムキになるのは珍しい。それほど精神が参っているのか、俺に甘えてくれているのか。


「テストも終わったんだし楽しいこと考えようぜ。クリスマスイブの予定とか」


 わけがわからなくなったので話題を変えた。


「楽しみにしてる」

「全投げかよぉ~。希望とかないのか?」


 クリスマスデートとかしたことないから全くわからない。とりあえずラーメン屋に行くのだけは避けようと思ってるくらいだ。


 イルミネーションを見ても由紀は喜ばないだろう。他の選択肢はディナーくらいしか思いつかない。だがこの前のデートでさえ夕飯は家で食べる由紀を誘うのはなんとなくはばかられた。


「特別なことはしなくていい。ただ、朔夜さえいれば」

「せっかく初めてのクリスマスだぞ? もう二度とないんだぞ?」

「そんな贅沢はしなくても」

「俺がしたいの! クリスマスって特別じゃん。もったいないじゃん」


 由紀は「しょうがないなぁ」と笑った。


「なら期待してる」


 いじわるな笑みを向けられる。甲斐性を試されている気分だ。

 ――意地でも完璧なプランを立ててやる。

 それこそあの百万の指輪とか……いやだからあれは婚約指輪なんだって。無理だって。





 俺のスマホを二人で覗き込み、デートプランを立てていると親父が帰ってきた。時間的にもそろそろお開きだ。本当に二人でくっついて話しているだけで一日が終わっていた。


 遊びに行っていたソラも帰ってきた。由紀の靴に気づいたのかそそくさと自室に入っていく音が聞こえる。二週間たってもまだ二人は一言も会話をしていない。雪解けには時間がかかりそうだ。


「じゃあバイバイ」


 由紀は靴をはいて立ち上がる。


「ああ。クリスマス、楽しみにしとけよ」

「二十四日だけだけどね」

「サンタクロースが来るのはイブの夜だろ」


 恋人はサンタクロース、だからな。プレゼントも考えておかなきゃ。

 由紀はふっと微笑んだ。


「じゃあね、朔夜。テストお疲れ」


 由紀が出てパタンと扉が閉じられた。祭りの後の静けさが満ちていく。キッチンから聞こえてくる料理の音が妙に寂しくて自室へと戻った。特にすることはないんだが……。


「って、あいつペン忘れてんじゃん」


 テストの解説に使ったボールペンが落ちていた。由紀がこんなうっかりをするなんて珍しい。

 夕食まで時間もあるし、運動もかねて由紀の家まで届けるか。

 次に会ったときでいいはずだが由紀に会いたかったのだ。家族がいるのに声が聞こえないこの家にいたくなかった。


 義足を装着し、コートを羽織って外に出る。この足ではどうせ追い付けないのでせめて転ばないようにゆっくり歩く。外は大分冷え込んでいて、由紀のぬくもりが恋しくなった。


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