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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
四章 恋する少女は手をつなぐ
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二十六話

 センター・シティーはクリスマス色に染まっていた。イベントスペースにはクリスマスツリーがでかでかと飾られ、そのてっぺんには大きな星が光っている。モール全体にクリスマスの定番曲が流れて楽しげだ。イルミネーションで彩られた外壁も入るときに見えた。


「もう十二月だもんなぁ」


 入院期間中に十一月は終わっていた。たった三日だがこうも劇的に変わると世間に取り残された気分になる。

 この町はどこか忙しない。中途半端な都会であった。


「ハロウィンが終わったら企業はクリスマスモード。そういう商戦」

「夢がね~なぁ」


 由紀は妙なところで現実主義者だ。イルミネーションを見たら「わ~きれ~」と言うのが女子高生の作法だと思うが、「電気代高そう」と呟いていた。


「クリスマスくらい頭空っぽにしようぜ? ほら、サンタクロースには何もらうよ」

「なにも。高校生だし」

「そうかぁ? まあ俺も去年は諭吉だったけど」


 さすがに靴下に入っていたわけじゃなく、親父から直接手渡された。

 別に金が欲しい訳じゃないんだけどな……。


「クリスマスだから贅沢しないといけないわけじゃない。いつもと変わらない」

「うわ、うわ、うわ。女子高生としての尊厳を捨てるなよ」

「捨ててない。今年は……朔夜がいるし」


 さらにぎゅっと強く手が握られる。互いの感触を確かめ合うために手袋もしていないのだ。縋るような熱が伝わってくる。


「……一緒に過ごそうな。約束だぞ」

「でもイブだけ。二十五はいい」


 由紀の親父は忙しく、あまり家に帰ってこない。しかしクリスマスだけは必ず休みをとり、月下家の家族の日なのだそうだ。恋人ができても由紀が家族をないがしろにするはずがなかった。


「クリスマスプレゼント、なにか欲しいのはあるか? 今ならなんでも希望を聞くぞ」


 本当はサプライズであげたかったが、今朝の髪のように黙ってすると地雷を踏みそうだった。


「朔夜の期末の成績」

「ごめんなさいなんでもは言いすぎました勘弁してください」


 いじわるな笑みを向けられる。期末テストは来週だ。もとより成績を気にしてないので直前に勉強すればいいやくらいに思っていた。


 由紀はデートなんてしているが、多分これでも一桁順位は固いだろう。中学では常に一番だった由紀は、中堅である朝雪高校ですら役不足なのだ。本来はもっと上を目指せる。恐らく、俺に合わせてくれた。


「なんでもいい。朔夜が考えてくれたなら」

「なんでもが一番困るって母ちゃんに言わなかったのかよぉ」


 と、話しているとお目当ての店に着いた。きらびやかなモールに反してシックな濃い茶色の店だった。小さな丸看板には黒猫とコーヒーカップが描かれている。


「ここって……」

「ここでいいか? 喫茶店だけど」


 由紀は目を見開いて俺と中を交互に見比べた。庶民派のショッピングモールに対して、ここはいかにも高級感が漂っていた。


「朔夜はいいの? ごはん少ないと思う。それに私、そんなにお金ない」

「別に大食漢じゃねーし。あと俺のおごりな。由紀はコーヒー好きだっただろ。好きなだけ頼め」


 反論される前に店に入る。店内も木材風の茶色で統一されて雰囲気作りが徹底されていた。軽快なジャズが心地よく流れ、深みのあるコーヒーの香りが漂ってくる。

 席に着いた由紀はそわそわと不安そうだ。


「私たち、場違いじゃない?」

「むしろぴったりだろ。自信持てって」


 毅然とした由紀の上品さはどこに出しても恥ずかしくない。それに加えて飛びぬけた美少女なのだ。適度に飾る服装も、にじみ出る気品も、何もかもがマッチして絶妙に映えていた。


 だから少し意外だった。こういう場に物怖じしないと思っていたのだ。月下家はあまり裕福じゃないから慣れていないのだろうか。


「でもサラダだけで……」


 メニューを見ると確かに高かった。インターネットで確認したときには目が飛び出たものだ。今見ても震えるが、覚悟を決めてきた。


「金は持ってきたから。むしろ値段見るな。初めてなんだからこれくらいいいだろ」


 自分で稼いだ金ではないので胸ははれないが、今日くらいは見逃してもらいたい。

 由紀はむ~、とメニュー表を睨みつけていたが、決心したのかコーヒーセットを頼んでいた。一番安いやつだ。俺も同じものにした。


 しばらくすると料理がやってきた。スタンダードなパンとサラダにパンケーキ。あとは食後のコーヒーだ。見た目は簡素だが焼きたてのパンはふわふわで甘く、サラダも家で食べるものとは別次元でうまかった。パンケーキの味が二人で違ったので食べ比べにあ~んをしようと提案したが病院のことを思い出した由紀に却下された。まあ、俺も本当にする気はなかった。


 コーヒーの良しあしなんて俺にはわからないが、由紀は幸せそうにすすっていたのでうまいんだろう。優しく微笑む由紀を見て俺も嬉しくなった。


「いいところだよな、ここ」


 由紀は感心したようにうなずいた。


「朔夜が見つけるとは思わなかった。生意気」

「ひっで~」


 たしかに途中まではファストフードでいいかと思っていたが。


「また来ようぜ。来年になったら」

「……来年のことを話すと鬼が笑う」


 由紀は目を伏せた。実感がないのだろう。俺たちが付き合ってから一週間もたっていないが、それは何年にも思えるほど濃密な時間だった。これから何週間、何カ月、何年と由紀と一緒にいるのは想像がつかない。


 一生こんな時間が続けば幸せなんだろうな……。


 ミルクと砂糖たっぷりの甘いコーヒーには幸せの味がした。味わい方は知らないが、丁寧に噛みしめた。

 食べ終わって席を立つと「やっぱり私も出す」と財布を出したので強引に押しのけて会計をする。


「ごちそうさま。ありがと」


 店を出ると申し訳なさそうに言われた。


「そこは払ってもらって当然くらいにふんぞり返っとけって。男に見栄をはらせろ。遠慮する暇があるなら少しでも笑え」

「……うん」


 再び手をつないで歩き出す。昼飯を食べて体温が上がったからだろうか。さらに温かく感じた。





 ここからのプランは三つあった。まず映画プラン。しかし上映中の映画一覧を見た由紀の反応が芳しくなかったのでやめにした。次にゲーセンプラン。しかしゲームがドヘタな二人では盛り上がらないと判断してやめにした。


 採用された三つ目の計画は「とりあえず歩く」。通称ウィンドウショッピング。

 歩くという行為そのものに抵抗のある俺にとって、目的もなくさまようのは理解の難しい概念だったが、かといって他にすることはなかった。日曜日の人込みに流されるままゆっくりと歩いて行く。


「服屋ばっかりじゃねーか」


 専門店の立ち並ぶ通りを歩くと改めて思った。女性客の多い場所ではあるが、よくこれだけライバルがいて潰れないのが不思議だ。俺には全部同じに見える。


「服、買う?」

「買うならズボンだけど……いいや。試着があれだし」


 義足を装着したままズボンをはくのは難しい。足首が曲がらずつっかえるし、膝の部分もうまくいかないことが多い。しかも試着で破きかねない。一度破いて店員に怒られたが、俺の義足を見るなり態度を翻してむしろ謝られた。明らかにこちらが悪いのに弁償も受け付けてくれなかった。それ以来、馴染みの店以外では買わないようにしていた。


「じゃああっち行こ」


 気を遣ったのか手を引かれて服屋の通りを抜けた。今度は小物や雑貨、アクセサリーを中心に店がひろがってる。服屋ゾーンとの境界線になぜかランジェリーショップがあった。そこに入っていく大学生のカップルがいたが気にしてはいけない。俺らもいずれはああなるのかなと妄想してはいけない。


「朔夜、見すぎ」

「みみ見てねぇし! 全然興味ねーし!」


 じとーっと睨まれる。下心を見抜かれないかと焦って目が泳いでしまった。

 だってさ! 意識するじゃん! 彼女ができたらさぁ!


「ほ、ほら行くぞ。あそこに入ってみようぜ」


 口をとがらせる由紀を無視して誤魔化すように手を引き、近くの雑貨屋に入る。

 中は乱雑だった。スペースのわりに棚が多く通路が閉塞感がある。棚には所せましと商品が並んでおり、その統一性が薄いので目に入る情報量がとにかく多かった。


 全体的には南米のような雰囲気で、どこかの民族のような旗が飾られていた。商品もブラジルの露店で買ってきたと言われて通用しそうなアクセサリーが多い。しかし流れている音楽は流行りのアーティスト。若者の好きなものをすべて詰めこんだとばかりにカオスな空間になっていたが、ミスマッチさが逆に独特の味になっていた。


「このネックレスなんかどうだ。独特だろ」


 男がアクセサリーをプレゼントするのが良いデートである、と昨日見た記事に書いてあった。木製のものを手に取って見せるが微妙な顔をされる。


「奇抜すぎない? それに私、アクセサリーはあんまり」

「む、確かに」


 由紀は飾らない。ミニスカートと気合の入りまくっている今日でさえアクセサリーはしていなかった。

 それは少し不思議だった。素材が良いのだから飾ればもっと良くなると思うのだが。


「由紀ってこういうのしないよな。興味ないのか?」

「それもあるけど、アクセサリーって贅沢品だから気が引ける」

「……そうかぁ? 女の子なんだからもう少しおしゃれに金をかけたって」


 手に取っているこれなんか千円もしない。服の高さを考えれば誤差だと思うが。


「金をかければいいわけじゃない」


 ふと思った。由紀からにじみ出る気品とは清貧ではないだろうか。飾らず驕らず実直に。美しさを誇示するわけでもなく、淡々と努力を積み重ねるからこそ人気があるのだろう。


 けれど強がりにも聞こえた。由紀の発言の是非は裕福な家に生まれた男子としては判断できない。


「例えばこのサングラス。五百円の安物だけど」


 由紀は俺の顔に乗せる。


「朔夜がかければ面白い。まぎれもなく変態」

「サングラスの感想に変態ってどういうことよ⁉」


 急いで近くの鏡を見るとふちがピンクのハート型サングラスだった。街中でつけている人を見かけたらドン引きするやつだ。


「……変態だ」


 納得した。由紀は声を殺して必死に笑いをこらえている。恥ずかしくなってすぐに外し、元の場所にしまった。


「くっそ、なら由紀はこれが似合うだろ」


 仕返しに近くにあったエプロンをとって首からかける。どうせ面白グッズだろと思って適当に手に取ったが、白と黒のチェック柄でフリルもついてあざとい可愛さがあり、完璧なほど由紀に似合っていた。例えるなら新妻。料理する姿の想像をかきたてる。後ろのひもを結ぶとボディラインが浮き出て思わず見とれてしまった。


「どう?」


 由紀も気に入ったのか上下のひもを結んで試着している。鏡で自分の姿を見ておずおずと訊いてきた。


「かわいい……です……」


 破壊力抜群の不意打ちに照れ隠しすらできなかった。俺が言うと満足したのかにっこりとこれまた強烈な笑みを浮かべて畳み始める。


 反則だろ、それは……。


「買ってくる」


 即断してレジへと向かった。面白グッズまみれの棚の隣にあんな伏兵が潜んでいるとは思わなかった。恥をかかせるどころかカウンターパンチである。火照る顔をパタパタと仰いでなんとか熱を冷ました。


「おまたせ。行こ」


 買い物袋を手に提げてご機嫌に戻ってきた。手をつないで店を出る。俺も由紀も物欲が強くなく、何も買わない事態もあり得ると思っていたので、いい買い物ができて良かった。


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