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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
四章 恋する少女は手をつなぐ
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二十五話

「飯、食ってけばいいのに。シチューだぞ」


 意外にも親父は早く帰ってきた。久しぶりの我が家の晩飯。退院祝いのシチューの香りが漂ってきたところで由紀は「帰る」と席を立った。


「いい。ソラちゃんもいるし。それに、私はあの輪に入れない」


 由紀は寂しそうに目を伏せた。一瞬だけ由紀との間に壁を感じた。


「遠慮することないだろ。昔はよく一緒に食ってたじゃねえか」

「お母さんも家で待ってるし。一人だけ食べられない」


 由紀の父親に土曜日の出勤はなかったはずだ。休日の夕飯は貴重な一家団欒なのだろう。邪魔するのも気が引けた。

 階段を下りて玄関まで見送る。


「家まで送ろうか? 日が落ちるのも早いだろ」

「その足じゃ一人で帰れないくせに」

「由紀の家くらいなら余裕だっつーの。リハビリの散歩も兼ねてと思ってな」


 由紀は力なく首を振った。


「いい。こないで」


 声量こそ小さかったが、明確な拒絶の意志がある。少し驚いた。てっきり甘えてくると思ったのだが……。


「そうか。でもいつか挨拶しないとな。またあの親父さんにどやされるかも」

「……」


 由紀の親父は厳しい。高校生で彼氏を作るなんて許さんと言われるのがありありと想像できた。交際を反対されるのを心配してか由紀は沈痛な面持ちである。


「また明日。楽しみにしてる」


 すっと静かにドアを開けて帰っていった。まるで自分は場違いだというように。

 悲しそうな横顔が妙に印象的だった。







「……わからん」


 クローゼットの前で三十分以上うなっていた。遠足前の小学生のように早起きしたがこれではギリギリである。


 そもそも俺は服の種類が少ない。義足ではけるズボンが極端に少ないし、金属部にすれてすぐダメになるので耐久性が必要だ。安物のズボンにお高いトップスを着てもアンバランスなだけ。こんなことなら服屋の店員にアドバイスをもらっておけばよかった。


 悩んだ末にいつもの白服にシャツを羽織り、下はジーパン。

 デートらしくないとツッコまれたらなんと言い訳しようか……。

 せめて髪を整えようと洗面台へ向かう。


 扉を開けるとソラがいた。


「あ……おはよ、ソラ」

「ん? う~ん」


 歯磨きをしながらふごふごと返す。うがいを終えるとじろじろ俺を見た。

 距離を感じていたのは気のせいだったのか、遠慮のない視線だ。何かに勘づいたようにニヤリと笑う。


「今日のサクヤ、なんかキマってるね~」

「そうか? いつもと変わんねーって」

「いや~、服は一緒だけど気合入ってるよ。デートにでも行くの?」


 からかわれるようで答えたくなかったが、嘘は見抜かれそうだ。


「ああ。ちょっとショッピングモールまでな」


 昨夜にたてた予定だ。映画館もあるので最悪そこで時間をつぶせる。


「……そっかぁ。頑張ってね! 最初が肝心だよ」


 俺の背中を軽くたたいて部屋を出ていく。明るい声の元気な激励だったが、どこか無理をしているように見えた。はがしたと思っていた由紀の仮面はソラに拾われていたらしい。感情の底が見えなかった。


「って、なにネガティブになってんだ」


 鏡を見て髪を整える。まだ三回しか使ったことのないワックスをつけてみる。

 自分には自信のない俺だが、これで多少の見てくれはよくなるはず……。





「髪ダサい」

「即否定かよっ!」


 玄関を開けて入ってきた由紀の一言目がそれだった。予想の斜め下の反応にがっくりうなだれる。昨日の甘え由紀のイメージはすぐに消えて辛辣なのを思い出す。


「いやもっとあるじゃん! 不慣れっぽいけどかっこい~とか!」

「悪化してる。センスのかけらもない」

「もうちょっと歯に衣着せろぉ~!」


 初デートなのにこの遠慮のなさである。初々しさはどこ行った。


「服と顔が悪いのに頭だけセットしてもバランスが悪い。勘違いした田舎少年みたい」

「……俺、彼氏だよね」


 ボコボコである。ストレートに顔が悪いって言われたし……。


「つ~かそんなに悪いか? ちょっと髪を立てただけじゃん」


 そんな冒険したわけじゃない。野暮ったい前髪をあげて全体的に立てたくらいだ。

 抗議をすると由紀は照れたようにうつむいて、


「もともと私好みにしてたもん」

「由紀好み……って、あ、そっか」


 髪を切るときは由紀と手をつないで行く。美容師への注文に横から口を出しているのだ。

 いつの間にか由紀の好みに仕立て上げられていたのか。


「ちょっと落としてくるわ……」


 暴走した自分を恥じて洗面所に戻ろうとするとがしっと腕をつかまれた。

 振り向くとほんのり頬を赤くして目線をそらされる。


「別にいい。時間ないし。気持ちだけもらう」

「いやでも、隣で歩くんだし」

「いい。……それはそれで、悪くない」


 声がだんだん小さくなる由紀を見て背中がくすぐったくなった。素直にほめてはくれなかったが、赤くなった顔が雄弁に語っている。


「……そうか。じゃあ行くか」


 こそばゆい思いで靴を履く。立ち上がろうとしてつないだ由紀の手は汗で湿っていた。

 歴戦の幼馴染なのか、付き合いたての恋人なのか。どっちつかずの空気感のままで俺たちは家を出る。十年で積み重なった関係性は簡単には崩れず、けれど着実に変化していた。


 外見も今までとは違う。俺が服に悩んだように、由紀もまた一目見て気合の入った服装だった。白のセーターにマフラー……そして、ミニスカート。


 制服のスカートすら折り曲げず、飾らないことで有名だった由紀が、ミニスカート。

 しかも冬である。生足が寒風にされされている。

 言及するべきじゃないと思いつつ、疑問を放置はできなかった。


「ゆ、由紀……そのー、なんだ。寒くないのか? それ」


 視線で言わんとするところを察してくれたらしい。不敵に笑った。


「女の子の意地」


 ぎらりと目が光る。服は寒そうだが、瞳の奥はめらめら燃えている気がした。


 ……もしかして由紀、俺の三倍くらい気合が入ってる?


「似合ってるぞ。すげえかわいい」

「……ありがと」


 照れたように頬を赤らめる。

 つい口から出た感想だが、もしかして由紀にかわいいと言ったのは初めてかもしれない。変わっていく関係がもたらした言葉だった。


「そ、それよりどこいくの」

「センター・シティーに行こうかなって。あそこなら歩きやすいし」


 雪宮町で最大のショッピングモール。センター・シティー。ショップはもちろん、映画館にイベントスペースなどすべてがある場所だ。最近できたのでバリアフリーにも力が入っており歩きやすくお気に入りの場所だった。最寄りのバス停から乗り換えなしなのも大きい。


「ついたらまずは飯だな。今日は俺のおごりだ」

「じゃあ焼肉」

「……もう少しデートっぽいとこ選ぼうぜ」


 やってきたバスに乗り込んで二人席に座る。ぴとりと由紀の肩と足がくっついた。今まで二人席に座ってもわずかな隙間が開いていたので、数センチの差が何かを変えていた。


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