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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
四章 恋する少女は手をつなぐ
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二十三話

 意外にも三日ほどで退院できるらしい。

 事故の際に頭を打ったらしく検査に時間がかかったが、特に異常は見つからなかった。義足が壊れて仮義足になってのと、腕の骨にひびが入ったくらい。本来なら左足がつぶれて大手術になるところらしい。なんとも皮肉な診断である。


 新しい義足にもすぐ慣れた。リハビリも全く問題がなく、看護師に「たくましいねぇ」と呆れられた。

 入院中の三日は色々な人が見まいに来てくれた。親父に母ちゃん、クラスメイトなんかもだ。一緒に来た拓海と委員長は似合わないフルーツセットを持ってきたので噴き出してしまった。拓海いわく「気遣いがモテるコツ」らしい。ほとんどへらへらしていたが、本気で俺たちを心配してくれていたのか入ってきたときは大きな安堵のため息をついていた。由紀との仲が回復したのも二人のおかげなので深々と頭を下げてお礼を言うと、売店のメロンパンを要求された。感謝していたので素直に財布を差し出した。


 もちろん由紀も来てくれた。来てくれたはいいのだが……。


「……お前、学校は?」


 朝から晩までずっと病室に居座っていた。おかげで見まいに来る人と鉢合わせて混乱される。五時を超えるとさすがに帰るが、昼間から学生服の人がいると病院では浮いていた。


「創立記念日」

「それ五月だし。別に休みになるわけじゃないし」

「……お父さんの葬式で忌引き」

「じゃあ葬式行けよ薄情な娘だな」


 ベッドの隣にパイプ椅子を持ってきて一日中読書をしている。会話は少なかったが不思議と居心地がよかった。


 学校を休ませたくないので口では帰れと言うが、正直なところ嬉しかった。入院生活は退屈で取り残されているような気分になる。前回の入院で傍に誰かがいてくれるだけで安らぐと知った。


「朔夜の面倒みないといけないし」

「看護師さんがやってくれるってば。着替えもトイレも一人でできるし」

「すぐデレデレするし」

「してないから! ナンパしてんの拓海だけだから!」


 じとーっと睨まれる。美人な人が多いのは事実だが……。

 コンコン、と病室の扉がノックされた。


「笹岡です。入りまーす」


 返事を待たずに看護師が入ってきた。二十五くらいの女性。俺の担当だ。


「あら~、また彼女さん来てたの? 羨ましいなぁこいつぅ~」

「俺の自慢ですから」


 胸を張って答えると笹岡さんはぶすーっと口を尖らせた。


「なんだよぉ。高校生ならもっと照れろよ~」

「照れたらからかってくるじゃないですか」

「からかいたいのわたしはぁ~。おねーさんをときめかせてよ」


 しょんぼりと肩を落とす。面倒くさい人だが注射を一発で成功させるので文句は言えない。

 由紀は恥ずかしいのか顔を赤くして本に目を落としていた。笹岡さんの見えないところでがすがすとベッドを蹴ってくるので振動が響いて痛い。ちらりと抗議の視線を向けてきた。


 ……だって、由紀を自慢しない方が嫌味じゃん。


 自分には自信がないが、由紀には胸を張って最高の彼女と言えた。幼馴染の時間が長すぎたせいか付き合っている実感はあまりない。からかわれるとむずむずするが、恋人になれたのだと再確認できた。

 笹岡さんがてきぱきと採血など諸々の検査を終えると昼食が出てきた。


「一人で食べられる? 食べられない? そっかぁ、じゃあ彼女さんにあ~んしてもらわないとね!」

「何も言ってないですし。一人で食べられますから」

「照れんなって~」


 ニヤニヤといやらしい笑みを残して去っていった。徒労感が押し寄せる。


「あの人は……」


 呆れつつスプーンをつかむ。出血を抑えるための包帯は七割以上とれていた。

 いただきますとスープを飲もうとしたところで由紀の視線に気が付いた。本の上から目だけを出して俺の手元をじっと見つめている。むくれた子供のような目だった。


「なんだ、由紀も食いたいのか? 下に売店があるぞ」

「ん」


 右手を伸ばしてきた。その先は俺のスプーンに向いている。

 な、なんなんだ……?


「ん!」


 さらに目力を強くして手をぐいっとよこしてくる。

 強気な態度とは裏腹に照れたような態度だ。僅かに見える頬は紅潮している。


「食べさせてやる……ってこと?」


 こくんこくんと二度うなずいた。マジかよ……。


「一人でも食べられるぞ? 骨にひび入ってるけどそんなに動かさないし」

「うるさい。早く」


 有無を言わさぬ押しの強さだ。こうなっては逆らえず、しぶしぶとスプーンを差し出す。心臓が高鳴り始めた。


「……あーん」

「……」


 じゃがいもをすくって差し出される。緊張しているのか由紀の声は裏返っていた。

 恥ずかしさが伝染するように筋肉が硬直する。


「食べてよ」

「いや……うん……」


 由紀がここまでしているのだから、と自分に言い聞かせてパクリと食べる。

 病院食は味付けがうすいからか、味はまったくわからなかった。

 たった一口でお互いしゃべれなくなり目をそらす。顔が熱くなっていくのを自覚した。


 恥っずぅぅぅぅぅ……。


 とても人には見せられない。だらしなくゆるむ口元を必死に隠した。


「じゃ、じゃあ二口目」

「おう……」


 今度はスープの人参を食べる。


「おいしい?」

「病院食にうまいもくそもあるか」

「私の弁当と比べたら?」

「そりゃ、比べるまでもないだろ……」


 好きな女の弁当なんてプライスレスだ。どれだけ大金をはたいても買えないかもしれないのだから。


「そっかぁ……」


 ふふ、と由紀は見たことないほど口元を緩ませて笑った。万輪の花が一斉に咲いたような笑顔に釘付けになる。


 幼馴染では見られなかった表情。恋人である俺だけが見られる顔。

 見た瞬間、何かに満たされたような感覚になる。

 あのまま……公園の告白で、すれ違ったままでは手に入らなかった風景だ。

 痛くて、苦しくて、辛かったけれど、だからこそ俺たちは素直になれた。不要な言葉を切り捨てて素直な行動で由紀に想いを伝えられた。


 たまにはケガも悪くないかな……。


「じゃあ明日は弁当持ってくる」

「せっかくバランスを考えた病院食なんだからダメなんじゃね?」

「朔夜は食べたくないの?」


 誤魔化しはきかなかった。じとーっとした目で選択を迫られる。

 この部屋で、由紀の弁当を広げて、食べさせてもらう……。


 想像しただけで恥ずかしく――そして、嬉しかった。


「食べたいです……」

「じゃあ、持ってくる」


 ご機嫌に鼻歌を歌いだす。からかわれるだろうけど諦めた。さっき由紀を自慢した仕返しなのかもしれない。スプーンで白飯をすくって差し出される。


「あーん」


 そろそろ慣れてきてぱくりと食べる。ただの白米が少しだけ甘く感じた。

 窓から入り込む風が優しく頬を叩き、白いまぶしさが病室を満たしている。慌ただしい病院の中で、この部屋だけは穏やかに時が進んでいく。


 そうして由紀に食べさせてもらい、七割ほど減ったときだった。


「笹岡入りまーす。そろそろ食べ終わった?」


 ノックもせずに看護師さんが侵入してきた。いつもより時間がかかっていたのだ。

 差し出された由紀のスプーンを見て、にんまりと笑顔を向けてくる。


「あ、いや、これは……」


 俺は口を開けた態勢のまま固まった。


「や~青春だねぇ。おねえさんにゃまぶしいよ。邪魔してごめんね! また来るから」

「もう来なくていいから! さっさと食べるから持って行ってぇ~!」


 とりあえずあ~んは禁止になった。少なくとも人のいる場所では。


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