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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
三章 恋する乙女は空回り
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二十二話

 目を覚ますと白い天井があった。

 いつもとは違う、けれど見覚えのある部屋だ。上体を起こすと消毒液の匂いがつんと鼻につく。六年前の入院生活を思い出した。


「病院……」


 すでに消灯したのか部屋は真っ暗だった。ベッドの横には様々な測定機器が並べられ、俺の身体にいくつものコードが伸びている。俺の身体はそんなに悪いのかと不安になった。


 完全個室らしくベッドは一つだけ。かなり広い部屋だった。交通事故ならば入院費は相手に請求できるが、個室料は贅沢なので自己負担になる。親父が気を遣ったのだろう。


 俺の身体にはあちこちに包帯がまかれ、さながらミイラのようだった。だが意外にも痛みはなく、自由に動かせる――と調子に乗って腕をあげたら激痛が走った。あれだけもろに跳ね飛ばされたのだから当然だ。


 足にも包帯はあったが痛みはなく、義足は外されていた。ただけがをしているからか右足が重く感じる。


 ――そのとき、存在しない左足と病院の景色が重なった。


 ピ、ピと連続的な機械音。消毒液の匂い。消灯して薄暗い部屋。さらさらしたベッドの手触り。

 なにより、一人ぼっちの個室。

 失ったはずの左足に激痛が広がる。ムカデが骨の中で暴れまわっているような感覚に身をよじる。あまりの辛さにうめき声が声にならない。


 六年前と同じ暗闇に閉じ込められていた。外では駆け抜けるように時間が過ぎていくのに、ベッドに座っているだけの俺はそれに取り残され、世界から置いて行かれる。お荷物のように人の手を借り続け、そのくせ自分は何もできなくて――


「――朔夜?」


 声は右足の付近から聞こえた。由紀が俺の右足に寄りかかって寝ていたのだ。

 足が重さから解放される。だが左足の痛みは止まらない。なにせ存在しないのだ。切り落としてもなお苛み続けている。


 それを察してか由紀は慌ててペットボトルを取り出し渡してきた。最小限の動きで受け取って一気に飲み干す。それでも痛みはおさまらず、呼吸が荒くなる。


「大丈夫。大丈夫だから。私がここにいるから」


 落ち着けようと由紀が背中をさする。それが優しくて、なにかに縋りつきたかった俺は身を乗り出して由紀の肩にしがみついていた。すると由紀も俺を受け止めるように手を回し、呼吸のテンポに合わせて優しく背中をさすってくれた。


 ――ひとりじゃない。


 伝わってくる体温でそれを理解した。混乱する頭を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。足の中のムカデは次第におとなしくなっていき、しばらくすると痛みはひいていった。


 呼吸が整うと病室は静けさを取り戻す。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりが俺たちを照らした。街から離れた病院なのだろうか、ちらっと見える月は優しい明かりだった。


「痛くない?」

「ああ。平気だ。ありがとな」


 それでも由紀は振りほどこうとしない。俺も離れたくなかった。辛い時は、そばにいるだけで心が安らぐから。


 互いの存在を確かめ合うように強く抱きしめる。温かな体温が心に入り込んでくるようで、孤独の氷を溶かしていく。抱きしめるだけで色々な壁があっけなく崩れていく気がした。


「……怖かった」


 耳元で由紀がささやく。小さな声だが詰まった感情はあまりに複雑で重く耳に響いた。


「今度こそ……朔夜が消えるんじゃないかって」


 事故にあうのは二度目だ。一度目も由紀の目の前で轢かれた。そのときのトラウマを思い出したのか肩が震えている。俺はさらに強く抱きしめた。


「どこにも行かねーよ。俺は。由紀も無事でよかった」

「……うん」


 頭をなでてやる。小さい頃はこうすると落ち着いたのだ。違うのは髪が長く美しくなったことと、俺の心臓がどきどきしていること。昔は何気なくやっていたことにも、高校生となった今では別の意味が付与される。


 俺の肩に雫が垂れる。直接は触れていないが、由紀の想いのすべてが込められているようで、とても熱く感じた。


 六年前に目を覚ました時もこんな感じだった。俺は白い部屋で片足がなくなっていて、けれど悲しむ暇もなく泣きじゃくる由紀を必死になだめていた。


 あれから時間が経っても、俺たちはまだ幼馴染のままで。


 どんなに喧嘩をしても、嫌いと言われても、運命に導かれるようにこの部屋に戻ってきて、また昔のように抱きしめあう。何も変わっていないように見えるが、やはり六年の年月は重く、昔とは変わった感情があった。


 多分、それは由紀も同じ。この温もりからすべてが伝わってくるようだ。

 仮面に包まれてまったくわからなかった由紀の想いがここにある。

 結局のところ、言葉では足りなかったのだ。どんなに言葉を尽くしても意味がない。たった一度抱きしめあうだけでよかったのに、随分と遠回りをした。


「おかしいよね、私」

「そうかぁ?」

「朔夜なんて嫌いなのに。なのに……なのに……」


 由紀の手が緩み、俺たちは顔を合わせた。月明かりに照らされた涙はどの宝石よりも上品で美しく輝いていた。


 潤んだ黒の瞳は魔法のように俺の視線を引き付ける。身体を乗っ取られたかのごとく、青白く照らされた頬に手を添えていた。


 夜闇の瞳に引きずり込まれていく。由紀が涙をにじませつつ目をつぶり――


 唇を合わせた。


 一瞬で離したはずなのに永遠にも感じられた。


 再度顔を合わせると、由紀は涙をこぼしてはにかんだ。


「こんなに、好きなんて」


 心にじんわりとにじむ。

 百点満点の笑顔を前に、俺も笑った。


「ああ。俺もだ」


次回から四章です。三話連続で短かったので同時投稿しました。

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