二十話
「――お前、まだ自分が義足だから好かれるはずないとか思ってんのか?」
「……」
拓海に問われて自分の心を見つめるも答えは帰ってこなかった。
わからない。由紀が俺を好いてくれるのは納得したが、ソラにまで好意を寄せられる理由は謎に包まれている。
「ソラちゃんはお前のこと、好きだよ。美緒が追いかけたのが答えだろ」
「そうかもしれんが……」
可能性はあると思っていた。初対面から抱き着いてきたし、委員長にも言われていた。
だが実感がなかった。来た当初は男として意識されていたとは思えない。平気で下着を触らせるし、裸を見られても動揺しなかった。
それにソラは美少女だ。愛嬌もあってクラスでの人気も高く、誰からも好かれるタイプなのだ。そんな人が俺を選ぶとは思えなかった。欠けていて、一人前のこともこなせない俺なんかに……。
「朔夜のその癖、治らねーよな。義足で嫌われるから、お荷物だからって人助けに固執しすぎだ。もう少し人の好意を受け入れろ」
そう言われても、俺は社会にもたれて生きている。
一人では登下校すらできず、周りに迷惑をかけてばかり。その恩を返さなければいつか見放されてしまう。
「ネガティブ思考はやめろ。お前はお前であるだけでいいんだよ。評判ばかり気にしてビクビクすんな。金魚の糞がなんだってんだ」
「そりゃ拓海だから言えるんだって」
多くの人を敵に回しても我が道を貫くのが拓海だ。俺とは正反対である。
俺の反論に拓海はムッとした。
「だいたい金魚の糞を悪口として言ってんのは他クラスの奴だけだろ。朔夜のことをな~んも知らんやつらじゃねーか」
「クラスの奴も言ってるってば……」
あの言葉を思い出す。喉の奥をちくちくと刺激するような痛みだ。
「そりゃ悪口じゃなくて冷やかし、祝福だろ。そんなのもわかんないからお前は」
「う……」
反論できずに言葉がつまる。
その時、教室の扉ががらりと開いた。
「ごめん、遅れた」
由紀が奨学金の手続きから帰ってきた。長くなるから教室で待つように言われていたのだ。これ以上学校に残る理由もないのでそれぞれ鞄を手に取って解散ムードになる。
「(朔夜、わかってるな)」
拓海に耳元で念を押される。わかってるよ、と目で返した。
由紀の作るバリアに入り込むように一歩踏み込んだ。
「ゆ、由紀。帰りに街によって行かないか」
「ごめん、早く帰らないといけない」
「そう言わずにさぁ~。別に遅くはならないって」
由紀は申し訳なさそうに自分の腕をきゅっとつかむ。
「そもそも何するの」
「な、なにってえ~とそりゃ~」
考えてなかった。
デートだからカラオケとかだろうか。でも普通の場所では行ってくれる気がしない。
「あ……由紀、帰ってたのね」
悩んでいると委員長とソラも戻ってきた。何があったのか二人とも目に力がなく、遠慮がちに由紀から距離をとる。由紀もすっと目線をそらし、互いに避けあう重苦しい空気が流れた。風でふわりとゆれるカーテンもどこか重たい。
「そ、そうだ、義足のメンテナンスが必要なんだよ。手続きのために役所までついてきてくれねえか」
苦肉だが悪くない案だった。断っては俺に危険が降りかかるかもしれないので由紀は断れない。責任感の強さを利用した卑怯な手だがついてきてくれるならなんでもいい。
義足には補助金が出る関係で修理するにも役所の面倒な手続きがいるのだ。
「……わかった」
わずかな葛藤の後、観念したように由紀は手をつないだ。
小さくガッツポーズ。これをデートと呼ぶかは微妙だが、誘えただけで良しとしよう。
俺と由紀は鞄をとって歩き出す。
「……頑張って来いよ」拓海が難しい顔で言う。
「役所に行くだけだっつーに」
目が「覚悟を決めろ」と言っていた。激励に力強くうなずく。
教室を出ようと扉に手をかける。
――その時、空いた右手が柔らかいものに包まれた。
「サクヤ……」
ソラがうつむいたまま俺の手を握っていたのだ。目元は見えないが、紅潮した頬には細い涙の筋が通っている。
時が止まったように動けなくなった。両の手を握られて歩けないのもあるが、それ以上にどうすればいいのかわからない。肩を震わせるソラは今にも消えそうなほど儚く、何をしても壊れてしまいそうだった。
「あっ……ごめ……」
我に返ったソラは手を離して一歩遠ざかる。自分の行動に驚くように目を泳がせ、手を所在なさげに宙にさまよわせていた。
握った手は温かかったのに、その奥に潜む心は冷え切っているように見えた。
アンバランスで不安定な存在――
このまま由紀と行っていいのだろうか。俺がなんとかしなくては消えてしまうのではないか。人助けをするチャンスではないか。
――お前が好きなのは誰だ。
拓海の声が蘇る。顔をあげて見ると俺よりも辛そうに、身を裂かれているかのような表情で俺に訴えていた。
ソラは大切な友達だ。友達が傷ついて平気じゃないのは拓海も由紀も委員長も同じ。誰も傷つかないでほしい……。
でも、それでも、覚悟を決めなければいけないのだ。
つっかえる言葉を気道を圧迫して無理やりひねり出し――言葉のナイフを振り下ろす。
「ごめん、ソラ。俺は由紀と行くよ」
パリンとガラスが砕け散ったようにソラの顔から感情が消え失せていく。
深い海の底でたゆたうように沈んでいき、あまりの暗さに見えなくなる。
拒絶の意志はこれ以上ないほどはっきりと伝わってしまった。
「そう……」
ガラスの破片は俺の胸を刺す。心臓には返り血がびっちょりと付着して重かった。
何も言わず――これ以上何も言う資格がなく――踵を返して教室を出る。
その間、由紀は終始無言だった。




