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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
第二章 お姫様と王子様?
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十一話

 昼休みギリギリまで由紀は戻ってこなかった。話しかけられないまま放課を告げるチャイムが鳴る。すぐ隣にいるのに歯車がかみ合わないようなもどかしさに付きまとわれていた。


「由紀、ちょっといいか?」


 授業の終わりと同時に話しかける。俺を避けていた由紀だが、放課後は無視できないだろう。登下校は必然的に話さなければならない。


「なに」

「今朝のことで。俺、由紀に謝りたいと……」

「別にいい。あれは事故」


 いつものように無表情で淡々と言う。気まずい空気はなく、落ち込んでいるようにも見えなかった。


「いやでも、由紀泣いてたし」

「泣いてないし」

「え、いや、泣いて――」

「泣いてないし」


 きっと睨まれる。恐怖の大王は健在だ。ぶるりと震え、「はい」と服従した。


「あんなことは気にしない。……信頼、してるから」


 最後の一言をぼそりと付け加え、照れたように顔をそらした。

 ――信頼。

 なにより重い言葉だった。金属の足で支え切れるか不安になるほどの。でも、その重さは心地よかった。


「朔夜は悪くない。気に入らないけど、ソラも悪くはない。悪者はいない。だから、これでおしまい」

「……ああ」


 不自然なほど流暢な言葉だった。多分、昼休みに一人で練習したのではないだろうか。無表情の奥に隠れているが、勇気を振り絞った音が聞こえた気がした。


 そっけなかったけど、何より嬉しかった。


「だから帰ろ。今日は早く帰らないといけない」

「あ~、その前に保健室によっていいか? ソラが熱出したんだ。もしかしたら、一緒に帰らないといけないかも」

「……どういうこと?」


 訝しげに見てくる。事態を把握してないらしい。


「ソラが熱出したけど、親がこれないから帰れてないんだよ。だから俺が連れて帰らなきゃいけないんだが……」

「朔夜にはできない」

「そうなんだよなぁ。親父の帰りも遅いし……母ちゃんが電話に気づけばいいんだけど」


 そもそも帰ってきてるかすら怪しい。俺が出発するときに帰っていないってことは、病院に寝泊まりしている可能性もある。高校生の子供を迎えるために仕事を抜けるのは恥ずかしいし……。


「私にソラを送れと」

「まあ、そういうことになるかなぁ……」


 拓海も委員長も家は正反対だ。こんなことを頼めるのは由紀しかいない。

 図々しいお願いに対して由紀は不満げだ。


「私が泥棒ネコを」

「そんなこと言わずにさぁ~」


 げんなりとしている。しかし緊急事態なのはわかったのか、諦めたように手を差し出した。そこに俺の手を重ねる。


「ひとつ貸し。売店で何か買って」

「いいぞ。プラス漫画も貸してやるよ」

「それはいらない」


 面白いのに……。

 布教の成功を喜ぶソラの気持ちが分かったような気がした。




「ソラ、大丈夫か?」


 ソラは保健室で寝ていた。養護教諭に許可をとり、仕切られたカーテンの中に入る。

 俺の言葉で目を覚ましたのかもぞもぞと動いた。


「サクヤ? 授業は?」


 起き上がらずに言ってくる。まだ辛そうな顔をしていた。


「わり、起こしちまったか。授業は終わったぞ。親父は来れないから歩いて帰るんだけど、行けそうか?」

「うん、大分すっきりしたよ。まだちょっと寒いけど」


 もぞもぞと上体を起こす。口では強がっているが、顔は赤く、息も荒いままだった。だがいつまでもここにいるわけにはいかない。


「由紀が肩を貸す。上着は俺のを貸すよ。ちょっときちいけど歩いて帰るぞ」


 ふらふらとベッドから出るソラを由紀が支え、そのまま帰り支度をする。由紀は右手で俺を、左の肩でソラを支えなければならないので重労働だ。代わりに俺は二人分のカバンを持つ。ソラの分まで持てない身体なのが悲しかった。


「大丈夫かしら。やっぱりタクシー呼んだ方がいいんじゃない?」


 養護教諭が心配そうに言う。たしかに病人に歩かせるのは酷かもしれない。

 だが俺は反射的に「いえ」と申し出を断った。タクシーは負けという固定概念が染みついていたのだ。歩くのが辛い俺は近場でもタクシーを使いかねないので、自らに制限をかしていた。普通の人がしないことをしたくなかったのだ。そのせいで今回は視野が狭くなってしまったのだが。


 教諭にお礼を言って学校を出る。外には部活のかけ声が響いていた。ソラと由紀、二人の有名人が並んで歩いているが、みんな部活に夢中で声をかけてくる人はいない。

 辛そうなソラのペースに合わせてゆっくり坂を下っていく。由紀も体重を預けられてかなりきつそうだ。代わってやれないのがもどかしかった。


「ユキ……ごめんねぇ」


 ぽつり呟いた。その言葉がどんな気持ちで放たれたかはよくわからない。複雑な重みをもって耳の奥に響いていた。


「なにが」


 それを知らずか、それとも知らんぷりをしてか、由紀は無感動に返す。


「……なんだろうね? でも、ありがと」


 なはは、と誤魔化すように笑った。それきり会話は途切れ、遠くからのカラスの声だけが聞こえてくる。


 昼と夜の狭間の時間。オレンジに包まれた閑静な住宅街は不思議な雰囲気だった。まるで、この時間が永遠に続くかのように思えてしまう。


 秋の風は冷たく首をなでていく。夕方になると冷え込んでくる時期だ。だが由紀は額に玉のような汗をにじませていた。それでも一言も不満を漏らさずに歩き続ける。

由紀は俺と委員長以外に友達がいない。楽をしている無責任な立場の俺だから言えるのかもしれないが、必死に支える姿はなんだか嬉しかった。


 三十分ほどで俺の家にたどり着いた。すでに太陽は稜線の向こうに沈もうとしている。


「ありがとな、由紀」

「別に。朔夜のおもりはいつものこと」

「……ありがとな」


 照れたように由紀はそっぽを向く。いつものように悪態はつけなかった。


「じゃ、私は早く帰らないといけないから」

「ああ、また明日な」

「またね、ユキ……」


 ソラも弱々しく手を振る。それを見届けた由紀だが、手を振り返すことはなく、何かに急かされているような早歩きで帰っていった。







 家の中には誰もいなかった。電気もついておらず、暗闇は静まり返っている。

 ソラの体力は限界なのか、今にも倒れそうなほどフラフラしていた。靴を乱暴に脱いで電気をつけ、急いでソラの部屋の布団に寝かせる。汗びっしょりなので着替えた方がいいと思ったが、布団に入って五秒で寝息を立て始めたのでそれもできなくなった。寝る、より気絶という表現の方が似合っている。学ランだけはぎ取って掛け布団をかけた。


 念のため暖房もつける。もともと子供部屋にする予定だったので設置されているのだ。


「早く良くなれよ」


 ソラの荷物を置いて部屋を出る。リビングに行くとテーブルに書置きがあった。


『父さん今日は帰れません。母さんも泊まりです。晩御飯は冷蔵庫にあります』


「……タイミング悪いな」


 月に一度はこういう日があるが、よりによってソラが風邪をひいたタイミングとは。

 冷蔵庫を開けると母ちゃんが作ったらしきサラダとハンバーグ。親父が作ったらしきクリームシチューが入っていた。二人とも着替えを取りに一度戻ってきたのだろう。米を炊けば夕食はなんとかなる。

 二人ともいない日の定番にして、望月家の料理で一番のお気に入りが親父のクリームシチューだった。料理の腕は圧倒的に母ちゃんの方が上なのに不思議なものだ。


 いわばお約束のようなものだ。ヒーロー物のアニメではピンチになったら主人公が助けに来る。それと同じように、二人がいなくてさみしい日には、クリームシチューで気分をあげていた。小学生のころから染みついた習慣だ。親父と距離が離れてうまく話せない今では唯一、このシチューを食べているときだけが素直になれる気がした。


 とりあえず米を炊き始める。あとはおかずを温めれば完成なのだが……ソラの分はどうするべきか。食欲があるようには見えない。市販薬は飲ませるとして、おかゆでも作った方がいいだろうか。……今まで作ったことないけど。


 とりあえず今は寝かせるとして、二時間くらいたったら起こしてみよう。

 その間に飯食って風呂入って……あ、あと鍵もかけなきゃ。

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