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幼馴染と手をつなぐ  作者: 高橋もみぢ
第二章 お姫様と王子様?
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九話

 段ボールの半分が漫画だった。収納場所がないのでそのままにするしかないので作業は一時間ほどで終わった。


「サクヤ、ありがと~。ボク一人だったら大変だったよ」

「……そりゃよかった」


 実際はほとんどソラが片付けた。義足でできる作業はそこまで多くない。

 ソラがご機嫌なことが救いだった。


「先に風呂に入って来いよ。ほこりまみれだろ」

「じゃあお先。のぞいてもいいよ?」

「覗くかっ!」


 ニヤニヤと笑いつつ、着替えを持ってぱたぱたと小走りで浴場へ行く。その背中を見送ると暇になったので、自室に戻り今日買った漫画を読むことにした。


 俺の部屋は二階にある。義足で階段の上り下りは大変だが、それでも一階に移さなかったのは親父と距離をとりたかったからだ。できれば顔を合わせたくなかった。


 安全のため手すりにしがみつくようにして上る。部屋に入り、漫画を手に取ってベッドに転がった。特に期待してはいなかったが、ぱらぱらと漫画をめくる。


「……」


 ……なんか、面白いな。

 少女漫画ときいて身構えていたが中身は熱血な青春部活ものだった。キャラクターの熱にあてられてページをめくる手が加速していく。漫画という媒体を生かした美しい表現の数々はモノクロのページに色彩が溢れたようで。キャラクターの真摯な思いは熱をもって胸を打ち。あっという間に一巻を読んでしまった。


「サクヤ~、つぎお風呂いいよ~」


 階下から聞こえてきた。「すぐ行く」と返事をして自室を出る。はち合わせないようにリビングで牛乳を飲むソラを確認してから脱衣所に入った。湯上りのソラは煽情的な雰囲気をまとっていたが、それがどうでもよくなるほど頭は興奮していた。


「なんか……すごかったな……」


 湯船につかって天井を見上げる。興奮冷めやらぬ頭は遠くに飛んでいったようだ。物語の世界の虜になっている間は、自分のちっぽけなコンプレックスを忘れられた。


 風呂を出て髪を乾かすとすぐに自室に戻って続きを読んだ。しかし買ったのは三巻まで。すぐに読み終えてしまい、物語の世界から追い出されて部屋で一人残されたような気分になった。


 続き、読みたいな。


 衝動が胸をかけめぐる。伽藍洞の心臓に熱がともったような感覚は久しぶりだった。

 ふと高く積まれた段ボールを思い出した。中身の半分は少女漫画だった。英語版なら持っていると言っていたし、あるかもしれない。


「いやでも英語版かぁ」


 俺は英語ができない。というより勉強ができない。宿題をやらなくても、テストが悪くても、なぜか通知表が悪くならないのでやる気がないのだ。鞄から教科書は取り出されていない。


 それでも意を決して立ちがり、何年かぶりに本棚を見る。奥で眠っていた辞書を取り出してソラの部屋にむかった。義足は外しているので一本足だ。壁と手すりにもたれかかるようにして進む。


「ソラ、ちょっといいか?」

「ん~?」


 ノックをするとすぐに返事が来てドアが開けられる。黄色のパジャマだった。長い髪は黄色のヘアバンドでまとめられている。


「この漫画の続き持ってないか? 貸してほしい」


 本を見せるとソラの顔がぱっと輝いた。


「え、それもう読んでくれたの⁉ どうだった?」

「思ってたよりずっと面白かった。おすすめしてくれてサンキューな」

「えへへ~、どういたしましてだよぉ」


 布教の成功がうれしかったのか体をくねらせる。おかしな動きだが気持ちは分かる。この感動は共有したいよな。


「とにかく入って入って。布団に座って」


 一本足で立つのは辛いので遠慮くなく入る。心なしか部屋の匂いがさらに甘ったるくなっている気がした。部屋の中央に敷かれた布団に倒れこむように座る。


「これの続きだよね。ボクが持ってるのは英語版だけど」

「う~ん、わからんけどとりあえずチャレンジしてみる」


 ソラが段ボールをひっかきまわして取り出した四巻を受け取る。タイトルは日本語のままだが、開くとほとんどが英語になっていた。


「それでそれで! 三巻まで読んでどうだった⁉」


 ソラが俺の横に座り、目にキラキラの光を宿して詰め寄ってきた。ふわり香りがなびく。隙の多いパジャマ姿から反射的に目をそらした。


「な、なんというか、凄かったな。圧倒された。面白いとか面白くないとかそういう以前に、ただただスゲェって感じで」

「わかる~! 夢中になるよね!」


 ソラは噛みしめるように拳を握る。酒を飲んで「ぷは~」と陽気なおっさんみたいだ。

 おっさんと違うのはその挙動が艶めかしいことで。

 幼い顔つきと体つきなのに、妙に目を吸いよせる引力があった。


「それでそれで、どのシーンが好きとかある?」

「やっぱり先生が諭すシーンかな。あれは名言だよなあ」

「あそこで先生が好きになるよねぇ~。ボクもあそこは大好きだよ。他には他には!」


 興奮してさらにずいっと詰め寄ってくると、もはや密着状態だった。パジャマの生地が薄く柔らかい身体が伝わってくる。シャンプーの匂いに頭がくらくらした。


 漫画に夢中になった燃え上がるような興奮と、隙の多い女子に触れた混乱が混ざり合い、頭のなかがおかしなことになっていた。


「早く早く! 読み終わった直後、いまこの瞬間が一番いいんだから!」

「ちょ、落ち着け。近いって!」

「そんなことどうでもいいから! 布教した喜びをボクに噛みしめさせて!」

「そ、ソラ……?」


 さらに迫られて、半分押し倒されている体勢になった。見上げるソラの顔は満面の笑みに満ちている。なんとなく本屋での虚ろな目を思い出して怖くなった。


「むふふ、サクヤ。今日は自分の部屋に帰れらせないよ。ここで続きを読んで、ボクと語り合って。寝てる暇なんてないよね」

「え、えぇ……」


 予感通りソラの目がどんどん光を失っていく。それは少女でも女でもなく、魔王だった。


 




 がちゃり、と乱暴に開けられるドアの音で目が覚めた。


「は?」


 絶対零度の凍てつく声。背筋が凍り付く恐怖におそわれて目を開ける。

 いつもと違う天井だった。部屋の香りも甘く、ぼーっとする頭に二度寝を誘う。


「なに、やってるの」


 その声で現実に引き戻された。どうやらソラの部屋で寝ていたらしい。話している最中に寝落ちしたのか、掛け布団すらかかっていなかった。全身が冷え切って身震いする。


 だが腰の周りは暖かい。上体を起こして見るとソラがしがみついていた。抱き枕のように腰をがっちりとロックされ、幸せそうな口から垂れるよだれをべっとりとつけられている。


「朔夜。なに、やってるの?」

「あ」


 開けられた入り口には制服姿の由紀がいた。スマホをこちらに向けてカシャリと音を鳴らす。特大の侮蔑を込めた視線にさらされて完全に目が覚めた。


「お、おはよう、由紀」

「……」


 挨拶もなく見下してくる。全身の血液が逆流するような感覚だ。被告人が裁判長から死刑判決を言い渡される五秒前のような。ふわふわと現実感のない恐怖に全身の鳥肌が立つ。


「ふーん、昨夜はお楽しみ?」

「違うから⁉ 誤解! 無実! 健全!」


 立ち上がって反論しようとするも、がっちりつかまれてできない。


「モーニングコーヒー淹れようか」

「いらないし! ……てか、さっきからそのスマホはなんだよ」

「裁判になったら証拠がいるから。念のためクラスのグループにも送る」

「今すぐ消してぇ~!」


 手を伸ばすもしがみつかれたままでは届かない。振り払おうとしたが、力が強く引きはがせなかった。呆れた由紀がため息をついてポケットにしまい、俺の目の前までやってきた。額には青筋が浮かび、手はわなわなと震えている。見上げる格好なのでパンツが見え……るほどこいつの隙は多くない。


「変態。女たらし。ロリコン」

「健全だし! たらしてないし! ロリじゃないし! 信じてくれよぉ……」

「じゃあまず普通に服を着させて」


 改めてソラを見るとパジャマのボタンが外れて少々はだけていた。胸元のふくらみがあらわになり、今にもそれ以上が見えそうで……。


「あぁ~!」


 パニックになって強引に腕を引きはがす。直視できず這いずるようにして逃げ出した。

 目の前で言い合っていたからかソラが目を覚ます。目をこすりつつ体を起こした。


「はわ……。あ、二人とも、おはよ~」


 へにゃ、と笑う。能天気な声だった。


「この泥棒ネコ……」


 由紀が忌々しげに睨む。眼光だけで人を殺せそうな由紀の視線に気づかないのか、ソラはのんきに手を叩く。


「あ~サクヤと寝ちゃってたかぁ。徹夜のつもりだったけど、最初から激しすぎたかな」

「ちょっ、おまっ!」

「最初から激しい?」由紀の口元がひくつく。

「でもなあ。サクヤが、ボクの喜ぶことばかりしてくれて。気持ちよくしてくれて」

「ソラさん⁉ 色々省略しすぎじゃないですか⁉」

「喜ぶ……気持ちよく……」

「でも大丈夫。ここまできたら最後まで責任をとるから」

「責任……。朔夜、穢れて……」


 ゆらり、空気が震えた。

 まがまがしいオーラが部屋に充満し、爆発の数瞬前のような静けさが降りる。


 あ……死んだ……。


「ぜんぶ漫画のことだから! 一晩中語り合ってただけだから!」

「朔夜」


 由紀がくるりと背を向けて言う。


「何をしてても、一晩中は不健全」

「……はい」


 正論だった。逆の立場なら発狂しかねない。

 由紀は淡々と続ける。


「それに、はだけて、抱き着いて」

「……」

「遺言は?」

「…………漫画は由紀にもおすすめだぞ」


 由紀はくるりと振り向き、鬼の表情を浮かべて。


「朔夜の――バカぁ!」


 今年一の大声を張り上げ、俺の左頬に全力のパンチを炸裂させた。

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