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汝は悪神なりや? 2

 警戒しつつもその声色は憂いを帯びており、胸を握りしめる。民族衣装にシワがより、手が震えた。

 お互いが虚勢を張っていることに気づいていないのだ。

「はい。聞かせてもらいます」


 静かに瞼を閉じると一息置く。そして決意したように──

「君はかの星神なのか?神威ある偉大な──」


「えっ…待ってください。そうじゃないんですか?」


 お互いきょとんとしたような顔になる。童子式神は気を取り直して、口を開く。

「…。あっしは何者だったんすか?星の神だとして、何をしていたのですか?」

「何をしてって分霊だったのだよ」

「分霊、その他には?」

「やはり君は全て忘れてしまったというのか?私との会話も、なにもかも?」

 少し焦燥する彼に、童子式神は気づかない。

「ええ…自分が分霊だったことしか、覚えてないんです。名前も、気持ちも-我に返った時にはまっさらになっていたんです」

「そうか。教えてやれるのは…ショックを受けるかもしれないが、村では悪神として名だたる荒御魂だった。人々へ畏怖をもたらす、天から落ちてきた眩い光を放つ神。名は…神威ある偉大な星。あれは人間が考えた当て字のようなものだ。意味は無いが、端的に現せているだろう?」


 ──神威ある偉大な星。それが、真名。


「悪神…あっしはそんな存在だったのですね」

「まさか、それは君を良くないと思っていた奴らから見た姿だ。眩いばかりの輝き、畏怖を抱くお姿。何事にも屈することのない意思。己に従い貫く正義。太陽にも負けぬ明星のように、他の神々とは異なっていた。…私はその輝く神を崇拝していたのだ。民に言葉を伝え、どんなに素晴らしいか…」

 熱弁していた鬼は童子式神が引いているのを目の当たりにし、ふっと冷静になる。

「彼の神はもういないのだね」

「…あっしは、式神。童子式神…それ以下でもそれ以上でも…」

「私の知っている君はムラを支配する一柱さ。今のひ弱な式じゃない。そして私は君を盲信していた、民もね」

「そんな…そんなに」密かに歓喜し、化けの皮が剥がれかける童子式神に鬼は頬杖をつき語りだす。

「フフ。だがね、ムラの一支流の人々はおもしろくなかっただろう。とくにあの娘は。そのくらい君はムラのルールに干渉していたんだ」


(ああ…そうか。あっしは町のルールに干渉したかったのかずっと…幾千年から今日まで)


「奢るな!」冷徹に制する鬼神に怒鳴りつけられる。

「眩いばかりの輝き、畏怖を抱くお姿。何事にも屈することのない意思。己に従い貫く正義。太陽にも負けぬ明星…しかしお前には、それは残っていない。──残るは醜悪な野心のみ」

 ザワザワと子供の輪郭が燻らせられ、蠢き出す。怒りを抑えきれぬ鬼神は赤と黄緑色の瞳を滾らせ、呪詛にも似た響きの声を絞り出した。

「私を欺いたな!」

 そして──鬼神の腕が迫ってきた。


「ぐ、ああ!」

 鋭い鉤爪で心臓をえぐられ、断末魔をあげた。奇妙な色の血が滴り、石畳を汚す。


(式神はそれくらいで死なねえ!落ち着け!自分!)


 歯を食いしばりながら、空であろう胸の痛みに耐える。

「な、何してるんだ!アルジ!殺さないって約束したろ!」

 巫女式神が悲痛な声を上げ、駆け寄った。だが鬼神は心臓の一欠片をちぎるとそのまま式神を放り出した。

「うああ!」

 ドサリ、と地面に打ち付けられ無様に転がる。童子式神は唾を垂らしながら這いつくばった。

「はやく、あっしを殺せ!再発生させるくらいに痛めつけろよ!」


「どうやら君はあの時の"君"じゃない。」

 肉片を食べると何かを味わい、そして見下し、断言する。

「君から神威ある偉大な星の──魂の気配を感じられない。似てはいるが何かが違う。そもそも神ではない」

 驚愕するも、痛みにのたうち回る。

「残念だ。幻滅したよ。…おい、もう良い。話は終わった」

 巫女式神に命令を下す。うろたえた彼女は今にも泣きそうだった。


「あ、アルジ!」

「幻滅したのはあっしのほうだ。おめぇにわかるものか、この苦しみも恥辱も!」

「ああ、すまない。私には分からない。君の気持ちなど理解したくもない」

 女神の槍が刺さった場所に再度、手を当て、鬼は顔をしかめた。

「忌まわしい…早くこの場から去れ」


「な、なあ…」巫女式神がわざと笑みを浮かべ、童子式神に近寄る。反応がなく、苦虫を噛み潰したように顔をくしゃりとさせる。

 変な間が生まれ、シンと静まり返る。

「分かりました」

「えっ」眷属は戸惑い、両者を交互に見る。


「帰りますから!」

「ちょっ、どうしたんだよっ!」

 血と涙をこらえた式神はぴょん、とウサギに変幻し、境内を去っていった。

「童子さん…!」

 それを見送る巫女式神は眉を下げて、肩を落とした。

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