汝は悪神なりや?
夜更け頃の事だった。童子式神は頭を冷やすために三日月と金星が輝く空をぼーっと眺めて、わずかに寒くなった風に吹かれていた。
星には馴染みがない。だが、神霊たちには宇宙から来た者がいるという。宇宙から来て、真の目的は?何をしに来るのか──。
「ん、いたいた!」
背後から声がしたかと思えばドン、と背中を叩かれた。
「ゔっ!いてえっ!」
「あ、ごめん。力加減が」
「わざとでしょう?!ハア…毎度毎度、元気にやってきますね。今日は何の用ですか?」
やかましくて侘しい気持ちもどこかへ行ってしまう。しかし次の言葉で再び憂うつになった。
「改めてあたしのアルジに会いに行かないかい?」
「何か企んでいるンですか?」
「おお…めちゃめちゃけーかいされてる!あんたとあたしのアルジさまは昔からの心友なんだろ?積もる話もあるだろうと思ってさ」
「しんゆうって…私が、神霊だったと思っているんですか?」
「そうじゃないのかよ?」
純真な顔に何も言えなくなり、ため息が出る。ため息しか、今は出せない。
(実際あの鬼神のことも自分の事もまるっきり覚えてないっス…。でもアイツと話せば失った記憶を聞き出せるかもしれねえ。何かの拍子で思い出せたら)
「いいでしょう…案内してくだせえ…」
「そうこなくっちゃ!お安い御用さ!」
(コイツ…何を考えてるか分からねえ。ただ、鬼神に会うのは嫌では無い)
お馴染みの鳥居の前にやってくると、今回は特別に通過を許可するという。異界では眷属ぐらいしか通せないらしい。
(緊張している?人ならざる者であるのに?)
わずかに開かれた神域に、冷や汗がたらりと垂れた。
「祀られている神さまに一礼ぐらいしたらどうだい?」
巫女式神に茶化されムッとするも、ずいっと顔を近づけられる。そして彼女は淀んだ境内へ視線を誘導した。
「いいかい?これだけは守ってくれ、親愛なる友よ。え?芝居がかったその口調をやめろ?」
「言ってませんよ、そんな事」
「いいじゃないか。あたしは案内人だ。ああ、わかったよ。簡単に言うよ。一応あたしの主だ、それにここの鎮守の神でもある。言動には気をつけるんだね」
「は、はいはい…」呆れながらもうなずく。
「もし…気が障ったら、ペロリと食べられちまうだろうね。あんた程のよんわい魔なんてひと口さ」
ニヤニヤとふざける巫女式神にどつき、童子式神は鳥居をくぐった。
から威張りするつもりだったが、境内の穢れのひどさに愕然とする。前回より確実に荒れ果て、社務所もどこか乱雑としていた。
これが鬼神のパワーなのか。
「鬼神。居るのでしょう」
すると黒い雲のようなものが社殿の戸から漂い、やがて収集され、小さい人型になる。お馴染みの子供の格好をした鬼神が現れ、不気味に笑っていた。
「神前であるぞ。恭しく頭をたれるべきではないのかね?」
「式神が頭を下げるのは主さまのみです。人間に仕える種族ですから」
「可愛くないやつだな」
宵闇の中、神霊でもある巫女式神のアルジが定位置の欄干に腰掛け、擬宝珠を撫でている。ほのかに本殿の内側から灯りが漏れ、それに照らされた彼には影がない。
狛犬の消失した台座の上に巫女式神が座り、楽しげに見守っていた。
「へえ…、来るとは思わなかったよ。だいぶ怯えていたからね」
「お互い利用できそうなので」強気に出るも肩透かしをくらう。
「ハアア。なんだいそりゃ…君のような貧弱な式神如きに利用価値があると思うかな?」
「…ん」
違和感に気づき、ハッとする。
「おめえ、なにか変わりました?」
引っかかりがある。そうだ。彼から漂う気配に何か、別の神霊の、異なるモノが混じっている。探りたくなるが、彼の声色に思考を遮られた。
「ああ、…色々とな」
「そうですか。ならば、深入りはしませんが」
「君のそういう所は感心するよ。で、君を招き入れた理由を話そうか」