ツギハギ
倭文神が内密にやって来てから数日が経った。あれから何事もなく日は過ぎているが──いや、越久夜町の時間は止まっている。ある日から秒針が進んでいないのである。
それを人界も異界も、気づいていない。
下弦だった月が満ちてきている。それは、町を形作っている時空の崩壊を告げていた。
境内の裏手にある地蔵の前に、鬼神は佇んでいた。丑三つ時の生ぬるい風がざわざわと木々をさざめかせ、煌々と照る月の木漏れ日が地面にゆらめく。秋虫のさり気ない音。
心地よい。そう感じ、今この時が邪魔されているのが残念に思う。
近くで修験者が残した板碑を眺めていた冷静が不意に問うてきた。
「彼の女神さまにはつかないのか?こいつぁ分岐だぞ」
「私は…あくまでも中立を貫く」
と焦りが交じった気色をごまかし、答えた。
「まあ、そう怯えんなや。大きな流れには逆らえないのは承知だ」
冷ややかな笑みを浮かべて、冷静は他人事のように言う。
「町を穢したこの私が最高神に仕えるというのか?エベルム」
「さあ?それを言っちゃおしまいだろ」
ケロッとした様相に、怒りも収まる。宇宙からやってきた坐視者という生き物に何を言っても無駄なのだから。
全てを掌握している。怒っても嘆いても、それは彼にとって真新しい反応ではないのだ。
「面白い。もし、私が女神と対立したらどうなる?それだけは教えて欲しいね。駄犬が」
彼は「ゲームオーバー」とだけ言った。
「はは、なるほど。生きるか死ぬか、の分岐点に立っているというわけか」
「どちらがいい?」
「死にたくはない。もう二度と」
僅かに苦痛に顔をゆがめ、恐怖に怯え、ため息をついた。
「なら流れに乗っていけよ?こぼれ落ちるな。…スペシャルヒントをくれてやろう。…山の女神とやらは多少は運命を操り、あるいは手繰り寄せる力をお持ちのようだぜ。最高神の特権か、固有の能力かは知らないけどな」
冷静は相変わらずの仕草で人差し指を立てる。
「お前の運命は改変されてる」
「──せこいお方だ。私の道を曲げるなど」
不愉快だった。他人に干渉される事がなによりも。
ひどく苛ついたせいか体を構成している雲がバラつき始める。消滅する前に社殿に向かわなければ。
いそいそと歩き出した鬼神を気にせず、彼は滔々としゃべり続ける。
「ツギハギで歪な線なんだ、この町は。ちぎって貼り付けて、無理やり繋げて、施工して、女神は思考を停止した。やりっぱなしさ。それじゃあ崩壊するのも当たり前だな」
冷静は小さい体を器用に使い、狛犬の台座に座り、あぐらをかいた。
「最高神の、権利の乱用か」
影のある笑みを貼り付けたまま鬼神は、
「ならば尚更、彼の神威ある偉大な星のような神を、再び──町に崇拝の偶像を作る。安寧秩序にしなければ」
「盾突くのか?アンタはコンティニューできんぞ?」
「…眷属を神に仕立て上げる。最高神に仕立て上げるんだ。そのためにアレを生み出した」
「荒唐無稽だな」
「そうか?理想的だろ?」
「ふふ、理想か。叶わぬ夢が破れる様を記録するのが俺の生きがいだ」
「私の理想が叶わぬというのか?」
この時空では誰の理想も叶わない。そうでなけりゃあ存続されねえ」
鬼神に危害を加えられそうになり、素早い動きで雲を避けたが、それもつかぬ間この状況を楽しむような顔になった。
「鬼さんよ、この天の犬を呼び出したなりに楽しませてくれよ?」
「野犬が」
罵られても、冷静は何の気なしだ。




