相制 2
──なら、異国からやって来た巫覡の話をしよう。
神霊と人が共存していた神世の時代のとあるムラに、異国の民らがやってきた。遠い海の向こうの国──故郷の異国が戦乱の世になり、逃げてきた者たちだった。命からがら彼らは様々な知恵や文化、技術を持ってきて、現地の民へ教えた。別に特別なことじゃない。
対価、または物々交換ってヤツだ。住むには条件なるものが必要になるだろう?
各地で同じように渡来した者たちがこの国を訪れていたそうだよ。まあ、それはいい、その内の一人は住むうちに神秘的な能力を発揮した。
ある神霊の声が聞こえるようになり、必然的に周りへ伝えるようになった。
「だがその神は、いわゆる天上界では悪神だったのさ」
異国の者は悪神への崇拝に傾倒していった。やがて巫覡のように、悪神の言葉を民へ宣教するようになった──
「現在もそれは変わらぬつもりだ。君たちには邪魔な存在だろうな」
「…」
ムラの頂点たる巫女らはそれを危ぶんだ。悪神への信仰が広まれば、神々や最高神のヒエラルキーが崩壊してしまうかもしれない。それ以外に巫女への信頼が揺らいでしまいかねない。
双方は自然と衝突し、巫女らは異国の者は悪鬼の化身であると非難し、処刑せよと扇動した。
民たちはそれに従い、異国の者を処刑した。
「吾輩らは関与しておらぬ。人間どもが暴走したのじゃろう」
怨霊と化した異国の者は穢れをばら撒き、人々は病に伏せ、または死んでしまった。巫女は神々へ祈り、奇跡を願った──めでたしめでたし。
──そうだろう?
「その、村に拒絶され、処刑された私が女神側へとつくと?おめでたい思考回路をしているよな」
「女神はそなたを許しておられる」
「…ふん。都合が良すぎやしないかい?倭文神、お前は町を穢した人間ごときを許しているのかね?」
「いいや」首を横に振り、無表情に言い放つ。
「そうだ。それが神々の真意だ」
確証が得られたと、彼は嬉々として言う。
「…越久夜町のためじゃ。我々は一丸となってこの危機に挑まなければならぬ」
「勝手にすればいいさ。私は私でやろうと思っているからね」
「…」
「一つ聞きたいが、女神に命令されてやってきたのかい?」
「いや、我輩の意思だ」
「ふうん?焦っているのか…」
「そろそろけの穢れを解いてはくれぬか」
「ああ」思い出したように雲でできた手を消滅させると、複雑な気持ちを隠し通そうとする無表情な顔をこちらを見つめる倭文神──寡黙を石畳に優しく置いた。
「もう気は済んだか?私は君とはもう話したくない。さあ、お引き取り願おうか?」
穢れた腕を隠し、式神のふりをした神霊はよろりと体勢をとる。
「ソレ、どうするんだい?」腕を見やり問うた。
「どうもこうも…吾輩には浄化する力はない。このままケガレて死していくだけじゃ」
「そうか…同情するよ」
「…しておらぬくせによ」
境内から去る際に、見守っていた冷静が台座からひょっこりと現れる。その気配に目敏く気づくと振り返らずに言った。
「巫覡の眷属か」
「なあ、お前は越久夜町が死守する程のものだと思っているのか?」
虹色の瞳を夜闇に輝かせながらも半目にする。いやらしいヤツだ、式神を装ったモノは吐き捨てた。
「…山の女神と神々にとってはそうであろうな」
静かに、暗い面持ちで言う。「ただ…吾輩には理解できない感覚じゃて。身を呈して守りたいモノがあるというのは」
「ははあ、あんたにもあるだろ」
「…。そなたは巫女式神という輩ではないな?」
冷静はおもしろそうに、彼の前にやってきた。
「俺は天の犬。アルバエナワラ エベルムというんだぜ」
「ふむ、エベルム。安心せよ。吾輩は目的が果たされたらこの町から手を引く。そなたの主へ危害は加えぬ」
「そうか」
「…ふむ」
「お嬢ちゃん、気をつけろよ。あんた、死相が出てるぞ」