明るい星のかみさま 2
そんな少女から申し入れがあった。山の女神に一目でも良いから再開したい、と。
「うん。探そう」
「わ、私も?」
「もちろん!」
(なんでよ?!)
仕方ないが同意するしか選択肢はなく、二匹で人里へ降りた。越久夜町は路地と坂が多い。山間部だから普通だが、月夜見には珍しいものとして映るようだ。
興味津々に辺りを観察する少女を横目に、気になっていた事を話した。
「山の女神は滅多なことがないとヒトビトの前に姿を表さないというわ。他は神域の起点に出向く時ぐらいかしら?」
「ああ、あそこね。数回しか行ったことないなぁ」
(この子、食えそうにないわね。どうしようかしら?山の女神の境内に入れたらまた話は変わる、よね…?)
「ね!ね!早くあの方に会いに行こう!喜んでくださるわ!」
いきなり走り出した月夜見に山伏式神は躊躇する。
「ま、待って!喜ぶって、何言ってっ!」
「はやくはやくー!」
こっちに手を振り、ニコニコと笑う
「待ってってばっ!」
慌てふためきお構い無しに走っていく少女を追って、パタパタと路地を走っていった。
彼女たちが通るはずだった道は──電信柱が傾き、路地のブロックが倒れていた。はたまた形を保てなくなり、ザラザラとブレては元に戻る。崩壊していっていた。脆弱した世界の限界に誰も気づかない。
越久夜間山の間近まで来た二匹は、何やかんや楽しげに会話をしていた。
「──あの方はね。名前もなくて生まれも悪かった、わたしに名前をくれた人なの」
「なんて名前?」
「それが分からなくて」しょんぼりすると、にへらと破顔した。
「名前なんてあまり必要ないわ。個体を判別するラベリングみたいなものよ」
「ちがうもん!私をあの方の特別にしてくれたのっ!」
「なら、あなたはなんて言うの?」
「分からない…」ムッとぶすくれる。「わたし、本当にわたしが思ってる自分なのかなあ」
「そんなの、私もハッキリ断言できないわ」
双方に微妙な空気が流れる。しばし黙りこくった後、山伏姿の式神はアッと声をあげた。目の前に、住宅の屋根から覗く存在感のある山を指さす。
「ほら、ついたわよ。越久夜間山」
「…うわあ、久しぶりだなあ。ワクワクする!」
呑気な月夜見を横に呆れた。
(魔が最高神の陣地に入れる訳ないじゃない。まあ、お望みどおりに連れて行ってあげるしかないわね)
「大鳥居まで行きましょ」
ニコッと猫を被り口元が緩ませ、自ら案内をかってでた。
「うん」何も知らないバケモノは山伏式神の後をパタパタとついていく。
(怒り狂って暴れたりしないといいけど…)
その場面が容易に想像できるのが恐ろしい。内心冷や汗を垂らすも、おくびにも出さずに歩いていった。
少し歩くと大鳥居の前までこれた。鳥居の柱を支える稚児柱、笠木の上に屋根がある──特徴的な両部鳥居は、いつもよりも威圧的に感じ、ゴクリと固唾を呑んだ。
「ここよ。夏祭りになると賑わうけど、今はひなびてて暗いわね」
「ねえ、本当にあの方の場所なの?なんだか暗ったるく感じるよ」
「え?山の女神と言ったらこの神社しかないのだけれど?」
「う〜ん。わたしが生きてきた時はもっと清らかで輝いてたのにな」
釈然としない様子で首を傾げる。
「なら、帰りましょう?大体私たちは──」
「──!」言っているそばから、火花が散り、弾かれしりもちがついた。
結界にソッと手をつけ、鳥居の横へ行き、空間をペチペチ叩いた。
「やっぱり格が違うわね」
(でもあの弾かれ方。相当、拒まれているわね)
ポカンとしていた月夜見はやがて涙を流し始めた。そして蹲り、泣きじゃくった。
「だ、大丈夫よ。私だって入れないんだから、それに越久夜町の最高神である山の女神よ?セキュリティがきちんとしていなかったら名が廃れるわよ」
「…うん。ごめんなさい」
「ごめんなさい?」
「わたしなんかが来ちゃってごめんなさい…嫌わないで…女神さま…」
「嫌うも何も、なんで謝るのよ。女神はあなたのこと、嫌うとか」
「いやなのっ!あの方には嫌われたくないっ!」
駄々を捏ね、手に負えない少女に山伏式神は困り果てる。
「無理やり"契約"を結ばれたからには逃げられないし、食べられないし…こんなつもりじゃ」