明るい星のかみさま
「じゃ〜ん!着てみたよ!」
血しぶきにまみれた制服をきるや、月夜見は見せびらかして回ってみせた。まだ歳にしたら高校の制服は早いが、コスプレをしているといえば普通である。
「汚れてるから川で洗わないとねっ!」
「勝手にしてちょうだい」
のらりくらりとしたノリにくたびれた顔をしている山伏式神を気にせずに、少女はそこらに生えていた野草をブチッとちぎるとクルクルし始める。
「ねえ、しきがみさん」
「なに?」
「魔はなんで人を食べるの?」
「はっ?当たり前でしょ!人だって、生き物を食うんだから。地球の決めたルールもしらないの?まさか…宇宙から来ました、なんて言わないわよね?」
「えー、地球人だよ」
「なら馬鹿なこと言わないで」
「はーい」
暇になり座り込むと野草を放り、踞る。
──地球のルール。
…原始を満たしていた虚無こそが真実──そう、人類が神へ守られ、言葉を交わしていたあの時代へ。
それってわたしの気持ちだっけ?
「あの頃みたいに…また皆とお話をしたいなあ…」
黄昏ながら少女は顔を膝にうずめる。
「月夜見?」
山伏式神はいきなり落ち込んださまに困惑する。
「わたしが巻き戻して、何もかもなかったことにできないかなあ…」
「…え?」
「女神さま…会いたいよ…わたしをわたしのままで終わらして…お願い…」
蹲ったままポツリポツリという。か細く、泣きそうな声だった。魔が正常な精神を持てるのは少数ではあるが、いざ目の前で豹変すると仰天するものだ。
「終わらせるって…」
不意に月夜見が肩を揺らし、哄笑しだした。再び雰囲気が変わった様子に式神もどきは仰け反る。
「女神さまぁ、早く会いたいなあ」
「!」
「ああ、早く食べてあげたいよぉ」口角をあげ、唇から鋭い牙をのぞかせて、少女の輪郭は徐々にあの墳墓で目にした異形に変化していく。背が高くなっていき──ざわざわと蠢き呻く、髪に似た触手。死人めいた土色の肌。三本の指。化け物じみた鋭い牙や皮膚が裂けたような目が少女を歪め、こちらをゆうに見下ろした。
「な、な…!」必死に後ずさる山伏式神をものともせず、バケモノはニタリと嘲る。
「久しぶりに娑婆の空気が吸えるなあ、あーまじい」
にやにやしながらも鋭い目で山伏式神へ手を伸ばす。
食われる。
「ひ、ひいっ!あの子を食ったの?!」
さらにあとずさり去ろうとする山伏姿の式神もどきを触手が絡み取り、束縛する。ざわざわと髪がざわめき、逃がすまいとした。
「ごめんなさい!食べないで!」
「──ならば俺のはしためになれ。下等生物」
──拒絶された。俺はあの神に、ムラに、全て拒絶された。
ひでえよ。身が引き裂かれるようだった。内蔵も皮膚も、魂も引き裂かれてズタズタにされたようだった。
俺は壊れちまったんだァ。そんときに、いやぁ、もっと前からか。わからねえなぁ。
二度も魂を惨殺されて、苦しかったぜ。
なあ、お前も拒絶するのか?──神世の巫女さん?
鋭いバケモノの牙が覗く口が少女の耳に囁く。不快そうに彼女は顔をクシャりと歪めた。
「つ、月夜見?」
彼女はハッと山伏式神の声に気づく。我に返ると薄気味悪い笑みを浮かべ、首を傾げる。「なあに?」
「あ、あなたよね?」
「わたしは月夜見。それだけだよ。ね…」
(た、たまに化け物みたいになるじゃない…)
「わたしね、壊れてるんだあ。だからかも」
「壊れてる?」
「魂が、ぐちゃぐちゃになっちゃったの。皆に踏みにじられて、何度も輪廻に回ったからね」
「そ、そう。…本当に探すの?山の女神を」
あれからバケモノは現れていない。食事をしてから命からがら蛇崩に帰ってきたが、この娘がいつまた変幻するか分からないと思うと気が気でない。
厄介なモノを拾ってしまったと、山伏式神は後悔する。あれはバケモノだ。だが、高位の魂を持つ何かが零落したさらにこんがらがったバケモノなのだ。
バケモノとは本来あるべき魂や生きるべき道から大きく逸脱した──魔や精霊とは異なる存在。腐って、淀み、もう二度と輪廻へと還れない。