神世の巫女の復活 2
呪術師の魂を食べて、人の自我が目覚めたの。
自我。文字通り、意識が宿り思考がはっきりした。主我が宿ったのよ。自らの姿を眺め、認め、自分の願いが何だったのか、を思い出そうとする。…分からないまま記憶にある、始まりが起きた石へ引き寄せられた。
私は──あの、童子式神というヤツに名をつけられた。山伏姿の式神、山伏式神。
「あの鬼神…また荒れ野に来ていないでしょうね?いやだわ。テリトリーの外をウロウロされたら」
冷静さを取り戻すとススキを片手に墳墓にきてしまっているのに、我ながらに恥ずかしくなる。心のどこかしらでかの鬼神を探しているのだ。
「この墳墓にも、かなりのケガレが宿ってる気がする。いつか人ならざる者が発生するかもしれないもの。見張っておかなきゃ」
言い聞かせるように、彼女は待ち伏せをするように墳墓の前に座り込んだ。
「テリトリー争いになる前に食べてやるんだ」
その時だった。
「!」
ガサゴソと墳墓の影で、誰かがなにかをしているのを見つける。這いつくばって彷徨いている。
「ヒッ!誰!」
「…おや、誰もいないと思っていた」
褐色肌の子供が顔についた土を拭うと立ち上がった
「ちょっと、こ、ここ!お墓よ!?曲がりなりにも失礼じゃないっ」
越久夜町にいる人の形をした人ならざる者は二体だけだと思っていたが、この者は初めてだった。
「君はコレが墓だと知っているのかい?驚いた。縄文時代の物を存じているとは。」
「じょ、じょうもん?そんなのは知らないわよ。お、お墓だって教えてもらったの!」
「なら、とある神の御神体がこの墓に眠っているのは知っている?」
「神?ううん。なんで人間の墓に?まさか!神の墓?」
「いいや、人間の墓だよ。…まあ、僕は御神体を探しているんだ。」
「そ、その神は村を支えていたという女性かしら?」
興味深く墳墓をみた。鬼神の話が本当なら、やはりお宝とやらが眠っているのだろう。
「いいや、神や人を脅かしている悪神だ。その神の御神体がここに埋まっている。それを手に入れれば」
「え?どういう事?ま、まあ、悪神なんていたのね」
「ああ、神世の時代にね。正確にいうと、人の墓に神の御神体が紛れてしまったんだ」そう言って、ホコリを払うと再び地面を掘り返す。
(──神世って…神々が人間を管理していた時代じゃない…コイツ何歳よ?)
ジッと疑っていた山伏式神は、異変に気づいた。
「あなた式神ではないけど、似たような者ね」
「君も式神であって式神ではないな?」
「うふふ、おみとおしのようね。魔神と呼ばれていた強い者だったんだから」
「君が蛇崩の暴食魔神か。倭文神から聞いた」
「──出ていきなさい、護法童子」
「なんだ、知っているんじゃないか。魔物の分際で」
月夜の闇に包まれた護法童子なる者は不敵に笑う。橙色の瞳が輝きを放つ。
山伏式神は背中から漆黒の触手を生やし、彼の片腕を締め上げた。
「魔物ではないわ。神よ」
「式神に堕ちた者は神ではない、ただの魔物だ。早く蔦をどけたらどうだ?消滅するぞ」
腕を掴んでいた触手がひび割れていくのを、山伏式神は睨みつける。
「護法童子も同じような者でしょ。人間に使役された身でほざくんじゃないわよ」
増やした触手は絡みつこうと飛びかかる。護法童子は空いた手から錫杖を召喚した。それで触手をどつくと、そこから物質を持った闇がぱらぱらと砕けていく。
「もう!どいつもこいつもなめやがって!」
山伏式神が憤り、空間を触手まみれにする。うねる海洋植物に似た触手は一斉に彼へ襲いかかった。
「埋もれて息絶えなさいっ!」
護法童子は頭上に後光の輪を召喚し、山伏式神になげた。力強くビュンと空気を裂くも、寸での所で闇でガードされる。
「このっ!」
輪にヒビが入り砕け散ると、散乱して乱反射した。明るさが増していき、夜の暗さを蹴散らしていく。
これではこちらも聖光に"刺される"。
「くそっ!」即座に境の神としての能力を使い、ゲートを作って瞬間移動する。その場から去った山伏式神に、彼は舌打ちした。
「逃げたか!」
護法童子──ネーハは子供らしく、ムッとすると座り込んだ。
「式神もどきにあれほどの力があるとはな…はぁ…」
墳墓の石を拾い眺めるも、変哲もないので地面に置く。
「しかたあるまい。また探すか……」
月明に照らされ、薄く発光する墳墓。欠けた月がじっとりと草原を照らしていた。