越久夜間山〈稲荷の狛狐 山の女神の伝承〉4
意味深に相槌を打つ、巫女姿の人ならざる者に気づかずに、式神は再び越久夜間山を眺めやる。
「あっしは町を知らなすぎるんス。式神としてはフツーかもしれないですが、寡黙を見ていると」
「ああ、アイツは異質なんじゃないのかあ?」
さりげなく寡黙という魔物を知っているのを、童子式神は当然の事と受け取ってしまう。不自然なはずなのに。
あの虹色の瞳を見ていると、不思議と──。
「そうですね。寡黙は変な感じがするヤツです」
「そんなに町が知りたいのなら、君には特別授業をしてあげよう。まずは最高神の説明」
先生ヅラをした冷静はどこからか木の枝を取り出した。
「イイッス。最高神は知ってますから」
「では」
「人の話を聞けっ!」
「越久夜町の最高神の話をしよう」
「はいはい……」
──この星に居れば必ずヒエラルキーができる。獣や人類のみならず神までも。地球には意地の悪い所があるからなぁ。神々のヒエラルキーの頂点-最高神は神のカシラ。お偉いまとめ役さ。
「ええ、知ってますよ。最高神はこの町全体の森羅万象を握れるって」
「そうかあ、じゃあこれは知っているか?」
──越久夜町が村だった頃、いや、もっと昔からこの小さな"世界"のルールを創造した神がいたらしい。その神は地球の化身。地球の意志をこの地に生まれまたは降り立った神へと伝える役目を担っていたそうだ。神々を集め、神による支配の下文明の箱庭を作った。人は神を敬い、神々は当然の如く最高神として従った。
「それは山の女神ですか?」
「いいや、今の最高神の先代だ。あんな偉そうにしてはいるが、山の女神は始祖ではないんだぜ?」
先代から座を譲られたのは"最近"生まれた地球の化身。今の最高神だった。そして先代は消えた。山の女神はこの町を、箱庭を何万年も守り続けるという呪縛を受けたんだろう。
「生まれてすぐに町を任せられるとは。少し気の毒ですね」
「まあなぁ、それくらい先代は焦ったんだろうな」
「というと、最高神はいずれ交代するのですね」
「ああ。今、女神の気配は薄まってきてる。多分次の代が決まらない限りは、越久夜町は更地になるかこの時空から消える」
「そうさ。越久夜町は消失の危機に直面している訳だ」
「おめえはどこでそれを知ったのですか?鬼神から?下位の人ならざる者らが知ったら大混乱になるッス」
ううむと考え込む式神を他所に、他人事の彼は言う。
「いいや、だいたいのあらましは時空にレコードされているのさ。地層を見るのと同じでな。俺みたいな"部外者"しか見れないのが残念だ」
「は、はあ…よく分かんねえけどよ…」
「あんたはどうする?」
──ある者はかつての偶像を再び町に作ろうとし、ある者は後継者を探し、ある者は保守しようとし──
「あっしは、自分の願いを叶えるだけです」
「あんたらしいな。無知で無謀で。まあ、せいぜい消滅前夜まで楽しもうぜ」
そう言うと、じゃあな、と手を振り、来た道を引き返して言った。
「あいつもかなりオカシなヤツッス……」
ある数日前、丑三つ時──夜中に、童子式神と主は作戦会議をしていた。
力無い主が書いた雑な地図を見ながら、童子式神は土地勘と照らし合わせていた。
「いいか?あの神社がある場所は霊脈の上だ。霊力が豊富にある。地主神の時のあの鬼のように、自らの領地にできれば…そこにいる分霊になり変われば…信仰心や霊力を得られる」
「あの者は神性を持ちえていたから、できたのです」
「ならば俺も持ちえれば良いのだ。数多の人の魂をこの身に宿せば…」
「人間に、そんなことが」
前代未聞の思想に僅かに驚いた童子式神に彼は笑った。
「式神にできて何故人間にできない?魂呼びを行い、或いは奪えば──」
「"悪鬼"になる気ですか」
「なんとでも言えばいいさ」
焦燥する式神は言い返せずに黙りこくる。
(人間とは貪欲な生き物だ。呆れる)
「まさか、山の神の神社ではないですよね?」