護法童子
──この世界には、式神の他に何種族か人間に仕える者がいる。使い魔として使役される狐や犬神などの動物霊。または精霊。そして──
我々魔とは正反対の性質を持ちながら、使役される者がいる。
彼の者の総称は護法童子。
他に幾多の名があるが、大概は童子の姿をとり人々を魔から救う。
一人の人ならざる者が橋から夕暮れ時の越久夜町を望む。魔が活発化する時間帯である。
五歳ぐらいの子供は、異国情緒溢れる顔立ちに褐色の肌。ヴィクトリア朝のシンプルなメイド服をまとい、金の輪を毛髪の留め具にしている。漆黒の剛毛が夕日に際立つ。
少年がばさりとメイド服をなびかせ、橋を渡っていく。
「越久夜町…なんとゆらぎの多い土地」
「あー日に日にゆがみが溜まっている気がするッス。掃除しきれねえよ…」
ゆらぎを箒で掃き清め、袋に詰めながら童子式神は独り言をいう。月はまだ半分──下弦の月で、秋空にしては雲が多い。いきなり背後に気配を感じとっさにダッシュすると、式神がいた場所がドカリと土埃が舞った。
「チッ!ちょこまかと!」
何者かの鋭い視線。それよりも庭にクレーターができてしまっているではないか。
「危ねー!なんスか!急にっ!」
「お前が主である人間の精神を汚染している式神だな?」
土煙が風に流され、シルエットが浮かび上がる。子供だ。
童子式神は身をかがめながらもその影を凝視する。
(まずい!退魔専用の"使役魔"!)
「我は魔をはらい、人類を魔から守る。護法童子という輩だ。魔物どもならご存知だと思うがね。式よ」
「護法童子…今更何だ」
かの護法童子なる者はあの世話係と共にいた異国の子供であった。しかし彼は黄金に煌めく錫杖を手にし、橙色に輝く瞳を有している。
ただの魔物ではないのは一目瞭然だった。
「護法童子が直々にあっしに会いに来るとは、相当焦っているようですねえ!」
「…私を使役する人間から駆除命令がでている。お前が主となる人間の精神を汚染し、凶行に走らせていると」
「…」焦燥している反面、意地悪いような笑みを浮かべる。
「あっしが主さまの魂を汚染するなんて、人聞きの悪いことを言う輩がいるんですね」
「個体の思考を、魂を汚染するという罪深さを知らないのだな。君は」
「な、な!知ったようにっ!…、ふん。勝手に言えばいいですよ」
錫杖を地に突きつけ、かの人ならざる者は言った。
「魂は清らかでなければならぬ。特に人間は」
「はは、まさか、極楽浄土や天国でも信じてるんスか」
蔑んだ顔で童子式神は言い放つ。しかし護法童子は動じない。
「神仏たちには怒られるかもしれないが、私は極楽浄土などは望んではいない。ただ絶望で人間の魂を染め上げ、操る式神どもには嫌気がさす」
「あはは、主さまが絶望しているとでも?」
面白おかしく笑う式神に、彼は不快そうに眉をひそめた。
「人界の絶望から救っているのは、わたくしの方ですぜ」
「けがらわしい!」
あっという間に飛び蹴りをかまされ、塀に叩きつけられる。瞬時に異形のウサギに変幻し、クルリと体勢を整えるやいなや人型に戻った。
鋭い牙で死角から投げられた錫杖を噛み砕き、バク宙を決める。ストンと傾いた灯篭に着地し、構えた。
「対話での解決はできぬようだな。君にとっては悲しい結果になるが、消えてもらうしかない」
「ハナから対話なんてする気ないでしょ!」
腕を掴まれそうになり、瞬発力を武器に飛び上がる。
「チッ」
(触れたら消滅しちまう。どうすれば!錫杖だけ破壊しても何にもならねえ!)
どうしようと考えていると、瞬間移動した童子式神が片方の角髪に錫杖を引っかけ、ひきよせた。
「なんだその顔は。私が悪者のような顔をしているな」
お互いの息がかかる程に近い。
「…この」グッと睨みつける。「わたくしは何もしていませんよ。あなたに」
「もう一度言う」
「お前は主の精神を汚染し人ならざる者、 人類を脅かしている」
周囲は錫杖だらけだった。皆、切っ先がこちらを向いている。逃げ場はないと言うように。
──第一式神とはなんぞや?物事を見定め、主に奉仕する悪魔か?式神と主は契約を結び、主の魂を貰う代わりに自発的な言動をしてはならない。主に干渉もしてはならなくなる。
「式神とはそういう者だ。そう定めたのはお前たち式神だろう」
「いちゃもんつけに来たんスか」童子式神は牙を剥き、怒った顔でいう。
「あっしはあっしのやり方がある!部外者が口を出すな!」