巫女式神曰く 2
魔筋とは魔物や怪異、変怪が蔓延る、魔境に等しい。数多の魔が居る異界とは似ているがこちらの方が治安が悪いのだ。
そんな魔窟へ迷い込むのは御免である。童子式神は迷いなく引き返そうするも、朝焼けを浴びた路地の奥に巫女式神に似た後ろ姿を見つけてしまった。彼女は暗闇に続く路地へ歩いている。
路地の上部にはフセギ──魔よけの象徴たる物があり、ゆく手を阻まれふさがれている。足は進まなくなり、必死に手を伸ばした。
「巫女式神っ」
巫女式神は反応しない。
「おいっ!巫女式神!」
「童子さん、どうしたんだ?」やっと反応し振り返る。きょとんとする巫女式神に、こちらは息を整える。
「町中探したんですよ」
「あ、うん。そりゃあ大変だったな」
不思議そうに言うと歩み寄ってくる。暗がりから少し明るい朝日に照らされた方へ寄ってきた。それが何とも安堵させられる。
彼女が底知れぬ深潭へ足を踏み込んでしまう気がしたからだ。
「聞きたいことがあるんです」
「んん?あたしに?」
こくりと頷くと、童子式神は神妙な顔で問う。
「本当におめえの主は鬼神なんスか?それとも…」
「ならさぁ、お前さんの主も人なのかい?」
「当たり前でしょう。人です」
「なら、あたしは例外の式神ってワケか」
「…例外」
「だからって、それが優れてるんじゃない。羨むことだらけじゃないよ、童子さん」
「ムッ。大人ぶりやがって。…なんとなく、おめえが式神でないと気づいていましたから!」
「鬼神から作られた偽の式神、または眷属。または…巫女式神。どうでもいいだろ、そんなこと」
「どうでもよくありません」
「感情的になってる?式神であるアンタが?」
童子式神はハッとして、恥ずかしくなる。それを隠すように腕を組んだ。
「なってますよ!式神らしくねえのは承知ですが、感情がおさまらねえ!」
「ふうん、そうかい。やっぱり童子さんは面白いな」
「なっなんなんスか」
「童子さんだって式神らしくねえや。あたしもまた今の状態から変わってく。昨日の自分とは別物なんだ。それってどう思う?」
「想像できなくて…怖いと思います」
巫女式神は首をゆっくり横に振り、ふんわりと微笑んだ。
「あたしは、自らが何かに変わること怖くないよ」
「はあ…」
「怖いって言っちゃあ、あたしは進めなくなる。あたしの目的はあんたらをみながら、何者になることだからさ」
「…」巫女式神の言葉に打ちのめされる。コイツは。
コイツは──
「言ったろ?以前にさ、神格を持つって。それがあたしが生まれた理由なんだ」
「鬼神がおめえに神格を持たしたいと?」
「ああ、あたしはねえ。かつての童子さんみたいな、神さまになりたいんだよ。それがあたしの主から課された存在理由。この世に存在していい、って理由なんだ」
「…そう、ですか。だから」
「ああ」
二匹は向かい合ったまましばし沈黙する。風が吹き髪を揺らしていく。縄で編まれたフセギがカサカサと揺れ、パチパチと防犯灯が瞬き出した。
──巫女式神と呼んでいるのかい?私が目覚める前からすでにアイツは産まれ、越久夜町の情勢をくまなく観察しあげた。アイツなりにね。
「今まで、全部。あっしを観測するために話し、行動していたのですね」
童子式神は様々な感情を押し殺した、何とも言えぬ声色で言った。
「…うーん、最初はそうだったかもしれないや。でも今はちょっと違う。なんだろう、利害とか理屈じゃない…意味わかんない気持ちで動いてるよ」
照れくさそうに巫女式神は言う。
「はあ?よく分かりません」
「うん。あたしもだ」常日頃見かけるニカッと笑う、巫女式神にド肝を抜かれる。この人ならざる者はどこまでも──能天気だ、と。
「調子が狂いますね…」
朝焼けの明るい方に走っていく巫女式神を目で追う。アスファルトに影はなく、子供だけがポツンと立っている。街灯が全てつき、いつもの変哲もない路地に変わっていた。人工的な光に目を伏せ、は言う。
「…おめえ、あんな暗いトコでなにしてたんですか。魔だって、おっかない道はあるんですから」




