零落した使わしめ 2
星守邸宅には基本一人しかいない。寂しく孤独な、童子式神の主である人間が寝室に巣食っている。
この豪勢な館を残した星守一族の末裔というらしい。名前は知らない。苗字だけ。そんな事、式神には関係ない。どんな顔をしているか、どんな声をしているか。この人間を記憶するのは一日だけで十分だ。今日もただ目の前にいる人間の世話をするだけである。
夜の一室で男性が簡素なベッドの上で焦りを滲ませ、伸びすぎた前髪をクシャりとさせた。
「まだ──あの神域を掌握していないのか…?」
主である人間の苛立ちが顕になり、童子式神は恭しく頭を下げた。
「塚で感じた邪悪な気が、いっそう強まっているような気がします。あれは何なんでしょう…」
「人間のオレが分かるわけないだろ」
「は、はい。すいません」
『──この人間は、あっしの主。彼の名前を知らないが…主であるためには魂とエネルギーさえあればいいのだから、あっしは気にしていない。それに』
(人間というモノは──すぐ、死ぬ。壊れる。いずれこの人間もあっという間におわる)
童子式神の双眸に人ならざる者らしさが宿る。主は苛立って、さらに世話をしろと命じた。命と引き換えに、あれもこれもと楽をする。
人間からしたら式神や使い魔は、悪魔みたいなモノだろうか?
あれから童子式神は再び、例の塚にやってきていた。塚は盛土にも思えるほどにこじんまりしていた。空に月はなく、塚がある周辺の空気はどことなく澱んでいる。
「あのケモノはいねーみたいですね。…よかった」
(──それにしても、マイナスの気が充満しすぎてる。神域だったなんて思えねぇ)
キョロキョロとして何も襲ってこないのを確認するや、ホッとして、塚に近づこうとした。
「ヤツに気づかれるぞ」
背後から寡黙が現れ、ソッとか肩に触れた。ひんやりとした冷気が首筋を撫でる。
「わっ?!驚いたッス!いたのなら言ってくだせえ!」
「其方がポケッとしているからじゃぞ。悪い魔に背後を取られたらペロリと一口じゃ」
寡黙は無表情で物騒な事を言い放つ。
「わ、わかりましたよっ!これからは気を研ぎ澄まします」
「…この塚は、元は人間の墓だったようじゃがのう。こじれてしまったものじゃ」
彼は塚を眺めて言った。その瞳の光の意思を読めない。まるで濁り、淀んだ沼みたいだ。
「じゃあ、あの奇妙なバケモノ?は…」
「いや、時が経つにつれ墓を忘れた人らが神を勧請した。大口真神、そのような神じゃ」
「おおくちまがみ。初めて聞くっス」
「修験道の者が祠を立てたがの、人らは後にそのような神を祀った。懐かしいのう」
「へえ。おめえ、越久夜町の歴史にやけに詳しいンスね。あっしは全然皆目見当もつかねーッス」
ポリポリと頭を搔くと、童子式神は面映ゆい気持ちになる。
「式神らしくねえッスね、寡黙って。ねえ──」
「それ以上気にかけるな。其方は何も考えなくてよい」
「え?」