鬼神の眷属の巫女式神?
アイツとは何故契約したんですか?神が式神と契約するなど──。
契約はしていないよ。私から生まれたのだからね。私が目覚める前からすでにアイツは産まれ、越久夜町の情勢をくまなく観察しあげた。アイツなりにね。
鬼神が脳裏であの日の再演をする。
式神さ。私が式神として作り上げたのだからね。妬み嫉みを糧にして、主の魂を食らう人ならざる者…そう設定されてる。そうだろ?式神諸君。
(──巫女装束を纏う子供。魔と同じ赤い瞳。鋭い牙…。あいつは魔じゃなかった。裏切られたと憤っているのか?)
童子式神は自嘲する。
(まるで人間みてえじゃないか。けど上手く付け入ったものだ)
かの"巫女式神"はいつの間にか、テリトリー(縄張り)にやってくるようになった。
(越久夜町の式神なんて数が知れている。知っていると言っても、式神は隠密に活動しなければならない。正確な個数は把握していないけれども…。なのに巫女式神は堂々とあっしの前に姿を現したのだ。あれは見たことも聞いたこともない──未知の存在だ)
記憶はあの日に舞い戻る。雨が降りそうな、初夏の夜。遠くで雷鳴がなり、童子式神は縄張りで休んでいた。
──初めて縄張りに忍び込んできた巫女式神はびしょ濡れだった。雨はまだ降っていないはずだった。巫女式神がウロウロしていた所を狙い、こちらは立ちはだかる。二匹は見つめ合い、お互いに赤い目をしていると心の隅で思う。
「誰すか?」
「…ん?ああ、あたしは、あんたと同じ式神だ。よろしく」
無謀にも握手を求められ、警戒しながらもゆっくりと握手する。冷たい。
「見た事のない式神ですね。あっしは…童子式神っス」
ふっと何気なく、口にした言葉に巫女式神は目を見開いた。
「童子式神…?名前があるのかい?」
「え、あ…主さまと話し合って、まあ、ある意味、自分でつけました。だって、童子の姿をしているでしょう」
鬟をゆびさして言う。すると彼女はさらに顔を輝かせた。
「確かにそうだな!じゃああたしは?」
(巫女式神。あっしはそう思った。だって巫女装束を着ているから。──巫女式神はそれからと言うものの、頻繁にやってくるようになった。しつこい、とすら思った)
巫女式神はいつだかこちらを叱りつけてきた。
──あんたは理想を持ってる。あんたらはね、無味無臭なんだ。だからつまらないのさ。
(無味無臭って…おめえも式神じゃあないのか?)
──あたしはいつか神格を持つ。
(神格、か。巫女式神、お前は神になってどうするつもりなんスか?)
──童子さん。
巫女式神はくったいなくニコリと笑う。
(わからない。人間でないから、わからない。あっしは"いつの間にか"ソレに慣れてしまっていたのだ。式神同士が普通に"世間話"をするなど本来はありえないのに。アイツは本当に式神なんだろうか ?いや、言っていたじゃないか。鬼神の眷属だって)
(わからない。なぜ──)
「最初から言ってくれよ…なんで、隠すんだよ…」
童子式神は俯きながら歯を食いしばった。幾重にも張り巡らされたしめ縄に潜り、重苦しい闇を望む。
しかし、背後に寡黙が居るのに気づかない。それも暗鬱とした危うい瞳をしているのも。