式神になるという事 2
「変なやつだな」
常日頃、喜怒哀楽が極端な主の呆れた表情を拝むのは久しぶりだった。とても昔のようにも思えた。
「写らない方が自分の醜さを見ずに済むのによ」
「みにくい…でしょうか?」
「お前らには分かるまい。…しかしお前は星の神に似ている。最初に言ったはずだ」
「は…はあ…その星の神って…?知りません…そんなこと…あっしはいつ──」
「…。これからオレの世話係に会ってくる」
「は…はあ…かしこまりました」額に汗を浮かべる童子式神。
(世話係って…主さまが動物みてーです。あの頃みてーに…主さま 笑わなくなってしまって。さっきも主さま、死人みてーなカオをして…)
女性の話し声が聞こえてくる。──世話係という輩だ。
廊下で人工的な蛍光灯が煌々と光っている。あの様な灯りはあまり異界にはないため、童子式神はそっと足を踏み出し、僅かに開いた扉を覗きたくなった。
たまに見かける女性が何やら話している。あの女性からは微かに人ならざる者の気色がする。
語気の強い話し方のせいか廊下まで届いて不快だ。その横で見慣れない子供がお行儀良く待機していた。
異国情緒溢れる顔立ちに褐色の肌。シンプルなメイド服をまとい、金の輪を毛髪の留め具にしている。
(人ならざる者…?)
こちらに気づいたらしく、ジロリと一瞥され慌てて扉に隠れる。くん、と匂いを嗅ぎ──
(式神ではなさそうだ。けどどこかしら似ている。臭うのだ。隠しきれていない、使役魔の臭いが)
人ならざる者であろう者の姿を見送り、童子式神はそろそろとテリトリーに戻っていった。
テリトリーに広がる膨大な闇をさ迷いながらも、童子式神は考え事をする。思考を整理するには歩きながら集中するのが一番手っ取り早いからである。
(あっしは鬼神に初めて遭遇したかもしれない。式神、使役魔、精霊…この世には様々な人ならざる者がいるが神性を有する人ならざる者には出くわさなかった。)
(あの鬼神…、変わった衣装を纏っていた。異国の人ならざる者か?異国の者が何故、越久夜町に?)
童子式神は寡黙の言葉を思い出す。
(地主神は異国の魔を封じていた…とすれば、反逆者だろうか?ともかく…鬼神は今までの常識が否定される要因を作ってしまったのだ。巫女式神。あの式神もどきを製造した時から…あの者は式神システムと未来を破壊してしまう)
神から生まれた式神など、式神じゃない。前代未聞だ。
それを排除するほどの精度をシステムは持ちえていないだろう。現に巫女式神はあっしの嗅覚を騙した。
システムに加入されず"式神"である──存在は何にでも成れるだろう。
「神にだって、人を脅かす魔神にだって、使わしめにだって──」
「童子式神、お前はどうする?」
いつものように唐突に、寡黙が後ろから声をかけてきた。ヌッと闇から姿を現し、ジッと虚ろな双眸で見つめてくる。
「あ、うわあ!びっくりしたっス!」
陰鬱とした気色の寡黙に童子式神はたまげた。しかし彼は動じない。
「システムに従い、式神でありたいのか?それとも変革を望むか?」
「も、もちろん!あっしは神になりますっ!し、式神システムは悪の産物!魔たちを苦しめ──」
「式神システムにより、吾輩らは生き延びているのかもしれぬぞ。ある舟が種を保存するように、吾輩らも滅ばぬように」
「個を失った者など、無に等しいんス!」
「それは主の理想に反する考えか?」
「…分かりません。ぐちゃぐちゃなんです。自分でもどうしていいか…」
「考えるな。さすれば悩む必要もない。のう?」
「…おめえ」