式神になるという事
「あの空白域は──地主神がいた場は既に違う"カミ"がいて、我々が手を出せる土地じゃあなくなっていました。あまりにも我々に近く、強力なその…そのカミ?それは…マイナスにもプラスにも転化する」
「オニか」
「そうっス。オニ」
「そちとは知己のようだな」
「まさか…会ったこともねえ」
「…そうだろう──我々は身軽な者だ。元より、そなたは…そういう奴だった」
「?」
小さな声を耳にして聞き返そうとする。が、彼は遮るように話し始めた。
「人間に祀りあげられておるのが厄介じゃな。神性は強靭な霊力の塊じゃ。マイナス価の魔にとってはひとたまりもない。かの鬼神が拒絶ではなく、そなたとの対話をとったのは運が良かったのう」
「はい…」
この和洋折衷建築である、星守邸宅の廊下に差し掛かり、足を止めた。透き通る月光が木の質感や埃を照らす。人々はノスタルジックだともてはやすだろうか?
誰もいない広々とした廊下。それを眺めるのは人ならざる者らしくはない。漂う精霊たちを横目に歩き出す。
淡く光る意思のない精霊たち。人ならざる者はだいたい人のような自我は無い。
──人からしたら迷惑な寄生虫だ。式神ってのはね…。
──やはり無様だな、式神というのは。
鬼神の言葉が蘇る。蔑まれたのだから忘れられない。
(式神というのは忌み嫌われた種族。妬み嫉みを糧にする邪悪な存在。魔の中でも位が低く、蔑まれる対象)
童子式神は廊下を歩きながら、月の光を浴び、ふと立ち止まる。
(零落した神々や魔を引きずり込む蟻地獄。それは人ならざる者たち側から見た式神の姿。ならば式神はどうして、どうやって生まれる?)
古び傷ついた窓に近づき、薄らと反射するガラスに触れようとした。
『あっしらは荒ぶる魂──荒御魂から呪術師の持つ法文と力によって、姿形のみならず全てをコントロールされ使い古される。ご褒美である主の魂を得るのと引き換えに。式神らはその"システム"により、呪術師による召喚が行なわれるまで"保管"される-あっしはそう思っている。予測だ。裏側など式神は覗けないのだから』
窓辺に佇む童子式神は指をふと止めた。
『本当は分からない、誰がこんな醜いシステムを考えたのかも式神らは知らない。
窓に手を伸ばし、もう少しで触れそうになる。終わらない生き地獄を式神らは彷徨い、苦しむ』
「おい」
いつの間にか現れた主に呼ばれ、慌てて手をもどす。黄昏ていたのを見られただろうか?
『式神は式神でしかない。そう固定されるのだ』
「あ、主さま…」
「何をしている?」
「あっしは、式神は…ガラスに写るのか試したかったのです」