叶わぬ理想 3
(──あっしらは異物だ。この星から出て行けと言われているようなものだ。いくら適応性を身につけても馴染めない)
「…やめてよ。そんな顔、人間みたいじゃない」
「え、な…はあ、な、なんか疲れマシタ!」
顔を隠すように歩き出す童子式神に、彼女は拍子抜けした。
「えっ?なんなのそれ!待ちなさいってば!あなたも人のように"理想"なんてものを──」
「ええ」
「そんな低俗なもの捨てなさい!一端の分霊だったのでしょ?」
「それは昔の話です」
「…誇りをすてたのね」
「お、おめぇだってさっきまで理想を抱いていたくせに!」
「り、理想なんてっ、抱いてっ!叶わないのに…!わ、わたしはっ」
図星になり、怒りに顔を真っ赤にする山伏式神は口をパクパクさせた。
「…なり代わろうとしていたじゃないですか」
「──と、とにかく荒れ野に帰るからっ。あなたは自力で帰れる?」
「あっしは境界を飛び越えられるほどの力はありません。荒れ野では朝になってしまいますし」
「そう、ならしかたないわね。諦めなさい」
「は、はあ!?」
「一生ここで過ごしなさい。またいつか会えたら、その時は考えてやってもいいわ」
「ちょっ!」
「じゃあね」境界線上なる暗がりで、彼女は空気に混ざり込む。どういう仕組みか、スッと空間から消えていってしまった。
あの能力は彼女の固有性なのだろうか?
残された童子式神は上も下もない空虚に佇んだ。
「終わった…」呟くと、腰を下ろした。騒いだって仕方がないのだから。
「どうしますかね。これまで食べた主の数でも数えましょうか」
指で数を減らしていくこちらの前に誰かがやってくる。気配でわかる。彼だ。
「そちは自殺志願者か?」
どこからか現れた寡黙が静かに歩み寄ってきた。
「このような虚ろな空間に迷い込むとは。吾輩がいなければ永遠に彷徨うことになる所じゃったぞ」
「ええ。助かりました。寡黙、ありがとうございました」
「ふむ。馬鹿なヤツじゃ」
寡黙に導かれながら、二匹で歩く。行き先も分からぬまま彼に付き従う。
「地主神の神域で鬼神に会いました」
「…。そうか」
それきり彼は無言で歩いて行く。
呼ばれた気がした。主に付けられた名である童子式神──それ以前の真名を。
覚えている。己の記憶が抜け落ちていっても、これだけは。
呼んだ声の主に会えば、取り戻せるかもしれない。名も、存在も。
(無理だ)
(…無理だった。あっしは、まだ式神だ)




