おにがみ 2
「呼ばれた気がするんす。あの日、地鳴りが起きた日に…」
地鳴りが起きてからこれといったことはないが、それが気になりしかたがない。
(──あっしは童子式神。だが、違う。あっしには本当の名がある…ハズ)
「ずっと昔に──」
「吾輩ら式神には名など必要ないのじゃ。式神は式神でしかない、そうじゃろう。のう?」
見事に遮られ内心ムスッとするが、鈍感な彼の事だ。察しもしないだろう。
「あ、はあ…そうでしょうか」
「そちは式神でしかない」ジッと探るように目を見てくる。
「ええ、ま、まぁ」
「さあ、行け。夜が明けてしまうぞ」
町は静まり返り、作り物めいた月が空に浮かんでいた。以前の月がどのようなモノかは正確に思い出せない。
童子式神は月明かりを頼りに境内を囲う垣根を越えようと試みていた。
神社は深い森に隠され、俗世から隔離されている。神域との区別にも役立っているのだろう。
童子式神はソキョロキョロと辺りを見回したが、企みに目ざとい巫女式神は現れず拍子抜けした。身構えているこちらが馬鹿みたいじゃないか。
(呼ばれた気がした。あっしは童子式神──それ以前の真名を。…覚えている。己の記憶が抜け落ちていっても、これだけは。あっしの描く理想の計画を。呼んだ声の主に会えば、取り戻せるかもしれない。名も、存在も)
「あれ…」強固に張られていたシールドがない。困惑しながらも確認のために鳥居を潜り、異変を感じる。弾かれない。
誰もいない。
(──空っぽ?)
やはり境内に狛犬がいないのに気づく。
狛犬は神を守るためだけに存在する使わしめではないのか?それが居ないのは違和感を通り越して、畏れを抱く。
そして神域にしては穢れがひどい。もう、これは──。
(穢れがひどい…神域でこれはありえない)
「!」
参道の中央に人影があり、先程までいなかったはずだと童子式神は息を飲む。嫌な予感がして警鐘を鳴らす。月明かりの下、人影は振り向いた。
「やあ」
あの人ならざる者が優しげな笑みで立っている。月の下でたたずむ鬼に子供ただならぬ気配を感じ冷や汗が垂れた。
(食われないだろーナ…)
「あ、あの、またお会いしました…こ、こんばんは」
「緊張しなくてもよいではないか」
「え、ええ…」たじろぐこちらに彼は近づいてくる。「ヒッ!」
「やっと会えた──」
「あなたたちも来てたのね!」