鬼神の目覚め
ある時、何かが目覚めた。夕暮れ──逢魔が時だった。
大地の断末魔にも思える地鳴りが起きた。
童子式神はそれを聞き、誰かに呼ばれた気がして心がざわめく。ただの地響きに。
自分の名を呼ばれるなんて何千年ぶりだろう。
──名前?
人ならざる者に名前などあるはずが無いのに。
その違和感にいても立ってもいられず、テリトリーから飛び出す。
外はあれほどの轟音から一転、静まり返っていた。呆然としていると寡黙が尽かさず現れ、何をしているのかと尋ねてくる。
「なんだか、呼ばれた気がして…」
「何を言う。そちの名なんてないじゃろう。吾輩と同じでな」
「そ、そうっすよね」
二匹の間に微妙な空気が流れる。
「そんなことよりテリトリーの配備を怠るな。さあ」
寡黙の薄ら寒い、怪しい微笑を垣間見てしまい、しょうがなく配置に戻る。
(気味が悪い…)
「よう!元気か?」
バサリと羽ばたく音がしたと思えば、異形のカラスが縄張りを示す境界であるしめ縄をくぐって現れた。
「また来た」
不可思議な式神である巫女式神だ。彼女はカラスの形態から人間に変幻する。その様子を見ながら、不意に考える。
(──毎回どうやってテリトリーに侵入するんでしょう?寡黙は何をしているのやら…)
巫女式神はいつもよりにこやかで、童子式神に擦り寄る。お調子者なのは分かるが度が過ぎる。
「な、良いことでもあったんスか?」
「まあな!」
「アルジがやっと本調子になったんだ!」
(──もしやコイツの主、もうダメなのか?)
主となる人間の精神状態と魂が潰えれば、式神は次の主を探す。それは短いスパンで訪れる。心外そうな顔をしていた童子式神は哀れだと思う。巫女式神は耐えられるだろうか?
主としての人間に感情移入していないだろうか?
「良かったですね。」
「あ、うん?」
「そういや昨日、地鳴りがしましたね。あれはなんだったんでしょう?おめえは聴きましたか?」
「地鳴りを聞いたっちゃあ聞いたが、あれは自然現象だろ?」
と、切り捨てる。いつもなら興味津々の巫女式神がやけにサラりとしているのを疑問に思った。
「そいやさ、何か変わったこたあないのかい?」
「変わった?なんスか?何も…?」
「ホントか~?」
「う~ん…任務の内容も変わりませんし、そうですね…。う〜む」うんうん唸る童子式神に彼女はむつれた。
「あんたは嘘つきだ。何が理想とか夢とか、あっしは興味ないです~だ。自分の胸にちゃんと聞いてみな」
「え、ええ?」
唇を尖らせて、ふいっとカラスになるや、飛んで行ってしまった。
「一度眠ったら起きないタイプだろ、あんた」
「はあぁ?」
ぽかんとしていると後ろから寡黙がやってくる。やましい奴だ。
「彼奴はよく訪れるのか」
「え…ええ、意味わかんねーことばっか言ってくるっす」
「ふむ…。注意しておくことだな」
「え?アレを?」
彼は答えず、落ち着いた動作でしめ縄をくぐっていく。童子式神は怪訝な顔をしたままそれを見送った。