朝焼けの帰り路 3
月明かりだけの部屋に入ると、主は気が立っている様子だった。こうなると手が付けられない。童子式神はおずおずと口を開く。
「主さま」
「黙れ、今は何も聞きたくない」
(主さまは精神的にも不安定だ。それもそうだろう。あっしという魔に魂を侵されているのだから)
「ですが主さま…神域の起点を見つけました」
くせ毛の頭をむしっていた主の手が止まる。
「防御壁は本当にあったのか」
隈のできた目を光らせ、にわかに嬉しそうになる。窓のカーテンを少し開けると、月光がさらに入り込む。
床には癇癪を起こしたのだろうか──割れた花瓶が転がっていた。
「はい、主さまの言う通りの状況でした」
「そうか…。やはり町を支配する神は存在したのだ。…これで世界をより良くする計画が進むな。嬉しいだろう」
「はい」
「…あの夢は本当だったんだ」
一人合点する彼に童子式神は「先ほどまでお怒りになられていたようですが、何かあったのですか?」
「またあの女に怒られたんだ」
「主さま、また勝手に抜け出したのですか…」
「これも計画のためだ。越久夜町を守護している神使の張った結界を、やっとのことで壊したんだ」
「全てを壊したのですか?」
「ああ!だが、人間の眼にはそれが見えない。…人ならざる者の目を持ち得るにはどうしたらいい?」
「…主さま」
(──主さまは外に出てはならない。体のため、あとは…世間のため)
「神域の起点も壊すのですか?」
「いいや、あれはさすがに我々では壊せない。おびきよせる材料にするんだ」
「はあ…」
「お前が使われなくなった神域や、テリトリーでこれまで掃き清めてきた"ゆらぎ"も役に立つ」
「えっ。あれがですか?!主さまは何を?」
「まあいい。お前もよくやった。今日は休め」
(おびきよせる、って何をでしょう?)
童子式神は考えながら部屋を出る。廊下は瞬時に暗いテリトリーと化し、童子式神は座り込む。
「式神には休むという行為はできません」
独りで呟くと、祭壇にあった地球の文字ではない記号を思い出す──
『私の太陽。私がいたことを忘れないで』
あれは…誰に宛てた文なのだろう。
「…」ゆらりと人影がやってきて、寡黙が危なげな眼光を宿して近づいてきた。
「寡黙?」
童子式神は空元気を装おうと問う。