朝焼けの帰り路
午前四時頃。走るのをやめて、明け方の荒れ野を望む。
下山してみるとあの神殿が夢の出来事だったみたいだ。巫女式神と式神もどきは周りに誰もいないのを確認すると、どっと笑う。
「一瞬でお陀仏になる所だったわね!久しぶりにドキドキした!」
「悪いことするって楽しいな~!」
涙を拭きながら巫女式神はいたずらっ子の様相で楽しんだ。
「はあ…確かに久々にヒヤヒヤしました」
一方、童子式神は袖で汗を拭う。もし神霊に見つかったらただ事ではすまない。
「冒険させてもらったぜ!山伏の式神さんよ!」
ハイテンションを前にこちらは息を吐く。
(──あの神に見つかっていなければいいけれど)
あの、透き通った黄緑色の瞳と目が合ったような気がして、薄ら寒さを感じる。
「そろそろ朝だな。童子さん、帰るか!」
「あ、はい。帰ります」
三匹は白々しい月の沈んだ空を背に歩き始める。さわさわと風が吹く。 秋の風が心地よい。
「じゃあ、私は寝るわ」
あの板碑の前にたつと、式神もどきは気だるそうにシッシッとジェスチャーをした。
「連れないねえ」
「ちょっと時間を共にしたからって仲間ヅラしないでもらえる?」
「つくづくヤな奴っス…」
「あ、──気になったことがあるんだけれど、あなたの主は何者なの?最高神の関係者?」
ズイッと顔を近づけ、山伏姿の子供は問うてきた。
「いえ…この情景を夢で見たといっておりました。」
「夢?あの人間ごときが見るという?…まさか、前世は神霊だったとかじゃないわよね?」
「輪廻を信じているのですか」
「地球に住んでいる生命は皆、再利用されるらしいじゃない。噂だけれども──あなたの主なんだか不気味ね」
「不気味…アレはごく普通の人間ですけれどね」
「まっ!人間なんて皆同じよっ!」
フンスと自信ありげに言う様にさらに呆れ返る。この調子に慣れてきている自分もいるが、それは願い下げであった。
「こちらも最後に聞きたいのですが、何故あっしを罠にかけたんスか?」
「あなたがテリトリーを略奪して石を壊しに来たと思ったんですもの」
「そんな野蛮なことしませんよ」
「ふん。十分野蛮よ。それと、罠にかけてあなたの主の魂を食べられると思ったりしただけ」
「はあァ?」
「なにせとっても美味しそうな魂。みんな羨んでるわ、きっと」
(とっても美味しそうな魂、か…)
表情を隠しながらも考え込む童子式神に、山伏姿の式神もどきはふっきれたように薄ら笑いを浮かべた。
「それももう、後の祭りみたいなものだわ」
「え?」
「タブーを冒したのよ。見るなのタブー。だからいつか罰を受けるのでしょうね」
「振り返ったのですか」
「ええ、振り返ってしまった。有り得ないものを観たから────だって、私がいたんだもの」
「おめえが…?そのおめえは──」
「私は私でしかないわ。…あなたとは会うことはなさそうね。二度とテリトリーに侵入しないで。あと石を触らないこと、あと傷つけないこと。ね?」
「山伏式神!」
板碑に消えていく式神もどきを思わず呼び止めてしまった。
「…なにそれ、私の名前?」
「あ、ええ。やまぶし、と巫女式神が呼んでいたもので」
「山伏式神、か。変な名前。もらってあげなーい」