神域の源流 5
文句をたれながら、軽々とした動作で彼女は倒木を片手で持ち上げる。
「ミサキやらひだるなら、旅人を弱らせて食べてたんすか」
山伏姿の式神もどきが手を離すと、倒木は音を立てて落下した。
「ええ。腐りかけの肉がうまいっていうのと一緒よ」
「ふーん。あたしは新鮮なのが好きだぜ。暖かくて柔らかくてよぉ──」
「こほん!式神は人魂も人肉も食べません」
「おっと、そうだった。へへっ!アルジの真似さ。あたしのアルジさまはハンバーグステーキが好きなんだぁ~」
「ハンバーグステーキ?なんスかそれ」
「あー!はいはい!みも知らぬ他人の食べ物の好みなんて聞きたくなーい!」
「失礼しました。コイツと話すと話があっちゃこっちゃあ行くんス」
「ホント!どうにかしなさいよっ!」
「へへっ」性悪にニヤニヤする巫女式神を式神もどきはねめつけるも、肩透かしにあう。
「もう!…で、人里離れて過ごしていたら、人間どもが荒れ野をいじり出した。何人か食い殺しても道はできてしまったの。最初は道ができたのが鬱陶しくてたまらなかったけれど、代わりに食料が勝手にやってくるから楽ちんだった。困ることはなかったわね。……そしたら村のヤツらがチクッて、この町の…名前は忘れたけど、とにかく僧侶が、私を石に閉じ込めたわけ」
「よくある調伏譚だな」
「人間どもの中にも魔を専門にする輩がいるのを思い知った。寝耳に水だったわ。狭くて、悔しくて…今でもその僧侶が憎い。でもいつ頃か、私に手を合わせる者が現れたの。神様、なんて祈られて困惑したわよ。私は人間を食い殺していたのに、それに縋るなんて」
感慨深く言う。
「人間は複雑な構造の精神を持っているんさ。災い転じて福と成す。そういうことわざもあるくらいだぜ」
「理解できなかったけれど、悪くはなかった。…人間は忘れっぽいから、短い間だったけど」
道を阻む岩を軽々登ってみせ、手招いた。
「そろそろつくわ」