町の式神
──この世界には未確認生物、神霊、神使や人ならざる者が存在している?
世の中では人類からしたら得体のしれない人智を超えた存在(精霊・妖怪・神など あるいは宇宙人)──人ならざる者がおり、または得体の知れない生業をしている者──魔法使いがいる。未知の世界は極楽でも地獄でもない。それは日常に潜んでいるのだ。
人界と異界があり、それぞれ互いに同じ空間にいながら異なる世界にいる。人間が人ならざる者に遭うのはお互いの世界が重なった時だ────
一方、世界は神々や摩訶不思議な、超自然的な事柄を信じなくなっていた。
日本の首都圏にある埼玉県の山奥にある越久夜町もそうだ。この町は変哲のない、牧歌的で"閉ざされた"静かな…田舎だ。
時は逢魔が時。夏の終わりを告げる涼し気な風が吹き、カラスが鳴いて日が暮れていく。茜色の町並みの中に、星守邸宅という邸宅があった。
周囲を山に囲まれた山間地帯の、この地域では数少ない町には珍しい和洋折衷建築があり、物静かな庭もある。しかしかつて風流だった庭は荒れ果て、灯篭は傾いていた。
『──あっしは式神でございます』
その庭で、奇妙な和装をした子供が庭先で掃除をしていた。時代錯誤な角髪と紫色の衣。平安貴族のような麻呂眉。白い──血の通わない青白い肌に赤い目。人では無い。
子供は竹ぼうきを手に、庭に落ちている枝やゴミを一箇所によせていた。
『童子の姿をした式神、童子式神とでもお呼びくだせえ』
ハッと背後を振り向くと、また人ならざる者が現れた。
「!」
「へへ、バレちった。」
背後から巫女装束を着た四歳くらいの子供がおどかそうと、忍び寄ってきた。ツリ目気味の幼さが目立つ子供だった。巫女としては不釣り合いで、全体的にどこか仮装めいている。
しかし少女には鋭い爪と牙が生えていた。人ならざる者として、当然だ。
「はあ」
童子式神はため息をつくと、手を止め向き合った。
「いやあ、庭にゴミを放り込まれるなんて、嫌われてんのかぁ?」
「まあ、嫌われてはいますけど。廃墟だと思われてンすよ」
『こいつは…何故かあっしに突っかかってくる。巫女姿の式神──名前は知らない。第一、人ならざる者に名があってはいけぬのだ』
「なー、知ってるか?近くの祠の神域が壊されたらしいんだ。話題になっててさ」
巫女式神はおどけるのをやめて、態とらしく真面目に言ってみせた。
近くの神域が壊されたことを告げられ、それは主の仕業だと童子式神は知っていた。主である人間はわざわざ出向いて祠を壊したのだ。
「へいへい。それはそれは。…」
「なんだいそりゃ。反応うっす!」
あまり話題にしたくないとランゲージをとるも、巫女式神はしつこく食い下がってきた。
「けっこー重大な事じゃないのかい?」
「…」
(──驚くものか。それもそのはず。あっしの主がやったのだから。そう言えたらどんなに楽だろうか)
「何故そんなことするんだうろな。あんたには分かる?」
「いいえ…」
(毎回あっしのとこに来て、用もねぇのにこりねー奴。いつからだっけ。さあ──)
巫女式神は何故そんなことをするのか不思議がるが、童子式神ははぐらかし掃除を続けようとする。
「町の神使たちもお怒りになったってさ」
町の神使たちが怒り出したのを聞き、ふと手を止めた。「…」
巫女式神は嫌にニヤニヤしながら、
「なあ、ヒマしてるんだろ?町を散歩しないかい?犯人探しをするんだ」
「はあ、何言って──」
どうしようかと決めかねているとテレパシー、つまり他人の声が脳裏に響く。
(寡黙か…)
寡黙──共に主に仕えている、同じ姿をした式神だ。
「おい。我々の領地になる"塚"が見つかったぞ」
低めの少年めいた声色が冷静に、物事を伝えようとする。
「情報を共有する…目的地へ向かえ」
「いいでしょう」
了解して、童子式神は巫女式神の提案に乗る。
夕暮れ時の路地を徘徊し、目的地の塚があるのをみつける。
人ならざる者の活動は夜に活性化する。まだこの時間帯ならだいたいの人ならざる者は人間の生活圏である人界に干渉してこない。
それならば領地となる塚からは魔物などはでてこないだろう。
「つ、塚?祠は?」
巫女式神はなんだろう、と恐る恐る近づこうとした。
「ガルル…」
「わ!」
何かの唸りがして二匹は固まる。この世には自分たちの他に人ならざる者がいる。それは当然だ。
だが、自らを凌駕する魔はあまりいない。食われるか、食うか。人ならざる者はそれだけしか考えていないのだ。
「やべー!」
「逃げましょう」
殺意を察知して引き返すも、獣がじっと草むらから覗いていた。